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第9話 英語力が必要なんです

 お昼を食べて食休みを終えると、早速いつもの山へと出掛けた。

 やることは普段と変わらない。

 エイルとアニカが採取している間、周辺の監視と防衛だ。

 ぶっちゃけ、時子さんが居なくてもなんの問題も無い。

 ただ、タイムが火力として参戦しなくなったので、その分の火力補助として時子さんに頑張ってもらうことになる。

 タイムは前衛に後衛に補助にと、八面六臂(はちめんろっぴ)の働きを見せてくれていた。

 そのタイムが、今や完全に防衛と補助に回っている。

 オオネズミ相手なら、小さい(3頭身の)ままでも問題は無いはずだ。

 なのに、タイムは何故か前面に出ることを()めてしまった。

 時子さんの前に出ることを躊躇(ためら)っていたときならいざ知らず、時子さんに対抗心を燃やしている今なら、張り切る場面だと思うのだが。

 この変化はなんなんだろう。

 変化といえば、呼び方も変わった。

 〝時子〟と呼び捨てにしていたと思ったら、急に〝さん〟付けになった。

 そのことについて時子さんは、逆に距離を置かれてしまったと寂しそうにしていた。


「時子さんはオオネズミに向かって、とにかく魔法を撃ってください」

「え、でもそんなことしたら、モナカくんに当たっちゃわない?」

「そこはタイムに任せてください。マスターに当たるようなドジは踏みませんから」

「でも……」

「時子さん、タイムが大丈夫って言ったら大丈夫だから。安心してよ」

「そうなんだ。タイムちゃんのこと、信用してるんだね」

「1年も一緒に居るからな。当たり前だよ」

「えへへ。マスター、ありがとう」

「だから時子さんも気にしないで色々な魔法を試してみてよ」

「うん、分かった」


 という訳で、暫くは時子さんに戦い慣れして貰うことが目的だ。

 いつものようにバッタバッタと切り倒していてはダメだ。

 なので、野太刀の熟練度を0にしてなまくらに設定する。

 これでうっかりオオネズミを切り倒してしまうことはなくなるだろう。

 それでも打ち所が悪ければ、倒してしまいそうではあるが……

 いや、別に倒しても問題はないのか。


 オオネズミとの戦い方としては、俺が足止めをして時子さんが攻撃する。

 その時子さんの護衛をフブキがするといった感じだ。

 勿論、エイルやアニカの護衛が一番の目的だから、時子さんの育成ばかりに気を取られてはいけない。

 ゲームと違ってやり直しはできない。

 細心の注意を払わなくてはならない。

 幸い、タイムの索敵は完璧と言ってもいい。

 その上四天王の四盾結界(しじゅんけっかい)なら、なんの問題もないだろう。

 問題は消費電力が高いということ。

 四盾結界(しじゅんけっかい)は、防御する範囲が大きくなればなるほど指数関数的に消費電力が高くなる。

 だから常時展開はしていない。

 その辺りの判断も、全てタイムに任せている。

 とはいえ、時子さんが居るから消費電力を気にせず、割と無茶ができる。

 ただそうなると時子さんと手を繋いでいる時間が増えるからタイムが嫌がると思ったが、気にする様子があまり見られない。

 本当にどうしたのだろう。

 心配になってくる。


 鉱石採取をしていると、四天王の警戒範囲にオオネズミが引っかかった。

 視界の端に居るタイムのアイコンを通じて、オオネズミの数や居る方向などが視界内にAR(仮想現実)表示される。

 数は2匹。

 2匹とも俺の前方から近づいてきている。


「時子さん、前から2匹来たよ。準備はいい?」

「う、うん」

「大丈夫だよ。やり方は前回と一緒だから」


 そうこうしているうちに、オオネズミが茂みから飛び出してきた。

 牽制目的で野太刀を振るう。

 今回はあくまで足止めだ。

 なまくらに設定したから、手足を()っ叩けば脅威とはならないだろう。

 だからといって、たかがオオネズミと侮ってはいけない。

 アニカは1度オオネズミにやられている。

 その程度には強いのだ。

 とはいえ、オオネズミ程度ならタイムのサポート無しでも対処は簡単だ。

 タイムの出番は、俺がやり過ぎないように手加減をする程度で済んでいる。


「えっと……[uindokatta(ウインドカッター)][送信]っと。……あれ? [存在しない魔法です]って返信が来たよ」

「ええ?!」


 なんでもアリという訳ではなさそうだ。

 だったら魔法名(キャストワード)一覧くらい、付けておけよ。

 取説にそんなもの、無かったぞ。


「じゃあ別の魔法は?」

「んと……うう、また[存在しない魔法です]って返信が来たよ」

「タイム、ちょっと見てきてくれないか」

「分かった。時子さんのサポートに行くね」


 索敵に出ていたタイムが戻ってきて、時子さんのサポートに回ることになった。

 四天王が周囲を警戒し、最後の6人目が俺のサポートをしている。

 狩りに出ると、タイムはいつもフル出動だな。

 電力問題も片付いたのだから、携帯(スマホ)のアップグレードを考えてみよう。

 そうなると、今度は8人に増えるのかな。

 タイムの負担が増えるのか、それとも性能が良くなった分、楽になるのか。

 タイムは愚痴を言ったことが無いから気にもしなかったけど、今度聞いてみよう。


「時子さん、それスペル違うよ」

「ウソ! ホント?」


 どうやら時子さんは英語が苦手なようだ。


「ダブリュー・アイ・エヌ・ディー・シー・ユー・ティー・ティー・イー・アールだよ」

「うえ? ダ、ダブリュー、アイ、……」

「そうそう、ゆっくりでいいから、確実にね」

「うう、英語なんてメアド登録するときしか使わないから、何処にあるか分かんないよ」

「大丈夫。マスターが守ってくれるから、ゆっくりでいいんだよ」

「うにゅー、えと……エイ・アールっと」

「エイ・アールじゃなくて、イー・アールだよ」

「はうっ! もー難しいよぉ」

「修正したら、[送信]して」

「うん。[送信]っと。……あ! ダウンロードが始まったよ」

「ほら、オオネズミに狙いを付けないと」

「あ、そうだね。えっと、こんな感じかな」


 オオネズミに携帯(ケータイ)を向けて構える。

 モナカとオオネズミが重なっていて、狙いが付けづらい。

 昨日は縛り付けていたオオネズミだったからよかったけど、今日は動き回る標的だ。

 なかなか定まらない。

 定まらないまま、ダウンロードが終わった魔法が発動してしまった。


「きゃっ」

「マスター、回避は任せて」

「分かってる」


 携帯(ケータイ)から放たれた風の魔法が、一直線に飛んでくる。

 魔法が背後から迫ってくるようだが、俺は気にもせずオオネズミを牽制する。

 当たるようなら、タイムが回避させてくれるからだ。

 そして魔法が俺の真横を通り過ぎて、前方の茂みを刈り取っていく。

 どうやら狙いが()れたようだ。

 チラリと見えたが、火球(ファイヤーボール)同様ドット絵の魔法が通りすぎた。

 それは薄緑色で、半月状の見た目をしていた。

 そして刈り取られた茂みの痕跡は、鎌で刈り取ったような跡にはなっておらず、真四角の穴が開いていた。

 更に謎なのが、遠近法で大きさこそ小さくなっていったが、上を向いた半月状の薄緑色のドット絵が、向きや角度が変わることなくカクカクと通り過ぎていった。

 もう、その辺を考えるのは止めようかな。

 そういうものだと受け入れてしまえば、気にならなくなる。

 というか、コレ。

 オオネズミに当たったとしたら、オオネズミが真っ二つどころか、消し飛ぶんじゃないか?

 火球(ファイヤーボール)以上に狩りに向いていないような気がしてきた。

 大丈夫かな。

次回は、日本人は英語なんてできなくてもノーベル賞が取れるんだから、英語なんてできなくたって困らないんだ……という話

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