第10話「セーイが見えなーい」(前話と地続きです)
机のなかから僕の現社の教科書を取り出してひらひら示す。無視はやめだ、対決のときだ。
「……返せよ」
「謝れよ」
ハエでも叩くように・雷でも光るように即答だった。聞くまでもなく昨日の侮辱しかない。
「……謝ったら返すのか・許すのか?」
「セーイが見えたら」
なにが誠意だ、どうせ漢字で書けもしないくせに。その言いかたは返しも許しもしないだろ。
「…………」
どうしよう・怖いよう……。赤青はニヤニヤ傍観し、巡条さんはおろおろ・きょろきょろ。
「あ、あの~、私の物――」
「おばさんは黙ってろ」
一瞥もにべもない。さっきから射すくめるように・石にでもするように僕だけをにらんでる。
メデューサ黒川はすでに教室を石化してた。気づけば周りの連中も沈黙してる・緊張してる。
黙ってろって言われたのを真に受けたのか、巡条さんは無言で現社の教科書を差し出した。
「あん?」
「私の物と交換しましょ~」
「いや、巡条さん……!」
身を乗り出してつかもうとしたけどもう遅い、黒川がすばやく・底意地悪く引ったくった。
「バーカ、交換なんかするかっての」
憎たらしく・嫌みったらしくせせら笑う。赤崎・青山も同調して嘲笑する。
巡条さんは教科書を置いてかない、だから盗られてない。けど今のは要はカモがネギを……。
「おまえなぁ……!」
「オマエなんかがアタシにオマエって言うな。おばさんの分もアンタが謝ったら返すけどー?」
「っ……!」
わかったもういい、無駄な時間だ・屈辱だ。謝ればいいんだろ謝れば。
「き、昨日は……悪かった。……ごめん」
「セーイが見えなーい」
「…………。昨日は急に罵倒して……心から悪かったと……思います。すいま――せんでした」
「セーイが見えなーい」
「チッ! 昨日は――」
「舌打ちすんな、つーかもっと頭下げろ。机ん上乗って土ー下ー座」
モモナきっつ・こっわと赤青がはしゃぐ。そろそろ怒りで泣きそう・どうかしそう……。
さすがに土下座は嫌で躊躇したら煽って・罵ってくる。見かねた巡条さんが立った・言った。
「雪佐くん、職員室に行きましょう」
「え?」「あん?」
いつもと違って間延びしない温かくない声色――それでいて顔色は変わらない・窺えない。昨日の放課後もなったけどあれはたぶん悲しさから。なんとなく怒・哀でこうなる気がする。
つまり今の巡条さんは怒ってる……?
「担任にチクるって? ナメんな・逃げんな、土下座しろ」
ムカっと・ガタっと腰を上げ、すぐ後ろの出口に仁王立ち。
巡条さんは僕の右側にまわりこみ、仁王黒川に向かって毅然と・敢然と言い放つ。
「雪佐くんは誠心誠意謝ったわ。あなたの言いがかりには取り合わない」
すると奴は弾かれたように一瞬で・両手でつかみかかった。
「言いがかりだとテメコラ! セーイあるかないかはアタシの判断だろ! ああん!?」
「はたから見ていてもわかるわよ。雪佐くんがちゃんと謝ったのもあなたが図に乗ったのも」
「んだとババア……!」
左手はそのままに右手を拳固に・後方に――流星のごとく・鉄槌のごとく頬をぶん殴った。
「巡条さんっ……!」
ぶたれて倒れた傍らに寄り添うとともに、黒川を見上げて心底憎む・にらむ。
「んだよその目は! テメーもぶん殴るぞゴラ!」
「やってみろよゴミが・クズが! 頭も性格も育ちも悪すぎんだろ! 生まれてくんな!」
今のは言葉にしたらこれほどまでの暴力だ。巡条さんが殴られた瞬間より教室は騒然・慄然。
黒川の瞳に涙が・炎がきらめいた。いやがうえにもブチギレる。
「ああああああああああああああああ~~~~~~~~!」
甲高く泣き叫んで躍りかかってきた。パンチラも厭わず足蹴にしてくる。見たい・痛い……。
「モモナ待てって・やめろって! こんなみんな見てるとこで殴る・蹴るはやばいっしょ!」
「ほ、ほら、これぇ! 返すからふたりともどっか行ってぇ! 早くぅ!」
青山が暴走を止める・赤崎が逃走を勧める。現社の教科書を2冊ともぱっと受け取った。
「巡条さん行こう! 立てる・大丈夫!?」
「え、ええ……雪佐くんは――」
「大丈夫! いいから行こう!」
状況が状況だから強引に手を引っぱる。なにせ目の前の黒川は鬼の形相・ムカデののたうち。
「っ、放せミナゴルァ! ――テメーらゼッテェ許さね~~! クソが~~~~~~~~!」
恐竜の咆哮も周囲の視線も一身に、教室の前の扉から廊下へ出て、さらに屋外へ出た。
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