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花恋物語  作者: 村野夜市
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は?じじぃのお世話?うそでしょ?


思わずそう叫びそうになったけど、あたしは叫ぶ寸前でそれを飲み込んだ。

やばいやばい。

ここでそんなことを叫んだら、また、お説教を食らう。


けど、目の前の先生は、あたしの言いたいことなどお見通しの目をしてにやりと笑った。


「花守様のお世話役は、毎年、選ばれたひとりしかなれないのだから。

 栄えある名誉なのだよ?」


「いやいやいや。

 名誉なんかいりませんから。

 それに、あたし、お年寄りとのんびりお茶とか、そういう柄じゃないんで。」


じゃ、と後ろ手に手を振って去ろうとしたけれど、そうはいかない。

あたしの足は根が生えたみたいに、その場から動かすことができなかった。


「え?ちょっ、やめてくださいよ。」


あたしは恨めし気に先生を見上げて、精一杯抗議する。

悔しいけど、こんな簡単なものでも、先生の妖術は、あたし如きには解呪できない。


「もうそろそろ、このくらい解いてもらわねば、ならないんだけどねえ。」


先生はにやにや笑ってそんなことを言う。

ええ、まあ、そうですよ。

あたし、妖術は苦手ですよ。


「花守様は、妖術はとてもお得意だ。

 お前さんも、一年間、しっかりお仕えして、その間にたっぷり習うといい。」


「妖術なら道場でも学べます!

 それとも、先生、あたしのこと、修行の途中で放り出す気ですか?」


脅すように睨んだら、先生は嫌そうに目を細めてこっちを見下ろした。


「人聞きの悪いことをお言いでないよ。

 それに、これはもう決まったことなんだよ。

 なになに、花守様のお世話役に、のんびりお茶をしている暇なんぞあるものか。」


「ええっ!

 手間のかかるじじぃのお世話とか、もっとごめんなんですけど!」


思わずそう叫んだら、あたしを見下ろす先生の視線は、真冬の氷みたいに冷たくなった。


「なんてことを言うんだろう、このはねっかえりは。

 花守様にそんな失礼なことを言うのは、どの口かね?」


先生にほっぺたをつねられそうになって、あたしはあわてて背中をそらせてよける。

足は釘付けにされてるけど、頭を地面に着くくらいに背中をそらせたら、それは上手くよけられた。


「・・・ったく、すばしっこさだけは、相変わらずだね。」


先生は空振りした指をわぎわぎさせながら、それ以上は追いかけてはこずに、小さく笑った。


「あの森じゃ、さぞかしその能力は役に立つだろうよ。

 いいから、つべこべ言わずに、とっとと、花守様のところにご挨拶に行くんだよ?」


「ええっ?」


「ええっ、じゃない、ええっ、じゃ。

 とにかく、これはもう、変えられないことだから。

 いいから、さっさと行きなさい。」


めっ、と睨まれて、あたしは、むぅ、と口を尖らせた。

これだから、おとなは嫌いだ。

強引に言い張れば、こどもはなんだって言うことをきくと、思っているんだから。


返事をせずに睨んでいたら、先生は、ふっ、と力を抜くように笑った。


「大丈夫、楓。心配いらないから。

 一年経つころには、お前さんのほうから、もっと花守様のところにいたいって言うようになるよ。」


「なんでそんなこと、分かるんですか?」


「そりゃあだって、わたしはお前さんを、うんとうんと小さいころから世話してきたのだもの。」


先生はそう言ってにっこり微笑む。

その笑顔に、あたしは、じんわりと涙が浮かんできた。

くそっ、泣くな、あたし。

今は泣いてる場合じゃない。


「花守様なんて、昔話に出てくるだけのひとじゃなかったんですか?」


花守様ってのは、郷の始祖になった狐だ、って、そんな昔話は郷の子どもはみんな知ってる。

小さいころ、寝る前に何度も何度も聞かされるやつだったから。


「いいや。今も現実に郷の花園を護っておられる。

 とても、立派な方だよ。」


「立派な方なら、お世話なんかしなくていいでしょ?

 先生、いっつも、一人前ってのは、自分のことは自分でできることだって言ってるじゃないですか。

 お世話されないといけないんだったら、花守様は、一人前じゃないってことですか?」


「・・・なんとまあ、屁理屈をこねることだ。」


先生は困ったようにため息を吐いた。

あたしだって、先生を困らせたいわけじゃない。

でも、ここを放り出されて、そんなわけのわからないところに行くなんて、絶対の絶対に嫌だった。


「それとも・・・先生も・・・あたしのこと、邪魔だ、って思って・・・」


いけない。

泣くな、泣くなと、自分に命令するのに。

涙が零れそうになって。

それを必死に堪えたら。

ずずっ、と鼻が垂れてきた。


先生はそんなあたしを見て、さっきより優しく笑った。


「分かったよ。

 仕方ない。

 そんなに嫌なら、今日は行かなくていいよ。」


「うわ。やったあ。」


思わず叫んだら、我慢してた涙と鼻水がいっぺんに出た。

顔はぐちゃぐちゃになったけど、構うもんか。

あたしは、先生にありったけの感謝を込めて抱きついた。


「有難う、先生。有難う。」


すりすり、と胸に顔を押し付けるあたしを、先生は一瞬避けようとしたけど。

仕方ないね、とため息を吐いて、そのまま受け止めてくれた。


「この着物、洗い立てなんだよ?

 鼻水はつけないでおくれよ?」


「・・・もう、手遅れです。」


はあ、と先生が深いため息を吐くのが聞こえた。


「先生なら、術できれいにできるでしょ?」


「妖術できれいにするのと、水で洗うのはまた違っていて・・・

 あーあ、せっかく、清水を使って洗い上げたのに・・・」


「じゃ、あたし、洗っておきます!」


先生の着物を引きはがそうとしたら、先生は慌てて胸元を両手で抑えた。


「ちょっ、この子はまた、なんてことをするんだろ。

 いいから、今日の朝の行はまだ終わってないんだろ?

 とっとと、行っておいで。」


しっしっ、と追い払うようにされたけど。

はーい、とあたしは上機嫌で、いつもの朝の行へと出かけていった。


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