030 保護者会議
「——この度のこと、誠に心苦しく申し訳なく思っております。御息女に危害を加えたこと、我が校の教員への教育が至らなかったこと、この学校の関係者を代表いたしまして、心よりお詫び申し上げます」
アロイトが校長室に着くと挨拶もそこそこに校長が頭を下げてきた。年配の女教頭もその後ろに控えて頭を下げている。その隣には背を負っている見知った後輩の顔が見えて、今回の事件で失職していなかったことにアロイトは心底安堵した。何せ、情報を搾り取れる知り合いは多い方がいい。そこまで考えて彼は内心で苦笑を浮かべた。ウェインの副官であった頃にはなかった考えだった。
彼はこの一年半で今の上司である公爵閣下の影響を受けたようだった。
それはさておき。改めて、目の前の三人の教職員の態度と謝罪を頭の中で検分する。少なくとも、上辺だけの平謝りではない。文字通り「心からの」許しを請うような謝罪である。
これからの対応次第だな、とアロイトは思った。彼自身養父ではあるが、別に養女であるアーシェへ愛情がないわけではない。それどころか、子に恵まれなかった自分達夫婦にとってアーシェは初めてできたに等しい子なのだ。愛情は当然ある。
だから彼も責任者たちの振る舞いに応えるように、娘を愛する父親として、その割と燃えている怒りの矛を収めて誠実に応対し話合うことを決めたのだった。
「……校長、まずは事の仔細をお話頂けませんか。このままでは私も何を聞き、何をお話すればいいか考え倦ねます」
「それは勿論です。お話しさせて頂きます」
「ありがとうございます。……実は大変恐縮なのですが、もう二つほどお願いをよろしいでしょうか」
「勿論です。わたくしどもにできることでしたら」
冷や汗をかいている校長が額を流れる汗をハンケチで拭いながら、アロイトの要望にこくこくと肯いている。相変わらずの性格だなと、アロイトは三十年近く前に過ぎ去った学生生活を思い出した。校長はまだ一介のお人好しな教師でしかなく、今のように立派な口髭など生やす気配が見当たらなかった頃の話である。
「まず一つ。こちらからお話もさせて頂きたいのですが、その際に盗聴防止のために防音の魔道具の使用許可を頂けませんでしょうか」
「勿論です。魔力の負担もこちらでお受けいたしましょう」
「ありがとうございます。お申し出ありがたく存じますが、こちらで引き受けるので結構です」
それともう一つ……。願いを続ける前に、アロイトは後輩の姿を見遣った。自分に向けられる厳しい視線は、軍属を辞めると言い出した昔の彼女を思い起こさせた。
「ミレイユ先生もこちらのお話にいらっしゃるのですか」
「ええ、当然です。副担任として責任がありますから……」
「ではミレイユ先生も、お話が終わるまでこちらに」
「畏まりました」
本当は教頭と校長も人払いさせて話したいところだったが、そう上手くいくような状況ではない。仕方なく、アロイトは両者も真実に巻き込むことにしたのだった。
まあ、恐らく大丈夫だろう。あの狂った担任よりは物分かりの良い人物たちのはずだ。彼らならば、過ぎた事実を知らされてもどのように振る舞えば良いか理解できているであろう。良くも悪くも学校という箱庭の権力者である。
「本日ご足労頂きましたのは他ならぬご息女のことです。先にお送り致しました便りの通り、カタリナが——アーシェさんのクラスの元担任が不適切な指導を行い、魔力疲労と怪我を負わせました」
「……ほう」
魔力疲労というのは、魔力や魔法の使い過ぎで魔力が減りすぎたことによる体調不良全般のことを指す。体調不良と銘打ってはいるが、軽度なものは嘔吐や眩暈から重症になると意識不明の命の危険性が高いものもある。
そして魔力疲労の後は大抵、魔力症がひどくなる。減りすぎた魔力を回復させようと体が張り切りすぎるのだ。当然、魔力の増える量が肉体の成長に追いつかず種々の障害を引き起こす魔力症との相性は最悪と言っていい。
アロイトの相槌を打った声が冷え切ったように聞こえたのも無理のない話だった。説明している校長のこめかみを汗が伝っていくのが見える。
「それは……今回の件ですか? それとも前回の、魔力の暴走の」
「……どちらもです。ファロア殿」
「つまり昨日のことに加えて、数週間前のことについてもお話しされていると」
「いえ決してそういうわけでは……」
「では問題行動を起こす教師を放置して好きにさせていたのをお認めになると」
「それは……」
「校長、私は恥ずかしいですよ。『ドレットノート』の名を冠する教育機関のいち卒業生として」
アロイトの顔はにこやかである。人は怒りで笑えることがあるのだ。こんなにも鮮烈な怒りを覚えるのは彼自身久しぶりだった。
鼻から溜息をついた。かつての恩師に落胆したわけではない。ただ、不意に手綱を振りほどこうとする感情の群を、空気を吐いて吸い込むことで落ち着けたかったのだ。
「魔力の暴走ならばまだ分かります。アーシェは魔力症なのにまともな魔道の訓練を受けておらず、魔道具の腕輪と魔法薬で抑え込んでいるような状態でしたから。その点は私たち保護者にも責任があるでしょう。……しかし分かっていただきたいのです。
あの子は養女です。私たちは魔力症であるあの子に、魔道を手ほどきすることはできません」
アロイト達では魔力症のアーシェに魔道を教えることはできない。厳密に言えば知識程度ならいくらでも教え込むことはできる。しかし魔力の扱いを教える——技術となるとそうもいかない。
アーシェの場合は魔力が多い。魔力症なのである。おまけに彼女の適性である主属性も保有刻も、アロイトたち夫妻には持っていない適性だった。いくら彼の妻であるリーシャが衛生兵で魔力症について他者より詳しいといっても、魔道を専門にする魔道師や魔道医ほどではない。
血縁でもない、養い親どちらも養い子の適性である属性を持たない、魔力が多すぎる、おまけに両親はどちらとも魔道についての専門家ではない。
こうなればアロイト達にできることは限られる。だから彼らはアーシェが入学の意志を見せるや否や、アーシェに入学できるだけの学力を付けさせ、この学校へ入学させることにしたのだ。
「ベルナデット様が関わっていると前回の件の便りにありました。ですから私は安心して娘を任せることにしたのです」
正直なところ、学校側が有事においてベルナデットに頼るとはアロイトも予想はしてなかった。アーシェの魔力症について、かかりつけの魔道医であると事前に入学前の書類に書き添えてはいた。しかし、学校は提携している魔道医に診せるか校内の保健医の診断になるだろうとたかを括っていた。
確かにアロイト自身に油断もあった。魔力の暴発なんて、戦技科ならば割と日常茶飯事だろう。この学校の前身である『ドレッドノート士官学校』に通っていた彼からすれば、そんな認識である。
当然、ベルナデットに作らせたアーシェの健診の結果を、ゲイルに横流ししたアロイトにも責任はあるわけだが。
とはいえ、魔力症の子供を引き取ったというのに知識や対応の不足は否めない。
アロイトはベルナデットが今まで通りアーシェに関わっているのなら大丈夫だと思っていたのだ。何せ、アロイトの前の養父が——ウェインがそうだったからである。
それにアーシェには簡単には話せない事情も多い。しかしここまで来ては隠し通すことも難しいだろう。諦めてアロイトは懐から魔道具を取り出した。
手のひらに乗る大きさの、香炉に似た陶器だった。
「……盗聴防止ですか」
「ええ。できればお三方に把握していただきたいことが……ミレイユ殿は知っていることもおありでしょうが」
「……ええ、多分」
アロイトの支配する空気の中でいきなり名を呼ばれたミレイの声は、狼狽の中に怒りを滲ませている。まあそれもそうだろうとは彼も同情した。前回は兎も角今回の事で責任を取らされるのは彼女だろうし、自分に物申したいことは一つや二つではないだろう。
一週間ほど前にベルナデットの元を訪ねたときに、かの女医から張られた頬の痛みと娘の入院の一部始終を語られたこと健診の結果をどこへやったのか詰られたことを、アロイトは思い出した。
緑味がかった薄黄色の魔力が魔道具を包む。うまく作動していることを目視確認すると、アロイトはそれを四人で座って囲んでいるテーブルの中心に静かに置いた。
「……今回のことはどうかご内密に。ガスティオン公爵閣下から直々に許可を賜りお話しすることが許されておりますので」
「ファロア殿、それは……」
肝の小さい校長は既に顔を青くしている。教頭も似たような具合だ。対して、ミレイのなんと強気なことか。アロイトの予想に反して平然としている。その姓を名乗る生徒が彼女の学級にいるからだろうか。
それはさておき、心強いと思った。彼女にはやはりアーシェたちの担任になってもらわねばなるまい。
「——アーシェは、ドージュで保護されました」
「まさか……」
真っ先に声を上げたのは教頭だった。さすが本職も魔道師なだけはある。察しが早い。
「ええ。魔法薬の被検体です。戦力として利用もされていました」
アロイト達の住むヴォルセナ王国内で戦争が勃発したのが数年前——五年近く前の話である。もとはと言えば数十年前にあった『双子王子の争い』という王位継承争いが発端なのだが。兎も角、敗者である当時の兄王子の血を引いた王族公爵の一族が現王家に反旗を翻した。これが現在、世間一般に言われる『内乱』や『ドージュの争い』である。
ドージュ公爵の領地での小競り合いは双子王子の争い以降も度々起こっていた。きな臭いことも当然相応にあった。
しかし明確に反乱を企てたのは今回が初めてだった。先祖代々の雪辱を晴らすことを旗に掲げ、領地で豊富に採取される質の良い魔性植物を利用し、魔法薬の投与実験を自らの領地の兵たちにも行いながら戦ってきたのだ。
兵たちは被検体になりながら、ある一定の魔力があれば魔法薬により過剰に能力を引き出され死ぬまで戦う。魔法薬でボロボロになった身体を引きずりながら、奴隷のように。
倫理の欠片もないことに、それは女子供であっても行われていた。しかも最悪なことに、やぶれかぶれになった終戦間際にはドージュではそれが常態化していた。領地内で魔法薬の研究や精製をするために輸出を禁じられた質の高い魔性植物——魔力を多く含み魔法薬の原料となる——は、同じく魔法薬を研究する領地外の、多くのヴォルセナの魔道師たちの研究も阻んだ。
閑話休題。アーシェはそんな戦争の被害者だった。三年ほど前にウェインとアロイトに保護される前はそうして生きてきたのだ。
「それ故にあれほど魔力が高いと……?」
「はい。魔力症もそのせいだと診断を受けています」
「そんな……」
教頭が口元に手を当て言葉を失っている。
肉体という器を超えて魔力が多い、もしくは肉体の成長を超えて魔力が増え続けるのが魔力症である。魔法薬は魔力を使用して効能効果を現わす。
そうして使用された魔力は減った分を増やそうとする。身体の成長に利用するはずの体力すらも消費して。
増えた魔力は再び実験に利用され、魔法薬を投与される
アーシェを蝕む障害はそうした悪循環の果てに出来上がったものなのだ。
「では、十一もあるあの属性も?」
「恐らくは」
「な……ドージュはヒト族の適性すらも操る研究をしていたと……!?」
「そこまでは、さすがに」
「お待ちください。今、適性が十一あるとミレイユは言いましたか!?」
話が段々と逸れていく気配がしてアロイトは一つ咳払いをした。ついでにミレイのことも叱る代わりに睨め付ける。
恨みたっぷりに睨み返された。
「校長の仰ることは先ほども申し上げました通り、私たちにはその点は分かりません。ですがミレイユ殿の仰ることは本当です。ベルナデット様が診てくださいましたから」
「……ミレイユ」
「ベルナデット様から頂いたアーシェの資料にその通りに書いてありましたから」
事も無げに彼女はそう言い放った。
「……頂いた資料を教頭たちにも渡せばよかったと思います。カタリナに勘付かれないように動いても、こうなるのなら。……今更ですけれど」
深い後悔を滲ませて、ミレイが自嘲するように笑った。
ごちゃごちゃになってるタイトル番号とタイトルを直しました。
読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。今後もよろしくお願い致します。




