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花恋物語  作者: 村野夜市
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夜明けと同時の妖狐の襲撃で、大王の館はてんやわんやだったけど。

花守様が引き返した後、その場所は、それ以前と何も変わっていなかった。

誰一人、怪我したヒトもいないし、壊された物もない。

逃げるとき、転んで膝をすりむいた、って人もいたんだけど。

その傷だって、なにひとつ痕を残さず、治っていた。


狐につままれた、というのは、このことか?

と、みんな、きょとんとしていた。


あれって、もしかしたら、幻術だったのかなあ。

それとも、花守様が帰るときに、全部、原状復帰して行ったのか。


どっちにしろ、花守様らしいと言えば、らしい。

もともと、争いごととか、誰かを傷つけるのとか、極端に嫌うヒトだ。

だから、襲ってきたのが花守様だって知って、あたしだってびっくりしたんだけど。


なんだかんだ言って、こういうことさらっとやっちゃうくらいの妖力は、あるんだよね。

花守様ってば、あれでも、妖狐の郷の始祖様だから。

ぜんっぜん、そうは見えないんだけど。


ところがどっこい。


その後、都に広まった噂は、少し様相が変わっていた。


大王の館が突然、妖狐に襲撃された。

妖狐が奪おうとしたのは、ひとりの絶世の美女。

それをたったひとりで撃退したのは、大王お抱えの、年端も行かない幼い術師。


い、いやいやいや。

それは、いろいろと、事実と違う。

まったくどこの夢物語よ。

って、もしかして、その、絶世の美女、ってのは、あたしのことですか?

嘘、拡めちゃ、ダメでしょ?


けど、噂話ってのは、面白いように、面白いように、枝葉のつくものらしくて。

気が付けば、童子は希代の敏腕術師、あたしは傾国の美女、ということになってしまっていた。

そんなまさか、どこぞの尻尾のたくさんある同族さんじゃあるまいし。

まあ、あんな有名ジンと並べていただけるなんて、光栄なのかもしれませんけど。


けど、都の人間、ひとりひとり回って、それって嘘ですよ、と言って回るわけにもいかないし。

まあ、噂なんて、そのうち消えるもんでしょうよ。


しかし、巷の噂は、すぐに大王の館にも逆流してきて。

その日の昼には、あたしは、あれが噂の絶世の美女らしい、と囁かれる存在になってしまっていた。

なんてこったい。


大王の館では、女のヒトは基本的にみんな、顔を隠している。

あたしも、袖か扇で常に隠すように、って、童子からしつこく注意された。

それに、見るほうも、あんまりしげしげとヒトの顔を見るのは無作法だとされている。

そのおかげか、あたしが、噂通りの美女じゃないってのは、なかなか世間にバレなかった。


いや、それ、かえって困る、って。

あたしべつに、騙そうとして騙したわけじゃないんだからね?


童子はあたしを連れて、得意満面に館の廊下を歩いていく。

すると、あちらこちらから、ひそひそと噂する声が聞こえてくる。

あたし、一応、狐だから、人間よりは、耳、いいんだよね。


だけど、そうやって聞こえてきたのは、決して、聞いて気持ちのいい話しばかりでもなかった。

あたしのこと、噂話ほど美人でもない、っていうのは、まあ、事実だからいいとして。

童子のこと、悪く言う声も、案外、多かった。


得体のしれない、成り上がり者。


童子を悪く言う人間たちが、大抵口にするのは、その言葉だ。


大王に仕える人間たちと言っても、一枚岩だというわけではないらしい。

それはまあ、どこだって、同じようなものかもしれないけど。

それにしても、童子の疎まれようは、ちょっと酷かった。


童子も童子で、大王に心から仕えているわけではなさそうだ。

なんか、これはこれで、複雑な事情、ってのが後ろにあるみたいなんだけど。


あたしにとっては、大王も童子もどっちも敵でも味方でもない。

成り行きで、童子にくっついて回ってはいるけど。

いざとなったら、どっちにつくべきか、考えておかないといけないかもしれない。


それはともかく。

花守様は、帰るとすぐに、花と水と、それから、薬液まで、転送してくれた。

ものの見事に、あたしの前に、ぼぼん、とでかい甕三つ、届きましたよ。

いや、流石、花守様。池には落としませんね。

このくらいの精度、施術に比べたら、どうということもありませんよ?

なんて、しれっとして言うところ、想像してしまった。


ええ、今も、離れていても、花守様のこと、思い出してますよ、あたし。


そう簡単には、忘れられない。

いや、忘れるつもりもないけど。

でも、こうして物理的な距離があると、少しだけ、前より気持ちは楽になった気もする。


ちょうどそのとき、童子と一緒にいたんだけど。

童子は、その甕の中身を聞くと、すぐにそれを、地下の童子の家に運ぶように言った。

確かに、薬作りには、静かな落ち着ける場所があると助かる。

あたしは、童子の屋敷の一角に、薬を作るための場所をもらうことになった。


折角、送ってくれたのだから、あたしは早速、薬液をムイムイのところへ持って行った。

そうそう、ご丁寧に、葦の茎も、ちゃんと付けてあった。

あれ、水辺に取りにいかないとと思ってたから、助かった。

まったく、至れり尽くせりだこと。


それをムイムイに飲ませようとして、ひと悶着あった。


そのときも、ムイムイは大王と一緒にいた。

大王は、昼も夜も、ムイムイから、片時も離れようとしないらしい。

この人間は、本当に、世界征服をする覇王なのかな?

まあ、あたしには、関係ないんだけどさ。


「それは、毒ではないのか?」


あたしの持って行った薬液を指さして、大王は言った。


「いえいえいえ。薬液ですよ?

 ムイムイのからだのなかにも、同じもの、入ってます。」


それはもちろん、嘘なんかじゃなかったんだけど。


「嘘だ!

 お前はコドクを殺そうとしているのだろう!!」


大王はいきなり怒りだすと、狂ったように剣を抜いてあたしに斬りかかった。


あたしには避けられない速さじゃなかったけど、なにより、突然斬りかかられてびっくりした。

そのあたしの前に、庇うように飛び出したのは、ムイムイだった。


両手を広げて立つムイムイの背中をあたしは呆然と見上げていた。

アザミさんの攻撃からあたしを護ってくれたときのことが、頭のなかによみがえった。


「ムイムイ!」


あのときのように、傷口から薬液が噴き出すのを想像して焦った。

ムイムイは、ふらふらと膝から崩れるようにして、そこに倒れこんだ。

ただ、大王は、ムイムイに届く寸前に、剣を引いていた。

だから、ムイムイは、どこにも怪我はしていなかった。


「コドク!!」

「いいから、どいて!」


駆け寄ろうとする大王を押し退けて、あたしはムイムイの口に葦の茎を押し込んだ。

ムイムイは目をつぶったまま、ちゅーっと薬液を飲んだ。

あたしはそれを真剣に見守った。

乱心していた大王は、押し退けられて尻もちをついたまま、ぼんやりした目をして見ていた。


一息に飲み干したムイムイは、目を開くと、あたしをじっと見つめた。

それから、突然、ぎゅーっと抱きついてきた。

ムイムイは口をきかない代わりに、抱きつくとか、頬ずりとか、そういうことで気持ちを伝えるんだ。

なんか、今頃それに気付いた。


そんなムイムイを見て、大王も、ようやくあたしのことを信用してもいいと思ったみたいだった。

はあ、やれやれ。


その後、ムイムイは、薬液を十杯、おかわりした。

どんだけお腹、すいてたんだろ。

十杯飲んで、ようやく落ち着いて、げっぷをひとつした。


これで、ムイムイはもう大丈夫。

ほっとしながらも、あたしはなんだか、まだまだここには、やることがありそうだと思っていた。











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