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Phantasmagoria-狭間の標詩-【学生編】  作者: 菱魚
予科一年生・春〜初夏
7/42

006 裏表

追記・今週レポートに追われているのと別で書きたいネタが出てきちゃったので金曜日更新はお休みです。次回更新は1/31の予定。

「ああ……やっと終わったのねぇ」


 外見にそぐわない甘ったるい気怠げな声だった。目線だけをちらりと向かわせれば、声の主はかったるいと言わんばかりに、腕を天井高く伸ばしている。改めて、アーシェの心の中に一抹の不安が過ぎった。まあ、これまでの印象を考慮すれば無理もない話である。


 これまでのお陰で今のアーシェからはカタリナを信頼するという選択と、二人きりになるという選択はとうに消え去っている。

 カタリナといるくらいなら、今日出会ったばかりという点で共通しているもののミレイの方が安心できる。何より、同室だと決定しているのだから。アーシェ自身を任せても安心できると、第三者の立場でも思われての采配だろうと思う。


「まったくもう。学校長も話が長いったら」

「仕方ないさ。前例のない入学だ。気を揉む気持ちも分かる」

「でも、魔力症よ。そんな子供、この学校には大量にいるじゃなぁい? うちのクラスにだってフォスがいるんだし、そうそう珍しくもないわよ?」

「そのフォスより、程度がひどいから、大事(おおごと)なんだ」


 カタリナとの不毛なやり取りに、節を区切るようにミレイが語った。見ればその端麗な(かんばせ)は歪み、薄らと青筋が立っているのが分かる。

 誰がどう見たって堪忍袋の緒が切れかかる寸前だというのに、知ってか知らずかカタリナは「そう」と軽く流すだけだ。

 憂いがちなその顔に「大袈裟」とでかでかと書いてあるのは、幻覚だろう。そうであると願いたい。


「魔力症なんて、ここ(ドレッドノート)で学ぶ分にはそう悪化しないわよ。するわけないじゃない。どんなカリキュラムだと思ってんのよ」

「カタリナ、口を閉じろ。魔道師の言葉だとしても聞き捨てならないぞ」

「だって、ねえ」


 業腹一歩手前のミレイをせせら笑うように、カタリナの笑みが深まった。背筋が凍るような笑い方も、またあの時を思い出させるようでアーシェにとっては恐ろしいのに、ミレイには毛一本ほども効いていない。

 それどころか、今度はミレイが笑った。反撃だと言わんばかりに。

 それはもう美しく。


「アーシェは『瘴治の魔女』様の健診を受けてるんだ。これが意味することが分からないとは言わせないぞ、カタリナ」

「は、え──うそ、何ですって」

「いった通りだ。さあ、行こうかアーシェ。寮に案内する。荷物を解かなきゃな」

「ちょっと待って、何で瘴治の魔女とあんたが……」


 カタリナの不健康に青白く細い腕が伸びて、アーシェの肩を掴もうとする。既のところで躱したアーシェが、ミレイの影に隠れて見上げるとそこにはカタリナはいなかった。

 否、正確にはいたのだ。先ほどの不機嫌そうな、神経をわざと逆撫でしてくるような女と、顔形は一緒の人物が。


 にこやかに取り繕った、媚びを売るのも厭わない笑顔を浮かべて。


「ね、ねぇ。寮には今すぐ行かなきゃ行けないの? 私の研究室で話をしてからでもいいでしょう? もうちょっとお話聞かせてちょうだい。魔力症のことも、魔女さまのことも……」

「断る。そんな暇はない。とっとと部屋を整えて、明日には授業に参加できるようにしなきゃいけないんだからな」

「あらミレイユ先生、貴女に訊いているのではなくってよ。私はその子に訊いてるの。ねぇ」


 今まで目線を合わせてもくれなかった女がいきなりその腰を折って、こちらを見てくる。熱っぽい瞳に宿る光がぬるりとした狂気を孕んでいて気持ち悪い。

 ずるずると思い出してはいけない『何か』が引き出される気がして、背筋が寒くなる。竦み上がって、足が震える。


「担任として、新入生の情報を把握するのも必要だわ。そうでしょう? ミレイユ先生」

「ああそうだな」


 無感情に頷いたミレイがさっと背後にいるアーシェの手を引いたのと、カタリナがミレイの方へ踏み出したのは殆ど同時だった。

 ミレイの足早に去ろうとしている気持ちが伝わってきそうなほど、早い足取りにアーシェは目を丸くしてミレイの様子を窺う。


「そんなに担任の仕事をやってたいなら学級の方を頼む。そろそろ自習も終わるからな!」

「お待ちなさい! ちょっと、ねぇ!」


 ヒステリックな声が段々と遠ざかっていく。

 ややあって零されたミレイの溜め息はきっと気疲れからのもので。アーシェがその溜め息に抱いた感情が『同情』といった類のものだと知ることになるのは、もう少し先の話である。



***


「見苦しいところを見せて悪かったな。でもまあ、カタリナのまずさは分かっただろう」


 だいぶ歩いたところで、不意にミレイが話しかけてきた。肯定の意を込めて取り敢えず頷き返してみる。ちらりとこちらを見たミレイの歩く速度が、少し遅くなった。

 図書室から出たからか。建物の中の薄暗さとは反対の晴天に目が眩む。


「ああいう、奴なんだ。昔はもっと可愛げがあったんだが……今は正直、自分の研究のためには手段を選ばない奴になってる。倫理観は壊れてないだろうが……いや。やっぱりどうかな」

「知り合い、なんですか」

「家同士がな」


 ミレイの横顔に浮かぶのは、複雑な色だった。懐かしさ、嫌悪、同情、その全てがアーシェが知らない感情だった。しかしそれでも、ただならぬ何かがあったことはひしひしと感じられる。


「昔はあんなに……私の背中に隠れていたんだけどな。ああでも、だからかな」

「ミレイせんせい」

「ああやっぱり、やっぱり今のなし」


 何事かを呟くミレイが気になって声をかける。途端にはぐらかすように会話が切り上げられた。


「聞かなかったことにしてくれ。何もないんだ」


 片目を閉じて口元に指を当てられれば、否とは申せない。まあ、そう言っているくらいなら自分にはきっと関係のない話なのだろう。そう思うことにして、アーシェは遅れがちになった自分の足を叱咤して、ミレイの背を追いかけることにした。


 自分を見つめるミレイが視線を左脚に移して、怪訝そうに眉を寄せていたことなど気づかずに。



***


 寮の建物は想像していたよりも小ぢんまりとした建物だった。教室のあった館の半分ほどの広さと幅で、その分高さが倍以上ある。白壁造りが周囲を取り囲むように生えている植物を目立たせていて、そのせいか右端と左端にあった入口に気付いたのは建物の目の前に歩みを進めた頃だった。

 これまでの建物は全て中央に昇降口や入口があっただけに不思議な感じがする。


「ここは私たちが所属している『戦技科』の寮だ。他の科の寮には入れないから気をつけるんだぞ」


 言うや否やミレイが進んだのは真正面から見て左の入り口だった。


「おーいどうした! 女子寮はこっちだぞー!」


 性別で寮が分かれているから入口も二つなのかと、漸く合点が入った。


「お前と私の部屋は二階だ。相部屋になるのは校長から話されてた通りだ。……ベッドは上と下どっちがいい?」

「ベッド」

「二段ベッドなんだ。でもまあ、下がいいか」


 ミレイの視線に言外にちびと言われつつ、階段を上っていく。建物の造り自体はどうやら簡素らしい。深い焦茶の木製の階段を上れば、一方通行なのもあってすぐに部屋が並ぶ廊下に出た。


「ここだよ。ここ」


 廊下の真ん中ほどを過ぎて、止まる。

 白い漆喰の壁に茶色い木製の扉が嵌め込まれていて、同じような扉がずらっと壁に並んでいる。

 初めての、光景だった。


「さ、入ろうか」


 腰から引き抜いた鍵を、ミレイが渡してくる。銀色に鈍く光る鍵の大きさはアーシェの手のひら程度で、平らな面に『戦技科』という所属と部屋番号と学生番号が刻まれていた。

 ドアノブの下。鍵穴に差し込んで、回す。

 かちりと音がして、ノブを掴んで扉を押すと──ふわりと草木の香りを纏った風が、アーシェを出迎えた。

拙者、予約投稿するとその分の字数が小説全体の字数に反映されるの何とかしてほしい侍と申す。

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