第72話 父さん
次の日、設定の終わった身分証が戻ってきた。
タイムたちが携帯と身分証の中で監視していたから、おかしなことはされていないはずだ。
タイムの監視の目を掻い潜るのはまず無理だろう。
なにかしようとすれば偽のデータを送信し、なにか仕掛けようとしたなら隔離してしまえばいい。
ウイルス検知アプリと似たようなものだ。
『タイム、どうだった?』
『ごめん。電源落ちちゃって、分からなかった。あはははは……』
『はあ?!』
そういえば、離れすぎると充電できなくなるんだった。
以前それでバッテリーが切れて、タイムが閉じ込められたんだよな。
『でも、携帯は電源落ちなかったから、そこから監視できたよ』
携帯は電池持ちいいな。
いや、そうじゃなくて。
『携帯担当だったタイムは大丈夫なのか?』
『うん、2度目だし……ははっ』
『そ、そうか……』
2度目でも、怖いものは怖いんじゃないのか?
『タイムは大丈夫』
大丈夫というのなら、これ以上突っ込むのは止めておこう。
携帯から離れるときは、タイムを連れていけばいい。
でももし、携帯に閉じ込められたまま、携帯が壊れたら……
気をつけないとな。
『で、報告! 見ている限り、特になにもされませんでした』
『分かった』
昨日のことがあったから、なにかしら仕掛けてくると踏んでいたのだが、なにもされないならされないで拍子抜けする。
タイムの負担が減るから、それはそれでいいんだけど。
『今は寝ているだけの可能性もあるから、警戒だけはしといてくれ』
『分かってる』
「それでは、僕は案内するよ。朝食は省員食堂で取るから、付いてくるのだ」
レイモンドさんに連れられて、省員食堂にやってきた。
長机がいくつも並んでいる。
もう人がはけた後なのか、食べている人はまばらに居る程度だ。
受付で身分証を読み取り機にかざせば、注文は終了となる。
メニューなんてものは、ない。
長机で座って待っていると、大皿が人数分飛んできた。
大皿1枚で、一人前だ。
内容は、昨日のものより少ない。
丸パンは半分だし、スープも申し訳程度の具しか入っていない。
ソーセージの代わりに干し肉が一切れ。
いや、これ干からびたハムじゃないか?
トレイシーさんのハムエッグが恋しくなる。
後これは……レタス?
シナシナの葉っぱが1枚あるだけだ。
なんとも味気ない。
もうこれ全部スープに入れて煮込んだ方が良いってレベルだろ。
「すまないね、僕でもこればっかりはどうにもならないんだ」
「構わないのよ。それより今日はどうするのよ?」
「そうだねー、僕はまず君たちが薄魔素の中、どれほど動けるのかが知りたいのだよ。だから結界の外に――」
「結界の外に行くのよ?!」
エイルが顔を輝かせて勢いよく立ち上がる。
チョロインなんてものじゃない。
完全に入れ食い状態だ。
大きな声を上げたエイルに、周りから視線が集まる。
静まりかえる食堂。
厨房だけが、なにも変わらず動いている。
ただでさえ、レイモンドさんの客人ということで目立っている。
注目されないはずがない。
「エイル、早とちりするな。そっちの〝結界の外〟じゃないだろ」
エイルがゆっくりと椅子に座る。
止まっていた食堂の時間が、再び動き出す。
「デイビーの言う〝結界の外〟のよ、このことじゃないのよ?」
確かにこれも〝結界の外〟といえば外になる。
それに騙された、と言うことか?
「いやいや、僕は否定するよ。予言者の話だろう? それはちゃんとそういう意味での〝結界の外〟だ。安心してくれたまえ」
「それで、結界の外に出て、なにをするんですか?」
「そうだね、僕は知りたいんだ。防御力に関しては、申し分ないのだよ。だから次は攻撃力を知りたい。先日現れた魔獣を片付けに行こうと思う」
「魔獣のよ!」
「えっと、毒素に侵された獣だっけ」
毒素に冒されたのなら、魔獣ではなく毒獣とかなんじゃないの?
それに元となった獣自体が、俺らの感覚では既に魔獣なんだよな。
魔力生物だし。
……てことは、ここに居る人間全員魔人?
なら俺と時子は元素だから、元人?
「よく知っているね、僕は感心したよ。件の異世界人は強いんだ。だから魔獣程度で躓いていたら、目的は果たせないのだよ」
「レイモンドさんは強いのに、その異世界人を倒せないんですか?」
「いやいや、僕では無理だよ。近づく前に蜂の巣さ。それに倒すことが目的じゃないからね。そこは勘違いしないように」
「あ、そっか」
「蜂の巣のよ、相手も連射式詠唱銃を持っているのよ?」
エイルが不機嫌そうに、そう尋ねた。
時々狩猟協会で売ってくれと言われることがある。
その度にエイルは、色々な理由を付けて断っていた。
「いや、僕はそれを否定するよ。連射式詠唱銃を盗まれた記録はない。でも同類の武器なのは間違いないだろう」
「盗まれた?」
「連射式詠唱銃のオリジナルのよ、うちと父さんのものなのよ。そのレプリカのよ、中央省にあるのよ」
「レプリカか、僕はそれを否定できない。君のお父様には、世話になった。とても感謝しているのだよ」
「エイルのお父さんは、中央省と関係があったのか?」
「詳しくは知らないのよ。父さんは連射式詠唱銃のよ、何処にも卸さなかったのよ。でもある日のよ、設計図を1人の男に渡したのよ。後でそれが中央省の者のよ、知ったのよ」
「勿論、僕はそれを知っているよ。なにしろ、その男こそ、僕なのだから」
「えっ」
「お前なのよ?」
「エイル?」
エイルの眉間に、皺が寄っていく。
固く握りしめた拳と声も、震えていた。
「お前は父さんをどうやって脅したのよ」
「脅したなんて、僕はしていないのだよ」
「ウソを吐かないのよ。あれはうちと父さんのよ、愛の結晶なのよ。それを……それを父さんが手放すはずがない。父さんが私になんの相談もなく、設計図を手放すはずがないっ。絶対なにか脅されたんだっ。じゃなきゃ……私は……わた……し、ううっ」
またエイルの口調が変わっている。
前回はトレイシーさんのときだ。
両親のことで感情が高まると、エイルはこうなるのか?
「すまないが、僕がなにを交渉材料にしたかを言うことはできない」
「やっぱりなにかしたんじゃないっ! 言えっ、父さんになにを言った!!」
エイルは、隣に座っているレイモンドさんの胸ぐらを両手で掴むと、立ち上がった。
レイモンドさんはそれを受け入れ、抵抗をしていない。
再び食堂中の注目を浴びることになった。
今度は、厨房まで静まり返っている。
ただ、流しの水が流れる音だけがした。
「すまない、僕はそれを話すことができない」
「どうしてっ!」
「それはね、僕は君のお父様に口止めされているからだよ」
「ウソだっ!」
「本当さ、僕は君の発言を否定するよ」
「そんな……どうして話してくれなかったの? 父さん」
エイルは胸ぐらを掴んだまま、床に崩れ落ちる。
レイモンドさんに食ってかかった勢いは、何処へ行ってしまったというのか。
「エイル、今日は休んでおくか?」
「バカ言うんじゃないのよ。このくらいで動けなくなるのよ、子供じゃないのよ」
漸くレイモンドさんから手を離す。
立ち上がると、ズボンに付いた汚れをはたき落とした。
泣いているかと思ったが、そんなことはないようだ。
「……大丈夫みたいだな」
「当たり前なのよ」
当たり前といったエイルの顔に、元気は無かった。
エイルのお父さんの情報を、少しだけ開示しました
またいずれ、情報開示します
果たしてエイルはいつになったらお父さんに会えるのか
時子は先輩にいつになったら会えるのか
次回はいよいよ都市結界の外に出ます




