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花恋物語  作者: 村野夜市
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スギナが都見物に誘ってくれたのは、その年の夏の初めだった。

都で、盛大な祭りがあるらしい。

ただでさえ、都なんて人間が多いのに、祭りとなったら、もっと多いだろう。

人間がいっぱいいるとこなんて嫌だって言ったら、思い切り笑われた。


「問題ねえ。

 俺が護ってやっから。」


「スギナはあてにしてないよ。」


どうしてだろう。

昔からスギナ相手だと、つい、憎まれ口をきいてしまう。


全然、気が乗らなかったんだけど、何故か、柊さんにも行くように勧められた。


「都では祭りに鱧というものを食べるそうだ。

 なかなかの美味だと聞くぞ?

 フジに言えば、料理してくれるだろう。」


そりゃあねえ。

都に行くからには、藤右衛門のところにだって、寄らないわけにはいかないでしょうけど。


帰りは遅くなるから、藤右衛門の家に一泊して、翌日に帰ってくるという。

あれから何度か、藤右衛門も施療院を訪れていたけど。

いっつも、何だか忙しそうで、ゆっくり話す暇なんかなかった。


久しぶりに、父親の顔でも見に行ってやるかな。


陽の気の季節には、治療師さんたちはみんな大忙しだ。

だけど、治癒術の使えないあたしは、あまり役に立たない。

薬もたっぷり作り置きがあったし、確かに、二三日、施療院にいなくても、誰も困らなさそうだった。


施療院から出かけるのなんて、よっぽどの用事のあるときばかりで、遊びに行ったことなんてない。

だから、純粋に、用もないのに出かけたのは、施療院に来てから初めてのことだ。


今度はスギナは都まで、高速移動じゃなくて、瞬間転移を使った。

え?

瞬間転移できるんなら、なにも泊まらなくても、夜に帰ってくればいいんじゃないの?

そう言ったら、いや、藤右衛門様に頼まれてさあ、と白状した。

どうやら、泊まれと言ったのは藤右衛門のほうだったらしい。

まあ、いいか。

こんなんでも、一応、父娘だもんね。


前に行ったときは、あたしが見習いを卒業したばっかり。

スギナも、薬売りになってから、まだ間がなかった。

あれからいくつも年月は過ぎた。

スギナも、もう一丁前の薬売りの頭領だし、毎日お役目に忙しい。

のんびり遊べるのも久しぶりだってなんだか張り切っていた。


スギナはあれから何度も都へ足を運んでいるらしい。

まあ、藤右衛門に餌付けされてるもんね。

都の地理や習いにも、なかなかに詳しかった。


前来たときには、藤右衛門の相手だけで疲れ果てて、見物もせずに帰ったんだけど。

今度は、スギナはばっちり、都中を案内してくれた。


都はどっちをむいても、人間がいっぱいだった。

みんなよそ行きの衣に身を包んで、晴れやかな顔をしている。

揃いの羽織を着けた者たちが、きらびやかな神輿を担いで歩く。

笛に太鼓に鉦の音が、街じゅう、いたるところから、響いてくる。

その音を聞くと、わけもなく、そわそわした気持ちになった。


都の大社というところに、まずは参拝した。

お祭りに来たんだから、とりあえずは、神様にご挨拶しておかないと。

参拝の作法もスギナに教えてもらった。

人間に混じって狐がお参りしても、神様は怒らないかな、って心配になったけど。

こんなに大勢いるんだから、狐の一匹や二匹、混ざってても分からないさ、とスギナは笑った。


お参りの後は、都見物に繰り出した。

しかし、どこを歩いても、ヒト、人、ひと。

こんなに大勢の人間は、いったいどこから湧いてきたんだろう。

これだけたくさんいたら、きっと、人間じゃないモノも、たくさん混じっているに違いない。

どさくさに紛れて祭り見物に出ているのは、きっとあたしたちだけじゃないはずだ。

もっとも、人間じゃないからって、必ずしも悪さをしに来ているわけじゃない。

単に物珍しくて見物に来てるってのが、ほとんどだと思う。

あたしたちもそうだし。


それに、人間のなかにも悪さをする輩はいる。

こういう人ごみには、スリだの痴漢だのも多いらしい。

用心しなくっちゃって思ってたんだけど、スギナはさりげなくあたしを護るように歩いてくれた。

だから、いつの間にかあたしも安心して、存分に都見物を楽しんでいた。


碁盤の目のように作られた大路は、とても分かりやすくて機能的だ。

寺院や社も、どれも立派で、どれだけ見ても飽きない。

道端の露店には、美味しいものもたくさんあったし、買い食いして歩いたら、お腹も大満足だ。


綺麗な風車を売っていたから、弟たちへのお土産に買った。

花守様のお土産は、ちょっと迷ったけど、大きな袋にたくさん入った焼き菓子にした。

このまま施療院のみなさんに、って言って渡せばいいと思った。


さんざん人間の多いところを歩き回って、すっかり疲れてしまった。

そう言うと、スギナは、小さな川べりに連れて行ってくれた。

すぐ近くに大路もあるのだけれど、川に降りると、街の喧噪からは少し離れられた。

平たい石に座って、火照った足を水に浸したら、なんだかとても気持ちよかった。


ほい、と言って、スギナは小さな竹筒を手渡してくれた。

水だと思って飲んだら、甘くてびっくりした。

ほんのり薬味の香がして、さっぱり涼し気な味だった。

こういうのも、露店で売っているらしい。

スギナはもう立派な都通のようだった。


スギナは自分の分の竹筒を持って、あたしの隣に腰を下ろした。

そうしてふたり、足を冷やしながら、しばらく休むことにした。


「都ってのは、すごいところだねえ。」


あたしはしみじみと言った。


「あの立派な神様たちは、みんな、大王の連れてきた神様なんだよねえ。」


「それが、そうでもないんだと。」


スギナの言ったことに、あたしは、へえ、と首を傾げた。


「旧きモノの神も、大王は同じように立派な社を作って祭っているらしい。

 もちろん、まつろわぬモノドモの神ではないけどね。」


「・・・あたしたちって、まつろわぬモノ扱いされてるんだっけ。」


「郷の旧い付き合いのある人間のなかに、まつろわぬモノとされた一族があったからな。」


やれやれ、面倒だねえ、とあたしは上をむいた。

ひゅうと涼しい風が吹き渡っていった。


「人間の陣地取りなんかに、あたしたちは興味ないのに。」


「とはいえ、旧知のモノらが困っていれば、助けに行かずにいられない。

 狐は、情が深いんだ。」


「騙したり、化かしたりもするけどね。」


その旧いモノたちだって、最初から仲よかったわけじゃない。

お互いに、争いになにも得るものはないって分かったから、争いを避けてきただけだ。

それでも、いつの間にか行き来をしているうちに、あれこれ互いの便宜も図るようになって。

気付けば、絆、みたいなものも、できてしまっていた。


でもさ、これって、大王とだって、いつかそうなるんじゃないかな、って思うんだけど。

なんて、あたしたち郷の狐が、そういう呑気なこと言ってられるのも、外で働く仲間のおかげ。

それは、分かってる。

外で必死になって郷を護るためにお役目を果たす仲間がいるから。

だから、郷は平和で、呑気に暮らせるんだ、って。


「これからどうする?」


ぼんやりしていると、スギナにそう声をかけられた。


「この近くに、恋愛成就の社があるんだけど。

 そこ、行かねえか?」


「恋愛成就?

 ・・・それは・・・いいや。」


あたしは首を振った。

今は到底、そういう気分にはなれない。


「まあ、お前には俺がいるからな。

 神頼みも必要ないか。

 安心しろ。俺の気持ちは、ずっと変わらねえ。」


がっはっは、と笑うスギナに、あたしは苦笑した。


「・・・まだ、そんなこと、言ってくれるんだ。」


「おう。言ってやるとも。

 心配するな。俺は釣った魚にも、もっといいものを食べさせて、ずっと愛でる性質だ。

 たとえ嫁に来たって、一生、お前のことは、恋女房と呼んでやる。」


「そのお社って、スギナは参拝したことあるの?」


「おう。都に来るたびに、たんとお賽銭を上げて、お参りしているぞ。」


「そりゃあ、そのお社のご利益も怪しいもんだねえ・・・」


スギナは、へ?と聞き返して、しばらく考えてから、思い切り苦笑いした。


「いいんだ。

 俺が願い続ける限りは、いつかきっと叶う。

 お前はまだ、誰のものでもねえんだし、だったら、諦める理由もねえ。」


きっぱり胸を張るスギナは、いっそ清々しかった。


「そんなふうに思えるって、なんかちょっと、羨ましい。」


「おう。真似していいぞ?

 見返りさえ期待しなければ、思い続けるのは自由だ。

 お前も、花守様のこと諦められねえんなら、無理に諦めることもねえ。」


「・・・・・・知ってたんだ・・・」


下をむいて、ぼそっと言うと、ああ、とスギナはちょっと小さく言った。


「けどな、俺は、お前以上に、何回も振られてるし、片思い歴も長いからな。

 先輩として、言わせてもらう。

 一回振られたくらい、大したことじゃねえ。

 気持ちを押し付けるのはダメだけど、無理やり断ち切る必要もねえ。

 片思いは辛くもあるけど、楽しいってとこもあるからな。

 それに、長く生きてりゃ、潮目だって変わることもあるさ。

 だから、お前さえ不幸せじゃないなら、そのままでいりゃあいい。」


うつむいたあたしの目から、ほろっ、と涙が零れた。

それは、振られてから、初めて流した涙だった。


あのとき、ぼろっぼろに泣く花守様を見ながら、どうしてか泣けなかった。

心が凍り付いたようで、涙も言葉も出てこなかった。

それが今、雪解けの水のように、ほろほろ、ほろほろと、零れだした。


「ねえ、スギナ。

 振ったほうが泣くって、どういう心境なんだろうね?」


「へえ。

 花守様、泣いたのか?」


「うん。」


「花守様は優しいヒトだと思うけど、お前のこと気にくわないのなら、泣かねえよな。」


「そうかな?」


「うん。

 それに、俺から見ても、花守様は、お前のこと、すっげえ大切にしてる。

 それは間違いねえよ。」


「そうかな?」


「ああ、そうだとも。

 お前は覚えてねえかな。

 あの、藤右衛門様が虫に憑かれた蓮華様に噛みつかれたとき。」


「覚えてるよ。もちろん。」


忘れられるわけはない。


「あのときさ、俺、今の俺じゃあ、どうしたって、花守様には敵わない、って悟ったんだ。」


「花守様に勝とうなんて、そもそも、スギナには一生、無理じゃない?」


思わず真面目に返したら、スギナは、う、と言って言葉に詰まってから、すぐに立ち直って続けた。


「あのとき俺は、蓮華様に突っ込んでいくお前を、ただボケっと見てただけだった。

 けど、花守様は、違った。

 あのヒトは、真っ先に、お前を護った。

 もちろん、妖力とか、経験値とか、そもそも敵わない部分もたくさんあるんだけど。

 それよりなにより、お前を傷つけたくないって、気持ちの強さが、負けてるって思った。」


あのとき、ぼよ~ん、って気の抜けたような玉に包まれて、あたしの拳はレンさんには届かなかった。

それは、花守様が、あたしを怪我させないように、って出してくれた術だった。


「あの後、俺は、それなりに落ち込んだんだ。

 俺にはお前を思う資格なんてないんじゃねえかって、ずっと考えてた。

 だけど、だからって、俺は、お前を諦めるなんてことはあり得ない。

 だったら、俺が変わるしかねえ。

 いいか。

 いつかきっと、俺の気持ちは、花守様を越えてみせる。

 そしたら、もう一度、お前に告白する。

 そのときは、きっと、断らせねえ。」


ふんっ、と気合を入れてみせる。

あたしは、ははは、と乾いた笑いを浮かべた。


「飽きないねえ、スギナも。」


「飽きるものか。俺は気が長いんだ。

 あのとき、俺は、藤右衛門様から命じられていた。

 お前の身に危険があるときには、なによりも優先させてお前を護れ、って。

 初めてそう言われたとき、そんな当たり前のこと、命令されなくったってやるって思ってた。

 だのに、あのざまだ。

 だから、俺は修行することにした。

 お前のこと、どんなことからも護れるようになるために。

 いいか、覚悟しろ。

 お前のことは、この俺が、絶対に幸せにする。」


なんでだろうな。

スギナにこういうこと言われても、ちっともどきどきしないのは。

なんだかスギナって、いっつも喧嘩腰だし。

越えて見せるとか、覚悟しろとか、果たし状でも渡されてるみたいだ。


でも、どうしてか、心は、晴れ晴れと、すっきりしていた。


「スギナ、有難うね。

 なんか、ちょっと、楽になった。」


「おう。そんならよかった。

 柊さんがさ、最近、お前が元気がないから、元気づけてやれって。

 策と小遣いまでくれたんだ。」


「なあんだ。柊さんの入れ知恵か。

 道理で、スギナにしては、気が利くと思った。」


あっさり種明かしをしてしまうスギナも笑えるけど。

あたしってば、そんなふうに心配されるくらい、元気なかったかな。


スギナは目を細くしてそんなあたしを見ていた。


「大丈夫だ。

 お前は、いつも、笑ってろ。」


スギナのその根拠のない大丈夫も、今は、不思議に心を軽くしてくれる。


「あたし、今日、ここへ来てよかった。」


「いやいや。

 祭りはまだまだこれからだ。

 そんじゃ、都見物、第二幕へ、行くとするか。」


先に立って、スギナはあたしのほうへ手を伸ばす。

その手を掴むと、ひょいと軽く引っ張って、あたしを立たせてくれた。


こういうさり気ない気遣いも、柊さん仕込みなのかな?


「スギナ!」

「ん?」

「スギナ、なんか、優しくなったね?」

「は?

 っば、バカ。」


せっかく褒めたのに、スギナはあたしをバカ呼ばわりして、思い切りむこうをむいた。


「くそ。

 お前は相変わらず卑怯だ。

 抜き打ちはやめろって。」


そうして、あっちをむいたまま、怒ったようにそう言った。









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