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花恋物語  作者: 村野夜市
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童子はあたしの腰のところに手を回すと、いきなり後ろにぴょんと飛んだ。

屋形の障子にぶつかって、障子は大破したけど、あたしたちに別条はなかった。

あたしたちはいつの間にか、丸い玉のような結界のなかにいた。

玉はそのままぐんぐんと、舟から離れて、高く上っていった。


足の下、ずっと遠くに、祭りの篝火が、川面にゆらゆらと反射しているのが見える。

舟の姿はいつの間にか夜の闇に溶けて、見えなくなっていた。


こんなことできるなんて、この童子、ただものじゃない。

それに、ムイムイのことを知っているらしいことも、気になった。


「ムイムイは、どうしているの?」


思わず尋ねたら、童子は怪訝そうな目をあたしにむけた。


「この状況で、虫の心配?

 ・・・まあ、いいけどね。」


童子はあたしから手を離すと、器用に胡坐をかいて座った。

童子のからだは玉のちょうど中央辺りに、ぷかぷかと浮いて見えた。


あたしたちを包んだ玉は、放っておいてもどこかへむかっているらしい。

童子はくつろいだように話し始めた。


「さっきも言ったろう?

 病に罹ったようになってる、って。」


「治療は?」


あたしは施療院を去ったときのムイムイを思い出した。

からだじゅう傷ついて、薬液を流していた姿を。


「戻った時、怪我は、してなかった?

 それは、もう、治したの?」


立て続けに質問するあたしに、童子はイライラしたように返した。


「怪我なんかしてなかった。

 それに、もし、治療の必要があっても、やつは自分でやれる。

 治せるようなものならね。

 あいつの使う治療術は、大王に仕えるどの術者より優れている。

 現に、戻ってすぐに、誰にも癒せなかった大王の病を、癒してみせたんだ。」


わたしのできることならなんでもできます。

花守様がそう言っていたことを思い出した。


「それは・・・狐の里一優秀な治療師さんの技を教わったから・・・」


「あの技には、素直に、素晴らしいと、賞賛を送るよ。

 あれがなかったら、あいつは、さっさと処分されていたに違いない。

 こういうの、芸は身を助く、って言うんだっけ?ちょっと違った?」


童子は冷ややかな笑みを口元に浮かべた。


「だけど、やつ自身の病は、誰にも治せない。

 やつはさ、宮殿に戻ってから、日に日に、弱っていってるんだ。

 だから、それをなんとかしろって、ボクに命が下った。

 だけどさ、どうしていいか、ボクにだって分からない。

 昔から、つける薬がない、ってよく言うよね?

 ああ、バカじゃなくて、恋煩いのほうね?」


童子はあたしをちらっと見て、軽く鼻を鳴らした。

それは、さっきまで、お姉さん、と呼んで、すり寄っていたのとは正反対の冷ややかさだった。


「お姉さんのどこがそんなにいいのかなあ。

 ボクにはさっぱり分からないけど。」


思わずあたしは笑いだした。

なんだか、さっきまでの嘘臭い話し方より、今のほうが、よほど、信用できる気がした。


「それって、他の病ということはないの?」


「やつのからだの内側には、奇妙な液体しかない。

 あるいはその液体に、なにか異常をきたしているのかもしれないけれど。

 ボクにはその判断はできない。」


「薬液は、そもそも、悪くなったところを治すものだから。

 その液そのものが悪くなるなんてことはないと思うけれど・・・」


「ならやっぱり、あの状況は、恋煩いだとでも思うしかないんだよね。

 まあ昔から、重ければ命にすら関わることもあるのが、恋煩いだからね。」


童子はどこか突き放したような言い方をして、冷ややかに笑った。


「どうして、恋煩いだ、って考えたの?」


「やつの頭のなかを覗いた。

 いや、見事なまでに、君のことばかりだった。

 あとは、様々な治癒術と、ひ弱な仔狐の記憶だけ。」


「そんなにあたしのこと、ムイムイはいつ知ったんだろう?」


施療院にいたころも、ムイムイはほとんど花守様と一緒にいて、あたしとはいなかったはずだ。


「さてね。

 とにかく、万策尽きて、あとはもう、手掛かりらしきものは、君しかなくてね。

 これはひとつ、君本人に、お出ましを願おうかと。」


「それなら、最初からそう言ってくれればよかったのに。」


「言ったら、来てくれた?」


あたしが頷くと、童子は、へえ~、と無表情に言った。


「まあ、どのみち、君を連れてくるように、ってのは大王の命令なんだ。

 あのお方は、古今東西の美女という美女をお集めになっているからね。」


「古今東西の美女?

 それは、何かの間違いでしょう?」


思わず真面目に返したら、童子は、くくっ、と噴き出した。


「まあ、たまには箸休め的ななにか?って感じ?

 君のことを大王に話したのは、他ならぬこのボクだけどね。

 虫の秘密を解く鍵を握っているのは、妖狐族の娘かもしれない、って。

 その娘への接触の許可を願い出たんだけど。

 大王はまた、なにをとち狂ったか、君に興味を持ってさ。

 ここへ連れて来いって言い出したんだ。」 


「大王は、あたしに会ってどうしようっていうの?」


「さてね。

 まあ、大王に気に入られたら、妾妃のひとりにでも、してもらえるんじゃない?」


「しょうひ?」


って、何?


「もっとも、君を後宮に連れて行かれたりしたら、ボクが困るからね。

 君には是非とも、大王には気に入られないでもらいたいんだけど。

 そのあたりはまあ、ボクも、協力するからさ。」


???

大王に気に入られちゃいけないの?

童子の言っていることは、半分くらいしか分からなかった。


「大王の後宮なんて、権謀術数の渦巻く、魔窟のようなところだよ。

 君みたいな呑気な狐娘は、一瞬で呑み込まれておしまいだろう。

 大王にとっちゃ、君なんて、大勢いる妾妃のひとりに過ぎないだろうけど。

 ボクにとっては、大事な謎の鍵だからね。」


「謎の、鍵?」


「そうだよ。

 心を持たない蠱毒から、完全に毒気を抜き、おまけに恋に落とすなんて。

 なにをどうしたら、そんなことができるのか。

 君を隅から隅まで調べてみないと、ね?」


ね?とにっこり首を傾げた姿に、さっきの胡散臭い童子を思い出した。





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