おじいさんとミケ
1.一人暮らしのおじいさん
にゃんこさんと若者のお家のお隣には一人のおじいさんが住んでいました。
おじいさんは、一人暮らしでしたので毎日一人で起きて、一人でご飯を食べ、(もう、お仕事は退職して年金暮らしでしたので)一人でぼーっと外を眺めたり、一人でお散歩をします。もちろん寝るときも一人です。
おじいさんは一人ぼっちでしたが、寂しいとは思いませんでした。誰かとしゃべりたくもなかったし、一人でいることが好きでしたから。
他の人と話すのが苦手なおじいさんですが、隣の若者のことは嫌いではありませんでした。若者は道で会うとニコニコと挨拶をしてきますが、それ以上話しかけてくることはありませんでしたし、家に押しかけてきたりもしません。
ところがある日若者は猫を拾ってきたようで、それからは猫と仲よく遊ぶ姿やお話をしている姿を見るようになりました。
《なんだか気に入らん》
おじいさんはよくブツブツ文句を言うようになりました。「猫なんぞ飼いおって、ふんっ」
「こんにちは!」相変わらず若者はニコニコと挨拶をしてきます。
《ヘラヘラしおってからに、気に入らん》
いつも挨拶を返してくれるおじいさんがムスッとした顔でそっぽを向いています。
若者は《あれ、どうしたのかな、虫の居所でも悪かったのかな?》と思いましたがニッコリ笑って会釈をしました。
その日以降、おじいさんは若者が挨拶しても返事をしないようになってしまいました。
《どうしたのかな?何かおじいさんの気に入らないことでもしちゃったのかな?あやまる?でも、何をあやまるの?どうしよう?う~ん、ちょっと時間をおいてからの方がいいのかも》若者は、おじいさんがどうして返事をしてくれなくなったのかがわかりませんでした。でも、にゃんこさんが来たばかりということもあり、おじいさんが返事をしてくれるようになるまで待つことにしたのでした。
ある日、おじいさんが日課の散歩で池の近くまで来た時、なんだか声が聞こえてきました。
どうやら池の神様と猫が何やら話をしているようです。
「いらないのにゃ…」
《いらないって、何がいらないんってんだろう。えっ、きれいなネズミの置物じゃないか?もったいない、やはり、猫なんかにゃ物の価値がわからんのだな、けしからん!》
おじいさんは、神様にそんなネズミはいらないと言っている猫に、腹を立てました。
《きれいな置物はあんな価値のわからない猫なんかではなく、わしがもらうべきなのじゃ》
おじいさんが猫の後をつけていくと、猫はお隣の若者の家に入っていきます。
窓の外で若者と猫の会話をこっそり聞いてみました。
「なんだと、金のネズミと銀のネズミだと!何というもったいないことを・・・よーしわしが代わりにもらってやろう。」
翌朝「行ってきます!」若者が会社へ仕事をしに出かけました。
猫はどうやら寝ているようです。
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そろーり、そろーり
そろーり、そろーり
おじいさんはこっそりと若者の家に忍び込みます。
「フフッ、しまい場所は昨日こっそり見ていたからわかっているのじゃ。しめしめ、にゃんこはぐっすり寝ているようだな。」
おじいさんは池に行き、ネズミのおもちゃを池に落として金と銀のネズミをせしめようとしましたが、上手くいかず更には財布まで失ってしまいました。
《あの猫のせいじゃ、全く気に入らん》
2.行方不明のにゃん吉くん
あの後、やはりバツが悪いのもあり、おじいさんはなるべく若者や猫と顔を合わせないようにしていました。
散歩にも行かず家でぼーっとしているばかり、雨戸も閉め切りでなんだか最近は昼間なのか夜なのかすらわからなくなってきました。
お腹が空いたら簡単なものを食べ、眠くなったら寝ます。
いつも夢の中にいるようでした。
「ニャ~、ニャ~」どこからか猫の鳴き声がかすかに聞こえてくるようです。
おじいさんは夢の中にいるのだと思いました。
《昔まだ小さな子供だった頃、こんな声を聞いたなぁ、それともそれも夢だったかな?》
「ニャ~、ニャ~」
《ん、夢、ではないか? もしかして本物の猫?》
「ニャ~」
《やけに近いな、どこだ》おじいさんはしばらく締め切っていた雨戸をほんの少し開けて外をのぞいてみました。うまく見えません。もうほんの少し。
結局、頭を出せるほどに開け、あたりを見回します。
《あっ!いたぞ、仔猫?まだ大人ではなさそうじゃな、あんなに鳴いて腹でも減っておるのか?》
猫なんか関わり合いになるまい、たしかにそう思っていたはずなのに、気づいた時にはおじいさんは外に出ていました。
《あの猫に何か食べるものをやろう》そう思ったおじいさんですが、2週間近く買い物もせず家にあるものを食べていたので、猫が食べそうなものといえば買い置きのサバの水煮缶くらいしかありません。
おじいさんは缶詰を皿に開け、ゆっくりと猫の方に歩き出しました。
そろーり、そろーり
少し距離をとって猫に話しかけます。「腹が減ったのか?ほれ、こいつを食べろ」
びっくりして振り向いた猫は、とてもきれいな三毛猫でした。
三毛猫はじっとおじいさんを見つめています。
「大丈夫じゃ、何もせん、怖がらんでもよい。ただ、飯を食わせてやろうと思っただけじゃ。」
そう話すおじいさんの心には何か引っかかるものがありました。
《ミケコ?まさか、もう60年も前の話じゃ、ミケコが生きとるわけがない。でもそっくりじゃ、ミケコの子孫なのか?》
三毛猫はゆっくりとおじいさんの方へ歩き出しました。
おじいさんの前に来てちょこんとすわった三毛猫は、おじいさんに話しかけます。
「こんにちは、ご親切にありがとうございます。おいしそうなお魚ですね。」
「ほれ、サバ缶じゃ」
「ありがとうございます、でも今はいただけないのです。おじいさん、小さな仔猫を見ませんでしたか?実はうちのにゃん吉がいなくなってしまって探しているのです。キジトラ柄の子でまだ2カ月の小さな子です。」
おじいさんはびっくりして言いました。「何だって、あんた仔猫じゃないのかい?見たところあんただってまだ小さい、大人の猫とは思えん。」
「にゃん吉は本当は私の弟なんですが、まだあの子が赤ん坊の時に母が車にひかれて亡くなってしまって、それからは私が母親代わりで育てているのです。本当のママのことは小さすぎて覚えていないみたいで、あの子は私のことをママと呼んでいます。」
「そうだったのかい、あんただってまだ小さいのに苦労したんだね。悪いがワシは仔猫を見かけちゃいないんじゃが一緒に探してあげよう。」
「にゃん吉~、どこにいるの~」
「にゃん吉、にゃん吉、どこにおるんじゃ、にゃん吉やーい」
二人はおじいさんの家の周り、裏庭、玄関から大通りへと一生懸命探しましたがにゃん吉の姿はありませんでした。最初は落ち着いて探していた三毛猫ですが、だんだんと焦りの色が出始めます。
「ワシは大通りを探してくる、あんたはここにいなさい。にゃん吉が帰って来るやもしれん。入れ違いになってはいかん。」おじいさんは三毛猫にそう話すと、大通りに向けて走り出しました。
《万が一にゃん吉が交通事故にでもあっておったら、あの子にそんな姿を見せるわけにはいかん》
「にゃん吉〜、にゃん吉〜、どこにいるのかしら。」おじいさんちの裏庭で三毛猫はにゃん吉くんを待っていました。
「あ、ママ!」にゃん吉くんが、若い男性のパーカーの大きなポケットから飛び出して走って来ました。
「にゃん吉!お前、いったいどこに行ってたの、心配したのよ。」三毛猫はにゃん吉くんを抱きしめて言いました。
「ママ、心配かけてごめんにゃん。チョウチョを追いかけてたら、迷子になったみたいなのにゃん、ママを探して高い木に登ったんだけど降りられなくなったのにゃん。にゃんこさんとこのお兄さんが助けてくれたのにゃん。」
「そうだったんですか、にゃんこさんとお兄さん、にゃん吉の事助けていただいてありがとうございます!」
「ハハッ!良いんですよ。にゃん吉くんが無事で良かったですね。にゃん吉くん、ママに会えて良かったね。」
「そうにゃ、良かったにゃ!」若者もにゃんこさんもにゃん吉くんが無事にママに会えてホッとしているようです。
「にゃん吉くん、今度はママと一緒にうちに遊びに来るといい。待ってるよ。」「遊びに来てにゃ!待ってるのにゃ。」
若者とにゃんこさんがそう言うと、にゃん吉くんはニッコリと笑ってうなずき、三毛ママと一緒におじいさんちの縁の下に入っていきました。そこがにゃん吉くんと三毛ママのお家だったようです。
「にゃん吉、ママは、にゃん吉を探すお手伝いをしてくれた方にお礼を言ってきます。お家でおとなしく待ってるんですよ。」「うん、わかったにゃん、心配かけてごめんなさいさいなのにゃん。」
三毛猫は、にゃん吉を家に入れるとおとなしく待っているように言い聞かせおじいさんを探しに出かけました。
3.おじいさんと三毛猫
「たしか大通りへ探しに行くって言ってたわね。」そうつぶやくと大通りへと走り始めます。
「おじいさ~ん。にゃん吉が見つかりました。おじいさ~ん。」
おじいさんはなかなか見当たりません。
「おじいさ~ん。おじいさ~ん。」三毛猫はおじいさんを探して走ります。
いました、大通りの向こう側で茂みの中をのぞきこんでにゃん吉くんを探してくれているようです。
三毛猫がおじいさんのところへ行こうと道路を渡りはじめたその時、大きなトラックが左からやってきました。キキーッ、とブレーキ音がしてトラックが止まり、運転手さんが怒鳴りました。
「危ないだろ、気を付けろ爺さん、急に飛び出すんじゃねー!」
一度止まったトラックはまた走り出しました。
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「おじいさ~ん。おじいさ~ん。」三毛猫の声におじいさんが振り返った時、三毛猫が自分のもとへ走る
姿を見るのと同時に、大きなトラックが道路を走ってくるのが見えました。
「ミケコ、危ない!来ちゃだめだ!」おじいさんは叫びながら道路へ一歩踏み出します。
キキーッ
驚いて尻もちをついたおじいさんですが、ハッとして道路上に三毛猫の姿を探します。「ミケコ!ミケコ!」道路には猫が轢かれた後はありません。ホッとして道路の向こうを見たおじいさんの目にびっくりして固まっている三毛猫の姿が映りました。
運転手さんに怒鳴られながらも、「良かった、ミケコ、良かった。」とおじいさんは小さくつぶやき涙を流していました。
トラックが走り去った後、おじいさんは道路を渡り三毛猫のもとへ行くと優しく話しかけました。
「道路は危ないところじゃ、ケガはないかい。」
「おじいさん、ごめんなさい。私のせいで…」「いいんじゃ、いいんじゃ、ワシも尻もちついただけじゃし、じゃが、気をつけんといかんよ。」
謝る三毛猫におじいさんは笑ってそう言いました。
「にゃん吉、帰ってきました。お隣のにゃんこさんとお兄さんが連れてきてくれて。」
「そうかそうか、帰ってきたのなら良かった。じゃあ、ワシらも帰ろうかのう。」
二人は並んで歩き出しました。
「そういえば、あんた、家はどこじゃね?」尋ねるおじいさんに、ちょっと口ごもった三毛猫ですが、勇気を出して言いました。
「実は、おじいさんちの縁の下にいるんです。勝手にごめんなさい。」
「なんじゃ、そうか、いやいや謝ることはない。いいんじゃ、いいんじゃ。それじゃあ、一緒に帰ろうかのう。」おじいさんは三毛猫を抱き上げるとそのまま家に向かって歩きます。
その次の日から、おじいさんは猫たちのご飯の心配をするようになり、家には食材がもうほとんど残っていなかったので、買い物にも出かけるようになりました。
なにせ、おじいさんは2週間近くも家から出ない生活をおくっていたので、買い物にすら行っていませんでしたから残っていたのは缶詰が2個、カップ麺が1個だけでした。
にゃん吉くんはにゃんこさんとすっかり仲良しになり週の半分は一緒に遊んでいます。
おじいさんがご飯を用意してくれるようになったため、三毛猫はにゃん吉くんのご飯をゲットするために出かける必要がなくなり、にゃん吉くんが遊びに行ってしまうと一人でいる時間が増えました。
そんな時、三毛猫はおじいさんのもとを訪ねるようになりました。
「おじいさん、こんにちは。遊びに来ましたよ。」「ほう、よく来た。ここに座りなさい。」
三毛猫が遊びに来ると、おじいさんは座布団を出してきて勧めます。
二人は縁側に座布団を敷いて座り、裏庭をながめます。
おじいさんはあまりしゃべりませんが、三毛猫が話す本当のお母さんのこと、にゃん吉くんがわんぱくで困っていること、優しいところもあって自分のためにお花を摘んで来てくれたりすること、そんな話をニコニコと黙って聞いています。
「あっ、にゃん吉が摘んできたお花、おじいさんちのですよね。勝手にとって来たりしてごめんなさい。」「なに、かまわんさ、花の一つや二つ、好きなだけ摘んでってくれてかまわんよ。」
「ありがとうございます。おじいさんのおかげでにゃん吉がお腹を空かせることもなくなって、なんとお礼を言ったらいいのか。」「なんのなんの、気にすることはない。ところで、あんたに聞きたいことがあったんじゃ。」
おじいさんはいつものように笑って三毛猫の頭をなでました。
「あんたの名前を聞いとらんかった。教えてくれんかの?」
「私ですか?そうですね名前も名乗ってませんでしたね。名前はミケです。あっ、そういえば私も聞きたいことありました。」
「聞きたいこと?はて、なんじゃろうのう。」
「あの日、初めてお会いした日ににゃん吉を探して大通りまで行った時、おじいさん私に『ミケコ』って叫んでました。ミケコさんっておじいさんの大切な方なのですか?」
4.おじいさんとミケコ
「昔の話じゃ…」
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「ミケコ!ほら、給食の牛乳とパン持ってきたぞ。」「ミーミー」
ピチャピチャと牛乳をなめるのはきれいな三毛猫。僕は昨日公園で拾ったこの猫にミケコって名付けた。三毛猫のミケコ。学校の友達にはセンスがないって笑われたけどミケコの何が悪いのかわかんない。センスってなんだよ!
ミケコはすっごく可愛くてすっごくきれいな子だ、まだちっちゃいのにとっても品があるし、まあ、とにかく最高なんだ。
公園で拾ったのは僕を入れて5人のグループで、いつもその公園で一緒に遊んでるんだけど、最近みんな塾とかに通い始めて5人みんなが遊べるのって週1回になっちゃったんだ。
で、昨日は大事なその週1回の日だったんだけど、そこでタツヤ君がこの子を見つけて、でもまだちっちゃくて、みんなで触ったら壊れちゃいそうだったから一人10分ずつ交替で抱っこしたんだ。
みんなでジャンケンして名前を決めたんだけど僕が勝ったからこの子はミケコになったんだ。
そんで、公園から1番近いヒデ君が家から牛乳を持ってきてあげたらおいしそうにピチャピチャ飲んでた。
その日は公園の横にある公民館の裏口に段ボール箱を持ってきて、その中に入ってもらってみんな自分ちに帰ったんだ。
次の日はみんなが塾の日で僕だけだったんだけど、学校が終わったら給食の牛乳とパンを持って急いで公民館の裏口に行ったんだ。でも、置いといた段ボール箱がなくなっていて、段ボール箱はたたまれてゴミ捨て場に置いてあった。僕は一生懸命ミケコを探したんだ。ミケコは公民館の近くの茂みの奥で震えてて、でも僕が呼んだらちょっと顔出して僕だってわかったら出てきてくれたんだ。
それで給食の牛乳をあげたんだけど、僕ちゃんと考えて家から出るときにこっそり家お皿持ってきたんだよ。でも、ミケコはまだちっちゃいからか、パンは食べられなかったみたい。牛乳だけでいいのかな?
夕方になって家に帰らなくちゃいけないんだけど、ミケコをどうしよう。
公民館の裏口の段ボール箱で飼ってみんなで世話しようって言ってたんだけど。段ボール箱がたたまれちゃってるってことは、誰かがミケコを追い払おうとしたってことなのかな。
でも、こんなとこにミケコを置き去りにして一人で家に帰るなんてできないよ。
お父さんとお母さんにミケコを飼っていいかもう一回聞いてみるしかない。夕べも試しに「猫飼いたいなあ」って言ってみたんだけど、お父さんには「お母さんが反対するから駄目だ。」って言われたし、お母さんは「お父さんが許して下さらないから駄目よ。」だって…二人ともヒトのせいにしてズルいよね。
みんなに相談したいけど今日は僕しかいないから、僕にはミケコを守る義務があるんだ。
どうしようってたくさん考えたけどやっぱり、家に連れて帰ってお父さんとお母さんにお願いするしかなかった。
「まあ、ケンちゃんこれは何?昨日ダメって言ったでしょ!元のところにおいて来なさい。」
「【これ】って何だよ!ミケコを【これ】なんて言い方するな!」お母さんてばひどいやミケコは物じゃないのに。「お父さん、お願い。家で飼っても良いでしょ?こんなに小さな仔猫を捨てろって言うの?僕、いい子になるから、お手伝いも勉強ちゃんとするからお願いします。」
お父さんは、苦い顔をして「今夜はもう遅いから仕方ない。その子のことはちゃんと考えるから。」って言ったんだ。
僕はてっきりお父さんが許してくれたんだと思って、うれしくなってその日はミケコと一緒に寝たんだ。
次の日はヒデ君とユウタ君が塾がお休みだったから3人でそのまま僕んちに帰ったよ。
3人でミケコと遊んでもちろんお手伝いも勉強もちゃんとやった、その次の日はタツヤ君とマサト君が来た。夜になると僕はミケコと一緒に寝るんだ。
ミケコが来て3日目、学校から帰った僕はミケコを探したんだけどいない。
「ミケコ!ミケコ!お母さんミケコは?ミケコがいない。」お母さんはちょっと困った顔をしてた。
「ケンちゃん、猫はお父さんが知っている方のお家に連れて行ったの。うちでは飼えないからその方にお願いしたの。」
「なんでだよ!僕ちゃんとお手伝いも勉強もしたじゃないか!なんで飼っちゃいけないんだよ!」
「ケンちゃん、わからないこと言わないの!お父さんお母さんを困らせないでちょうだい。」
「わかんないよ、お母さんのバカ!ミケコを返してもらって!」
それから1週間、僕はお父さんお母さんと口を利かなかった。そして、僕たち家族は引っ越しをした。
お父さんの転勤でそれまで住んでいた町の一軒家から、都会のアパートへと引っ越したんだ。
新しい家はアパートで猫を飼うことはできなかったから、お父さんお母さんはミケコを飼うことはできないって言ってたんだ。
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あの頃小学3年生だったワシは学校を卒業し、就職し、そして定年退職の後、ミケコと別れたあの町に帰ってきたんじゃ。
もちろんミケコはとっくに亡くなっているじゃろうし、それはわかってはいたんじゃが。
ミケコは、長生きしたそうじゃ。仔猫を5匹生んでその子たちはまたそれぞれ別のお宅にもらわれていったと聞いとる。
「おじいさん、お名前ケンちゃんさんなんですね。私はミケコさんではないですけど、もしも似ているのならうれしいです。ミケでもミケコでも好きな名前で呼んでください。」
「まあ、ケンちゃんなんて年じゃあないからのう、あの頃の小学生の頃の友達ならケンちゃんと呼んでくれるかもしれんがな。ミケちゃんはミケちゃんじゃ、でもワシも年寄りじゃからうっかりミケコって呼んでしまうかもしれん、ミケちゃんをミケコの代わりにしたいわけじゃないんじゃ、許してくれるかのう。」
「私たち仲良しになれますよね、ケンちゃんおじいさん。」
「ははっ、ただのじいさんで結構じゃよ、この年になってこんなかわいい友達ができるなんてな。ところで、ミケちゃんたちは縁の下から家の中に引っ越しする気はないかい?どうだろう、ワシと一緒に暮らしてくれんかのう。」
「えっ、良いんですか?もちろん喜んで。」
おじいさんとミケちゃんは微笑んでお互いの顔をながめます。
5.にゃん吉くんとミケちゃんのお引っ越し
「あれ?ママがおじいさんと縁側にいるにゃん。人間がいる時は危ないから縁の下から出ちゃダメって言ってたのに、どうしたのにゃん?」二人は慌てて三毛ママ(ミケちゃん)の元へ駆け寄りました。
おじいさんはミケちゃんにウインクするとにゃん吉くんに話しかけます。
「ホウホウ、これがママさんのお子さんかい?可愛い子じゃのう!」
おじいさんはまるで人が変わったみたいに優しい顔をしていました。いつもは怒ったような顔ばかりしていたのに…
「にゃん吉、縁の下からお家の中へお引っ越しよ。」ミケちゃんがにゃん吉くんに笑って言いました。
「坊や、にゃん吉くんというのかい。今日からここがにゃん吉くんのお家だよ。」おじいさんも笑っています。
にゃんこさんとにゃん吉くんは顔を見合わせて首をかしげます。一体何が起こったのでしょうか?
ミケちゃんとにゃん吉くんはおじいさんの家族になりました。二人は縁の下から家の中へと引っ越し、おじいさんと仲よく暮らします。
にゃんこさんと若者のお家のお隣には一人のおじいさんと二匹の猫が住んでいます。
おじいさんは、毎日起きるとミケちゃんとにゃん吉くんのために朝ご飯を作ります。そして三人でご飯を食べ、三人で遊んだりお散歩したりします。にゃん吉くんが遊びに行っていないときはミケちゃんと二人で縁側でお話をすることが多いです。もちろん寝るときも三人一緒です。
おじいさんはもう、寂しくはありません。いつでもミケちゃんがそばにいてくれます。
おじいさんは、隣の若者に謝りました。
若者がにゃんこさんと暮らすようになったことで、自分が一人きりだということを思い知らされるようで、つい若者に嫌な態度をとってしまったのです。
「あの時はすまんかった。お前さんが猫と暮らしているのがうらやましかったんじゃ。」
「良いんですよ、何か理由があるんだろうなって思ってました。これからもお隣さんとして仲良くしましょう。よろしくお願いします。」
二人はニッコリと顔を見合わせ、仲よく遊んでいるにゃんこさんとにゃん吉くんをながめます。そしておじいさんの膝にはミケちゃんが気持ちよさそうに寝ています。
そして、おじいさんとミケちゃんにゃん吉くん、若者とにゃんこさん、みんないつまでも仲良く幸せに暮らしましたとさ。おしまい。