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元凶は

 世界が、おかしくなっている。


 これは、映画を観て登場したセリフを言いたくなったとか、成人しているのに中二病を拗らせて痛々しいことを言ってるとか、はたまた陰謀論を風聴しようとしている、なんて生優しいものじゃない。現実に、おかしくなっているのだ。


 それはある日、唐突に起こった。僕はその日、庭いじりをするご近所さんに声をかけたのである。


 「こんにちわ。いい天気だね。」


 「やあ、君か。」


 「調子はどうだい?」


 「とてもいいよ。君は?」


 「まあまあだね。」


 と、ここまでは他愛のない会話だった。けれど、ここから彼の様子がおかしくなった。


 「やあ、君か。」


 「…?どうした?」


 「とてもいいよ。君は?」


 「おいどうした、なんか変だぞ。大丈夫かい?」


 「…?何がだい?で、今日は──。」


 最初は親しい知り合い同士によくある、じゃれあいかなと思った。しかしその後も、彼は同じ会話を途中でループさせてくる。僕はそれにだんだん鬱陶しさを覚えて、つい、彼に注意をした。


 「なぁ。」


 「うん?なんだい。」


 「君は、時折会話を繰り返すよね。ある程度なら悪ふざけでよかったんだが、こう何回もやられちゃしゃくに触る。すまないが、辞めてくれないか。」


 「何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。」


 「それはこっちのセリフだよ!何を言ってるんだ!君は何回も、同じ言葉を──。」


 「何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。」


 「それだよ、それ!」


 「何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。」


 「…おい?」


 「何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。」


 「おいってば、話を聞けって!」


 「何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。」


 「なあ君、なんか変だぞ!?」


 「何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。」


 「だから……!」


 さらに大声をかけようとしたその時、庭いじりを続ける彼の姿が、無機質に同じ作業を続けるロボットのように見えた。と同時に、実は眼前の男が血の通った人ではなく、人のフリをしている冷たい操り人形かもしれないという恐ろしい思考が頭に沸いてきて、僕は彼へと声をかけるのを躊躇ってしまった。


 「おや?どうしたんだい。顔色が優れないが。」


 さらに恐怖を与えたのは、彼が何事もなかったかのように会話を続けたことだった。まるで自分のしていた事を認識していないような──。


 「君は、なにかおかしい。」


 「そうかい?」


 「いや、僕がおかしいのかもしれない。とにかく体調が優れないから、今日は帰るよ。」


 「わかった。さようなら。」


 「さよなら。」


 僕は怖くなり、別れの挨拶をして会話を終わらせた。が、どうにも彼の様子が気になって、数歩、歩いてから振り返る。


 彼は僕に向かって手を振っていた。後ろ姿が見えなくなるまで、そのままでいようとしているらしい。律儀な男だ。そうだ、何を馬鹿な考えをしていたんだろう。思いやりに満ちたあの行動こそ、彼が人間である証拠じゃないのか。きっとあの繰り返し言葉も、何か意味があってやっているにちがいない。


 ──が、その甘い考えはすぐに改めさせられた。彼へと手を振り返すと突然、彼の身体は異常に震えだした。そしてそれが治まると、今度は先程まで僕が立っていた場所に、まだ僕がいるかのようにして、同じ会話を繰り返し始めた。


 なんだ、またふざけているのか?そう考えたが、そもそも根本が間違っていることに気がついた。彼は律儀な男なのだ。進んで悪ふざけを行うなど考えにくい。


 ならば、この奇妙な行動はなんなのだろうか。もしかすると何か恐ろしい病に罹っているのか。だとしたら、すぐに病院に連れて行かなければ。幻覚症状に記憶の抜け落ち、そして痙攣。どう考えても、危険な状態だ。


 一度そう思うと、もうそれにしか見えなくなった。僕は車を回して彼の家の前に付け、彼を問答無用で助手席に乗せた。


 「やあ、君か。とてもいいよ。君は?おや?どうしたんだい。顔色が優れないが。何を言うんだい!僕がそんなふざけ方を、いつしたって?そんなこと、君にやるわけないじゃないか。とてもいいよ。君は?」


 もはや壊れたカセットテープと同然の彼に、「頑張れ、病院に連れてってやるからな」と気休めの言葉をかけ、活気ある大通りへと向かう。病院へ行くには、この道が最短ルートだ。


 しかし彼のこの症状は、世界に起きた異変の、ほんの小さな一片に過ぎなかった。大通りに出ると、これは世界の全て狂ったのだと、一目で理解した──。


 ……通りに入って、僕の目に映った光景を説明しよう。


 車は重さなど存在しないと言わんばかりに、風船のように浮いていた。歩道では人が両手を広げ、身体をT字の状態にして硬直している。稀に動いている人間もいるが、そうした者もまともではなく、地面にすり抜けて上空から戻ってくる者、建物に向かって永遠と歩きつづけて身体をぶつける者、滅茶苦茶な方向に腕や足を突き出してぐるぐると回り宙へ浮く者がいた。


 「何だこれは!」


 そう叫んだが、僕の頭には一つの答えが浮かんでいた。だが、心が理解を拒む。信じたくない。でも、それ以外思いつかない。


 『世界が、バグった。』


 無限ループの会話を行うNPCノンプレイヤーキャラクター、物理を馬鹿にしたように訳もなく浮く車、T字で固まるキャラモデル、判定がおかしくなった地面。どこかで知ったその景色が、どれもこれも、今起こっていることと合致する。


 しかし、それはゲームの世界だから起こるのだ。ここは違う、現実だ。現実の世界でそんなことは起こらないんだ。


 ……待て、本当に現実か?今、僕がいるこの世界が現実である保証はあるのか?もしかして、狂っていたのは最初から僕の方だったのか?


 ──いや、問答をするのは後だ。それよりも何が原因でバグったかを探り、世界を直す方が先だ。このままではまともな生活が送れない。世界がどうのこうのなんて話は、落ち着いてからじっくり考えればいいんだ。


 となると、何が原因でこうなったのか。昨日まではこんなこと無かった。この世界は正常だったんだ。思い出せ、昨日何があった。何かおかしなことがあったはずだ──。


 そうして、気がついた。僕には昨日の記憶などないことを。僕は、ついさっき生まれた存在だということを。


 近所にいた男は、もとは正常だったのだ。僕と話してから、おかしくなった。この通りの景色も、僕が近づくまでは平和だった。


 気がつくと、乗っている車も宙に浮き始めていた。隣に座っていた彼は立ち上がり、車体を突き抜けてT字の格好をしている。


 「なるほど、僕自身がバグだったんだな」


 そうか、とスッキリした。僕がバグなのなら、この状況こそが僕の居場所。結局、この場所が現実なのかどうかは分からないが、僕は僕らしく、この世界を荒らし回ろう。


 それにしても、何故こんな単純なことに気づかなかったんだろう。


 …そうか!常識に囚われた感情というバグが、僕の思考を蝕んでいたからだろうな。

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