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第84話 戦闘準備

 魔獣(オオカミ)はフブキの魔力の残渣(ざんさ)をたどり、近づいてくる。

 およそ1800メートル。

 足跡は消せても、魔力は消せなかったようだ。


「マスター、魔獣がこっちの気配に気づいたみたい」

「分かった」

「タイムが足止めする?」

「いや、タイムはそのまま監視(モニタリング)を続けてくれ。情報収集(サンプリング)が終わったら、NotesSaber(ノーツセイバー)で片付ける」

「んー、それは難しいと思う」

「どうしてだ?」

「多分マスターの反応速度を上回るから、ノーツを切り損ねると思う」

思考加速(アクセルワールド)は?」

「頭が追いついても、身体が追いつかないことに変わりは無いよ」


 それもそうか。

 思考速度と身体速度は別物だ。


「ねえ、時子の[加速]を使えばいいんじゃない?」

「使って追いつかない計算なの。だから……」

『エイルさんを守らないと、危ないの』

『エイルを?』

『アニカさんは、多分なにもしなくても精霊が守ってくれると思うの。でもエイルさんは、難しいの』

『時子はどうなんだ?』

『ん? マスターが守るでしょ』

『おいおい。それを言ったら、俺はエイルの護衛だぞ』

『エイルさんと時子が同時に襲われたら、どうするつもり?』

『それは……』


 2人とも助ける……と言いたいが、俺の身体は1つしか無い。

 現実的には、どちらか一方となるだろう。


『もう、そこは迷わず〝時子〟って言うところでしょ』

『しかしだな』

『エイルさんは、タイムがなんとかする。でもそうすると、マスターのサポートができなくなるの。透過膜で5人。簡易結界で2人。時子のサポートで1人。だから余裕がないの』

『分かった。タイムはタイムで最善を尽くしてくれ。俺は大丈夫だから』

『うん』


 タイムの声に元気が無い。

 最善の選択をしたんじゃないのか。


『どうした?』

『ごめんなさい。タイムは、マスターのサポートなのに』


 ああ、そういうことか。


『気にするな。それが今の最善って判断したんだろ』

『うん』

『なら、謝ることはない』

『うん、ありがとう』

『礼なんか要らないよ。大体、〝お礼なんか要らないよ〟って先に言ったのは誰だ』

『それは……えっと、マスターはタイムのマスターだから当然のことなの。でもタイムはマスターに敬意を払わないといけないから……その』


 つまり、俺がタイムのマスターだから礼は不要ってことなのか。

 俺がマスターじゃなかったら……そういうことなのか。

 それは、なんか悲しい。


「内緒話は終わったのよ?」

「あ、ああ」


 エイルにはバレバレか。

 長いこと一緒に居たからな。

 しかしまさかアニカよりエイルの方が、生存確率が低い計算とは意外だった。

 まだ〝お試し〟だというのに……

 本番は大丈夫なのか?


「なんなのよ」


 まあ俺も魔獣(オオカミ)より反応速度が遅いとタイムに判断されたんだ。

 気を引き締めないと。


「いや。エイル、気をつけろよ」

「分かってるのよ」

「フブキは自分の身を守っててくれ。無理に参戦しなくていい」


 レイモンドさんにはああ言われたが、やはりフブキには無理をさせたくない。

 矢面に立つのは、俺1人で十分だ。


「わうっ」

「タイム、魔獣の様子は?」

「かなり慎重な奴だよ。ゆっくり近づいてる」


 遮蔽物が少ないとはいえ、それでも起伏というものはある。

 その起伏に双子(タイム)が隠れて、魔獣(オオカミ)を監視中だ。

 小さいということもあり、見つかることはまずないだろう。

 魔獣(オオカミ)は地面のにおいを嗅いだり、周囲を確認したりしている。

 魔力ってにおいがあるのか?

 その距離、およそ1600メートル。


「こっちに見つかっているとは、考えてもいないみたいだな。こっちから奇襲を掛けるか?」

「なら、タイムが囮になるから、そこにエイルさんと時子で攻撃して」

「分かったのよ」

「う、うん」


 普段通りのエイルに対し、時子は顔が暗い。


「なに、自信ないの?」

「当てられるかな」

「牽制になればいいんだよ。外れても、マスターがなんとかしてくれるよ」

「ああ、任せとけ。嫁のフォローは旦那の役目だ」

「うん……ん? だ、誰が嫁よっ!」

「時子に決まってるだろ」

「っ……バカ言わないのっ」

「大真面目だ」

「ふふっ。時子、赤くなってるー」

「なってませんっ」


 これで時子の緊張も、少しはほぐれるだろう。

 笑顔……とはならなかったが、赤く膨らんだ頬に暗さはない。


「アニカは精霊と(たわむ)れててくれ」

「その指示、おかしくない?」

「おかしくない。アニカは下手に攻撃しようとしないで、魔獣をオモチャに見立てて遊んだ方がいいんだよ」

「そうなのかい? モナカくんが言うなら、やってみるけど」

「大丈夫だ。龍魚(リューギョ)に見張りを頼んだ感じで、遊ぶんだよ」

「分かった」


 俺が見ている限りだと、精霊は戦闘系のお願いを聞いてくれない。

 でも遊びとなると、話は別だ。

 アニカと遊びたいからなのか、言うことを聞いてくれる。

 だから戦闘も、遊びの延長にすればいい。


 まずは先手を取りたい。

 遠距離で削れるだけ削りたいところだ。

 タイムの言うように、主力は時子の魔法とエイルの射撃か。


「時子、攻撃準備だ。エイルも狙撃準備ができたら、タイムに合図してくれ」

「もう終わるのよ」


 既に連射式詠唱銃(オートスペルガン)にアタッチメントを付けて、狙撃詠唱銃(スナイピングガン)に換装し終えている。

 地に寝そべり、二脚で狙撃詠唱銃(スナイピングガン)を固定して構えた。


「さすが、仕事が早いな。タイム、合図は任せる。時子無しでどのくらい戦闘を続けられる?」

「アプリ頻度にも因るけど、7時間は余裕だよ」

「お、やっと稼働時間、教えてくれたな」

「あ……誘導尋問は酷いよ」

「尋問じゃないから。戦闘は7時間か。合戦じゃないから、そんなに掛からないだろ」


 しかし、戦闘とはいえたったの7時間しか持たないともいえる。

 24時間くっついていろっていうのは、本当だったんだな。

 この調子で消費電力が増えたら、手を繋ぐだけじゃ追いつかなくなる日が来るかも知れない。

 そうなったとき、どうすればいいのだろう。

 いや、今考えることじゃない。

 魔獣(オオカミ)に集中だ。

次回、やっと戦闘が始まります

見所は双子です……多分

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