第100話 先輩のバカッ
時子が急に立ち上がり、手を振りほどいた。
「あ、ごめん」
「……」
トイレかな?
と思ったけど、靴をはいて向かった先は、かまどだった。
フライパンを左手に持つと、携帯を取りだす。
フライパンと携帯?
なんの組み合わせだと思っていると、携帯から火が出た。
……なんで携帯から火が出るんだ?
アレも携帯魔法ということか。
これが本当の携帯コンロ……
携帯にできないことって、なんだろう。
近接戦は、無理っぽい?
携帯から光剣みたいに光が伸びて……
ヤバい、できそうだ。
その火の出た携帯をかまどに置く。
え、かまどに薪をくべて火を付けるんじゃなくて、携帯直置き?
……薪が無いのか。
そうだよな。
この世界のフライパンは、魔力を通せば熱くなるから、火が要らない。
つまり薪も要らない。
でも俺たちはそのフライパンを使えないから、火が必要だ。
だから携帯で火を起こした。
その火を利用して、フライパンを炙っている。
時子は暖まったフライパンの上に、肉を乗せる。
いつの間にやらタイムも塩コショウを振りかけている。
焼き上がった肉を皿に盛ると、タイムが包丁でサイコロ状に刻んだ。
そっか、アレはタイムだったのか。
「はい、マスター」
「ああ。時子、ありがとう」
「……足りる?」
「正直、全然」
「……そ」
再びフライパンに肉を乗せて焼き始めた。
タイムも時子のところに戻って、塩コショウを振っている。
「あつっ」
焼きたての肉は、さっきよりも口の中を熱く刺激する。
肉汁もさっきより多い。
口いっぱいに広がり、鼻を強烈に刺激する。
……さっきよりも青臭い。
野菜マシマシで巻かれた肉みたいだ。
んー、青臭さがもう少し抜けてくれるといいな。
次々と皿がタイムによってやってくる。
空になった皿もタイムが片付ける。
付け合わせとかはない。
黙々と焼かれた肉を食べ続ける。
わんこそばならぬ、わんこにく状態だ。
……違う!
オオカミはイヌじゃないっ。
味の変化が欲しい。
塩味ばかりだとな。
……塩味か。
「なあエイル。海が無いのになんで塩があるんだ?」
「海と塩のよ、なんの関係が……のよ。塩は鉱石を砕いたものなのよ」
「鉱石? 岩塩のことか?」
「そう思って間違いないのよ」
なるほど。
まさかコショウも鉱石? な訳ないよな。
砂糖はどうなんだろう。
やっぱり贅沢品なのだろうか。
後は……調味料ってなにがあるんだろう?
とにかく、塩とコショウがあるだけでもありがたい。
何枚食べただろう。
数えてはいないが、2桁くらいは食べたはずだ。
久しぶりにおなかがいっぱいになった。
「ごちそうさま」
「……」
最後の方は、アニカも手伝って焼いてくれた。
アニカは火蜥蜴をコンロ代わりにして焼いていた。
火蜥蜴、それはアリなのか?
だからなのか、少々焦げているものもあった。
ご愛敬というやつだ。
ただ、その方が青臭さは抜けていた。
「どうかな、ボクの焼いたステーキは」
「少し焦げてた」
「あはは、ごめんよ」
「いいよ、味変になったから」
「それ、褒めてなくない?」
「そりゃ褒めてないからな」
「ウソでも褒めてよっ」
「そんなこと言ったら、上達しないだろ」
「そうかもしれないけどさー」
「次に期待してやるよ」
「うん、期待してて」
時子がかまどから戻ってくる。
片付けはタイムが消すだけだから、特にする必要が無い。
1か所に纏めてから消せば、汚れも1か所に纏まるから楽だ。
「時子、ありがとう。美味しかったよ」
「……そうですか」
不機嫌なのは変わらないが、それでも手を繋ぐことだけはしてくれる。
義務感からなのか、それとも日常として定着したのか。
どうなんだろう。
しかしなんとも会話しづらい。
なんとかならないものか……
閑話休題。
「勿体ないなー」
「……残りは捨てませんよ」
「そうじゃなくてさ。そんな顔してたら、せっかくの可愛い顔が、勿体ないなと思って」
別にタイムに言われたから、言っている訳じゃない。
実際に勿体ないと思ったからだ。
「……そんなことありません。よく似た顔が、もう一つあるじゃないですか。そちらで間に合わせてください」
なんか、いつも以上に機嫌が悪い?
俺、なにやっちゃったんだろう。
『なあタイム、なんで時子はご機嫌斜めなんだ?』
『あはは……それは、タイムからはちょっと言いにくいな』
『言いにくいことなのか?』
『マスターが変わらなきゃいけないことだから。言われて気をつけるんじゃ、意味がないんだよ』
『そうなのか。なら、どうすれば時子の機嫌が直るんだ?』
『いつもタイムにしてたみたいにすればいいんじゃない?』
『タイムに?』
『ぎゅってして、頭ナデナデすればいいんだよ』
『それでいいのか?』
『どうせマスターは他にやり方を知らないんだから、いいんだよ』
『……バカにしてる?』
『いいからさっさとしなさいっ!』
『はいっ!』
急かされた俺は、隣にいる時子を羽交い締めに……いや、抱き締めた。
「ちょっと。いきなりなにするのよっ」
こんなことで怯んでいる場合じゃない。
拘束を解き……いや、優しく抱き締め直し、頭を抱え込みながら、ナデナデする。
「やめてよ。そういう気分じゃないのっ」
え、そういう気分だったらいいの?
〝やめて〟と言う割には、口で言うだけで実力行使をしてこない。
「ヤダ、止めない」
「……好きにすれば」
「うん、好きだよ」
「……そういう意味じゃ。バカッ」
サラサラとした時子の髪の毛。
タイムの髪の毛はほんの少し硬い。
ゴワゴワしているのではない。
時子の髪の毛は、本当に引っかかりがなく、流れるような感触だ。
それに対し、タイムは引っかかりこそ無いが、流れるというよりは落ちるといった感じだ。
本当に微妙な違い。
それでここまでの触り心地の違いとなって出てくる。
時間だけが過ぎていく。
言葉なんて要らない。
ただただ抱き締め合い、頭を撫でるだけ。
「モナカ、いつまでいちゃついてるのよ。片付かないのよ!」
「え? 片付ける物で俺が触っていいもの、あったか?」
時子を離し、エイルのところへ行こうとしたが、上着の裾がなにかに引っかかっていた。
振り向くと、引っかかりが外れた。
時子はそっぽを向いている。
もしかして、時子が摘まんでいたのか?
気にはなったが、エイルを待たせるのも悪い。
俺はその場を離れた。
「どれだ?」
「ちゃんと埋めるのよ」
「埋める? ああ、落とした皿の汚れか」
1人残された時子は、立ち去るモナカの背中を見つめながら、無意識につぶやいた。
「時子よりお姉ちゃんが好きなくせに。先輩のバカッ」
塩コショウ以外のメジャーな調味料といえば、なんでしょうか
次回はあの子が姿を変えて再登場です(違います




