第95話 概念の違い
「エイルさん、毒素が問題なんですよね」
「ん? そうなのよ」
「毒素が無くなれば、食べられるんですよね」
「毒素を無くすのよ、不可能なのよ」
「毒素が無ければ、食べられるんですよね」
「無ければなのよ」
「よし。[解毒][送信]っと」
「……え?」
もしかして、携帯魔法使ったのか?
「あ、ダウンロード始まったよ」
「いや、そりゃ[解毒]くらいあるだろ。だけどさ」
毒素に効くとは思えない。
確かにカテゴリー分けすれば、〝毒〟になるんだろうけど。
そんな簡単に解毒できるなら、エイルがあんなに慌てるはずがない。
「タイム」
「成功率は1%未満だよ」
「え、効くの?」
1%未満とはいえ、有効なのか。
まあでも1%未満だろ。
成功するとは思えない。
「あ、成功したよ」
「はあ?!」
なんでその幸運を、ここで引き当てるんだ?
オオネズミを[解体]したときは、成功率30%でハズレ引いたのに。
今でも鮮明に思い出せる。
オオネズミの血が周囲にぶち巻かれて、凄惨な現場になったからな。
……まさか。
「なあタイム。失敗していたら、どうなっていたと思う?」
「んー、オオネズミの時みたいに、血が巻き散らかったんじゃない?」
「やっぱりそう思うか」
それはつまり、毒素に冒された魔獣の血が辺りにばら撒かれたということ。
あくまで推測だから、そうなるかは分からない。
けど失敗するときは、なんらかの反動があるのは実証済み。
時子はそれを分かってやっているのか、疑いたくなる。
「レイモンドさん、時子が魔獣の毒素を解毒したらしいんですけど」
「んん? 僕は君がなにを言っているのか、分からない。どういう意味なのだよ?」
「いえ、そのままの意味です。確認する方法はありますか?」
「えーと、僕はなにを確認すればいいのだい?」
「ですから毒素が解毒できているかを……」
「すまないが、僕にはそれがなにを指す言葉なのか、理解できないのだよ」
あれ、そんなに難しいこと、言ったか?
「この世界のよ、〝解毒〟という概念が無いのよ」
「どういう意味だ?」
「どうもこうもないのよ。モナカに分かるように言うのよ、怪我は存在するのよ、〝病気〟は概念がないのよ」
「? ますます意味が分からないぞ」
「そのままの意味なのよ」
「じゃあ、エイルたちは病気に掛からないのか?」
「だからそういう概念がないのよ」
概念が無いってなんだ?
病気そのものが存在しない?
「理解しなくていいのよ。そういうものだと思えばいいのよ」
「と言われてもな」
「気にしないのよ。元素人には関係の無いことなのよ」
そう言われると、どうしようもない。
魔力が無い時点で、この世界では生物として認められていないんだし。
エイルには鉱石扱いされるし。
「ていうか、〝病気〟と〝毒〟は別物だろ」
「概念が無いという意味のよ、違いがないのよ」
「そうなのか?」
「元素世界とのよ、概念が違うのよ」
概念……
確かに物理法則とは違うというのを、感じることはある。
知っている概念で、知らない概念を理解することは不可能。
どうしても知っていることで、似たものを当てはめてしまうからだ。
全く違う考え方をしないと、理解できない。
その前に、違う考え方を理解する方が先なのか。
……ますます分からん。
「エイルは〝病気〟と〝毒〟の違いが分かるのか?」
「当たり前なのよ」
「凄いな。レイモンドさんは全然分かっていないみたいだけど」
「そうだね、僕には君たちがなにを言っているのか、殆ど聞き取れないのだよ」
聞き取れない?
理解できないではなく?
「全部勇者小説に書いてあったのよ。レイモンドも少しは読んで、元素世界のことを知るのよ」
うん、知ってた。
もうそれは小説というより、異世界の説明書……いや、仕様書なのでは?
「いやはや、僕もそれなりに読んでいるのだけれど、どうやら足りなかったようだね」
いえ、エイルが異常なだけだと思います。
というか、例の禁書の知識なのか?
「今度お勧めを教えて欲しいのだよ」
「…………事が終わったのよ、教えてやるのよ」
あれ、今回は忘れていなかったのか。
教えられるってことは、禁書ではない?
「本当かい、僕は楽しみで仕方がないよ」
それはなにより。
エイルがちゃんと覚えていてくれると、いいですね。
「それはいいとして、結局確認方法が無いってことか」
「あるにはあるのよ。〝解毒〟云々は抜きにするのよ、毒素の浸食率は分かるのよ」
「そうなのか?」
浸食率。
つまり、毒素にどれだけ冒されているかってことだな。
あの魔獣の浸食率は、どのくらいだったんだろう。
単純に100%?
「そうだね、僕はその手段を持っていない。出張所に戻れば、浸食率を検査することができるのだよ」
「なら、持って帰りますか?」
「うーん、僕はあまりお勧めしない。また保安部が騒ぐと思うのだよ」
あー、確かにそれは面倒そうだ。
そうだよな。
ここの人たちにとっては、猛毒なんだから。
万が一、完全な解毒ができていなければ、大変なことになる。
「ね、モナカくん」
「ん?」
「魔獣のお肉、赤くなってるよ」
「え?」
時子に言われて見てみると、確かに鮮やかな赤い肉になっている。
なんか、青かったときと比べて、グロテスクさが出てしまった気がする。
解体と違って戦闘で腹がこじ開けられたからか、肉も内蔵もぐちゃぐちゃだ。
青かったときは、作り物っぽかった。
だからあまりなんとも感じずに済んだ。
赤くなると、実物感が高まる。
「マスター、返り血も赤くなってるよ」
「は?」
ついさっきまで真っ青だった返り血も、真っ赤に変わっていた。
見た目が青かったから実感が湧かなかったけれど、これはなかなかくるものがあるな。
匂いまで変わったのではなかろうか。
青臭かったのが、鉄臭くなった気がする。
青から赤に変わったってことは、魔力濃度が下がったってことだよな。
毒素が抜けたことと、関係があるのか?
うーん。
「これ、本当に魔獣の血なのか?」
「モナカは一つ勘違いしてるのよ」
「勘違い?」
なにを勘違いしているっていうんだ?
「〝血〟は無いのよ。体液なのよ」
血が無い?!
無いってどういうことだ?
そういえば、エイルはずっと体液と言っていた。
待てよ待てよ。
そういえば、エイルは血が通っていないと言っていたことがあった。
あれは比喩的なことではなく、本当のことだったのか。
「どう違うんだ?」
「血は身体を巡るのよ。体液は対流するのよ。身体を巡らないのよ」
「すまん、違いが今ひとつ分からん」
「モナカに分かり易く言うのよ、うちらは〝真核単細胞生物〟なのよ」
「なるほど、確かに体液……なんだって?」
真核ってなんだ?
それに単細胞生物?
えっと、それってつまり……え?
いかん、脳の処理が追いつかない。
「あくまで例えなのよ。厳密には違うのよ」
「そ、そうか。びっくりした」
そもそもオオネズミを解体してみた限り、俺たちと大きく違いがあったようには感じられない。
[血抜き]だって発動した。
血が無いのなら、失敗するはずだ。
それに単細胞なら、焼き肉とか、不可能だろ。
丸焼きくらいか?
そもそも骨だの毛皮だの、無いよな。
いや、毛皮は繊毛だったっけ? といえなくもない。
うん、考えても分からん。
「とにかく、魔獣の血……体液が赤くなったぞ。どういうことだ?」
「魔力が抜けるのよ、赤くなるのよ」
なるほど。
そこは単純に魔力なのか。
「毒素との関係のよ、うちは知らないのよ。レイモンド、どうなのよ?」
「よく分からないけど、僕はモナカくんから感じていた嫌な感じが、今は感じられないよ。理由は分からないけれど、毒素が無くなったのかも知れない」
すげー。
この人、毒素を〝嫌な感じ〟で感じ取れるのか。
センサー要らずだな。
「食べてみるのよ。そうすれば分かるのよ」
「おいおい、もし本当は解毒できていませんでしたーなんてことだったら、どうするつもりなんだよ」
「そのときのよ……人でいる内のよ、モナカに討伐してもらうのよ」
「止めてくれっ。トレイシーさんになんて言えばいいんだ」
「〝僕が討伐したのよ〟と言えばいいのよ」
「そういう意味じゃないっ!」
とにかく、安全が確認できない限り、エイルには食べさせられない。
俺はトレイシーさんに悲しい思いをさせたくないんだ。
どうでしょう
概念の違いが分かってもらえましたか?
説明が凄く難しい……
適切な日本語が思い浮かばない、というのもある
語彙力……欲しい
次回は、アニカが暴挙に出ます




