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Phantasmagoria-狭間の標詩-【学生編】  作者: 菱魚
予科一年生・春〜初夏
32/42

031 決定

(よわい)一〇にも満たない少女が、魔力症に陥るほどの豊富な魔力を持ち、十一もの適性を持つ。しかも、三年ほど前までドージュの内乱で被検体を兼ねた少年兵として扱われていた』


 前代未聞などという言葉では済まされない情報だった。

 この世に生きる人々は、両親から適性の大元である主属性と、サブの適性になる保有刻を受け継ぐ。そのため、大抵の人々は一個か二個の適性を持っている。

 例外として、そのなかでも白と黒の二色を持つ属性は力が強く、眷属である四色の属性を表刻・裏刻ごとに受け継いでしまう。


 仮に両親から白の表刻である光属性と黒の表刻である闇属性を引き継ぐなら、白の光属性の眷属である青の水属性と緑の風属性、黒の闇属性の眷属である赤の炎属性と黄の土属性も適性として引き継がれるのだ。これは表刻の事例だが裏刻でも同様のことが言える。


 これが幾つかある例外の一つ『適性の六色持ち』である。魔道師の家柄でもそうお目にかかれる適性の量ではない。

 かと言って、持っている適性が多ければ多いほど良いかと言われれば話は別である。おまけのように付いてきた適性は弱く、魔力を多く有さない限り碌に魔法が使えないことが殆どだ。魔道具を作るにも適さない。適性が多すぎると魔道師は器用貧乏になるのだ。


 話を戻すがアーシェはこれだ。主属性に光属性があり、保有刻に闇属性を持つ。

 だから適性は六つ持つはずなのだ。


「そういえばアーシェは風の適性が欠けていましたね」

「ええ、そうです」


 白々しいアロイトとミレイの他人行儀なやり取りの中で、顔色を悪くしたのは教頭だった。

 適性のない者にその属性の魔法を使うのは禁忌だ。アーシェに風属性の転移魔法を使えば暴発を起こすのは当たり前である。

 魔道師ならば当たり前に知っていることだ。


 教頭がアロイトに向かって深々と腰を折った。


「私の軽率な行動で御息女の命を奪うところでした。申し訳ございません。謝ることで済む話ではありませんが」

「許すつもりはありませんが……アーシェは生きていますから。それに特殊なのはあの子です。これまでの魔道の定義を覆してきますから。これから気を付けて頂ければ、それで。……さあ、おかけになってください」

「はい、勿論です」


 萎れた教頭が抜け殻になったかのように椅子に座る。


「どうして……どうして、そんな大事なことをアロイト殿は教えてくださらなかったのですか」

「魔力症の診断証明書は学校宛てに出しましたよ。あの子が入学するときに」

「そうではありません——!」

「ミレイユ先生、どうか落ち着いて……」


 その勢いを吸収したようにミレイがいきり立って叫んだ。校長の静止の言葉も振り切って。彼女の言うことも一理ある。本来あるはずの適性をないことを知っていながら、学校側に教えなかった。


 意図して渡す情報を絞ったのはアロイト自身だ。知らないかったわけではない。親として子の身体と命を守るのが道理だろう、とミレイは吠えた。


「どこまで話せば良いか分からなかったからです。あの子は——アーシェは、ともすれば国家機密扱いになってもおかしくない情報を持った『歩く機密』そのものです。

 あの子の健康も、学校生活も当然大切です。それ以上に……ガスティオン公爵とすり合わせが必要だったということを、どうか理解していただきたい」

「しかしっ」

「しかしではありません。もし情報が流れていたらどうなりましたか。カタリナ先生の態度は?」


 事前に学校の人事を調べたアロイトにとっても、その上司であるゲイルにとっても、国家機密に等しいアーシェを学校へ入学させるのに一番の懸念材料だったのは、イスカリオット家の令嬢だった。

 尤も彼女自身とうが立ちすぎて、そう呼ばれる年頃でもないが。だからこそ、それがコンプレックスとなってアーシェを害そうとした側面もなくはないだろう。


 良くも悪くも生来プライドが高かった彼女は、アーシェという刺激を受けて、出世街道に戻りたい一心の、自己顕示欲の塊となってしまった。そうして、カタリナはこうして何度も問題を起こした。学校側の処遇に問題があるかないかに拘わらず。それは事実だった。

 全ては彼女の業が引き金となったことである。


「教えたときのアーシェの身に降りかかる危険と、天秤にかけてこちらを取ったのです。どうか──どうか、ご理解を頂きたいと存じます」

「……分かり、ました」


 アロイトの言葉が落ち込んでいることも、アーシェに関するこれまでの情報の重大さにも、カタリナに教えたときの『もしも』にも、全てに気づいたのだろう。それ以上ミレイが彼を詰ることはなかった。


 彼女の拳が『あの時』のようにぐっと握られているのを、アロイトは見逃さなかった。


***


 結局のところ、そこからも教職員との話は続いて保護者会議が終わるころにはすっかり夜になってしまっていた。「そんな重要機密を纏った、歩く爆弾のような、魔力症の子供をサポートできる体制は整っていない」と弱腰になって喚く校長を宥め、なんとかアーシェをこの学校にいさせることとミレイが学級の担任を継続させることを取り付けたのがつい先ほどである。


(……そうそう、アーシェについてここまで深く知りながら、退学や転校という方策を採るわけではありませんよね?

 今回の件は公爵閣下も興味深く動向を伺っておられます。先生方には、どうか適切なご判断をお願いしたいと存じます)

(この通り、アーシェは『絶好の』研究材料です。庇護が無くなれば、恐らく国立研究所に連れて行かれるでしょう。それだけは避けたいのです。彼らはどこか……俗世の倫理には疎いようですから)


 アロイトが宥めたと言うのだから宥めたのである。決して、脅したわけではない。彼ら教育者の倫理に訴えかけたのだ。

 灰色を通り越して黒に近い組織の名前を出したのもあるだろう。特に教頭あたりは魔道師ということで、国立研究所に所属する同業者の厄介さは分かっているはずだ。きっと味方に回ってくれる。


 そうなれば後は容易い。あの校長である。情に傾かせてしまえば、あの人は弱いとアロイトは知っている。

 だからきっと、アーシェはもう大丈夫だ。少なくとも、今回のような事件は二度と起こらないだろう。


 それはそれとして、彼がガスティオン公爵にこの先も手足として使われるのは、今回の件で殆ど決定したようなものなのだが。


 きっと考えたくないことまで考えたせいだ。気苦労と安堵の息苦しさを乗せた溜め息が零れて、校舎の間を吹き抜ける初夏の生温い風がさらっていく。

 心労の耐えないこの身はこの先楽になるのだろうかという翳りと、人の親になったのだという自覚と愛情がアロイトの胸の内に落ちて染みていく。


 気分を切り替えるように、濃紺の空を仰いだ。

 ほぼ山地と言ってもいい──丘陵地帯にある学校だからか、果てなく続くような暗い色地のシーツに星が規則正しく散っているのが見えた。

 一つ一つが鮮明に輝く。これはこの学校の子は天文学の授業がさぞ楽しみだろうと、アロイトは自分の学生時代を思い返して、笑った。天文学はあまり得意ではなかった。


「──星を見ているんですか?」

「王都にいるよりもよく見えるからね。今のうちに見ておこうと思って。……今の子たちが羨ましいよ。恵まれてる」

「その代わり虫は出ますよ。それこそしつこいくらい。カマキリとか、蛾とか、イノシシとか」

「……イノシシは違うだろう?」


 険のある話し方をする後輩へとアロイトは目を向ける。腕を組んで、恨みがましそうにこちらを見ながらミレイがこちらへ近寄ってきた。


「アーシェのこと、だけじゃなくて」

「うん」

「全部、隠すのやめてください」

「すまない」

「先輩」

「……それは難しいね」

「先輩!」

「ミレイ」


 駄々を捏ねるミレイに、アロイトは首を横に振る。

 昔から彼女は真っ直ぐだった。眩しいほどに。貴族社会で育って清濁を併せ呑んでのんいるはずなのに、むしろだからか彼女は貴族のやり方に馴染まない。

 それは、ゲイルの元に仕えるようになって急速に自分が黒くなった──彼らやり方に馴染んだ──と自覚のあるアロイトには、美徳でもあり欠点に映った。


「ゲイル様の御命令なんだ。それに」

「『英明過ぎば身滅びぬ』ですか?」

「……ああ」

「でも、知らなければ守れないものもあります」

「知ってもなお、守れないものだってある」


 途端にミレイが口を閉ざして唇を噛むのが、薄闇に浮かんで見える。言い合いは先輩らしくアロイトに軍配が上がったようだった。


「ミレイの言ってることも分かるけどね」

「……先輩が言ってることも分かるつもりです」

「物分かりが良くて助かるよ」

「皮肉が大層上手になりましたよね。元から才能はありましたけど」

「……褒め言葉だと思っていいのかな? それは」

「どうぞご自由に」


 これでも一応先輩後輩の仲なんだけど……と、アロイトは傲岸不遜なミレイの物言いに苦笑した。この後輩のそうした面は 昔から変わらないところではある。


 夜風が二人の間を割り込んで行った。


「さっきはありがとうございます……担任のこと」

「いいよ。その代わり、期待してる。ベルナデット様にも言われたんだろう? あの子を頼むよ」

「はい」

「信頼が置ける人たちには伝えてもいいから。アーシェから伝えさせても、それでも」


 でもそれ以外は勘弁して欲しいの意を込めて、人差し指を自分の口元に立てながら微笑む。ミレイがまた呆れた。


「練習だと思えばいいんだよ。あの子が自分についてどこまで話したらいいか見極めて、伝えるための」

「……アーシェが?」

「だってそうだろう。あの子だってずっと他人任せに生きてはいられない。冬には一〇歳になる。ベルナデット様にも言われたんだったら、なおさらね。

 あの子が自分のことを——過去は秘めておくとしても——話して説明できるようになるのが一番ベストかな」


 自分自身のことを知らないで傷つくのはアーシェだ。そしてあの子の周りにいる人々だった。

 ふとアロイトの脳裏に、ウェインの葬式の光景が過ぎった。


(わたしを、つれてってください。お願い、です)


 もう誰も傷つけたくないと、覚悟を決めたのならそれくらいできてもらわねば。きっと苦しむのは彼女だろうから。


「分かりました」

「一応僕からも伝えておくけどね——保健室はこっちで合ってる?」 

「ええ。そっちです」

「良かった。そうだ……先輩」


 意を決したようなミレイの面持ちが、アロイトを捕らえて離さない。


「先輩は──国とご家族どちらが大事なんですか」

「どちらもだよ」


 彼女が言い終える前に言葉が被さる。意外だと言いたげなミレイに、目を見開きたいこちらだとアロイトは思った。

 するりと言葉が出てきた。こんなにも反射的に。


『どちらも、大切だよ』


 きっと冷徹にはなれないんだろうな、ゲイル様と違って。

 自覚と共に自嘲すれば、アロイトの胸はどこか軽くなったような気がしたのだった。

 あと一話で一旦完結します。させます。



















(……どうしてカタリナ先生はアーシェが風欠けの全属性って知ってたんでしょうね〜不思議だなあ)(棒読み)

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