第7話 生理的に無理!
皆さんは食べたことありますか?
あたしゃありません
その日、時子さんは夕飯を食べず、シャワーも浴びずに布団を被って寝てしまった。
まぁ、そうなるよな。
「ごめんなさいね。おばさん、知らなかったのよ」
部屋の扉の前で、トレイシーさんが時子さんに謝っている。
「母さんは悪くないのよ」
「すみません。俺たちの居たせか……ところでは、ネズミは不衛生な害獣でしたので」
「そうだったのね。トキコさんにも、モナカさんにも悪いことをしたわ」
「モナカ! 母さんを責めるんじゃないのよっ」
「そんなつもりは……」
基本的に肉の入っていない料理は少ない。
なんらかの形で、割と肉が入っている。
サラダですら、ハムという形で入ってくる。
スープも鶏ガラならぬ、鼠ガラで取る家庭も少なくないという。
鶏ガラよりも味は濃いが、豚骨のような脂っこさはない。
炒め物や揚げ物も、牛脂ならぬ、鼠脂が使われている。
エイルの工房で使われている革手袋だってそうだ。
何処まで万能なんだよ。
次の日、言うとは思っていたが、お腹を鳴らしながら朝食も食べたくないと言った。
「いい加減にするのよ」
食べない時子さんに、エイルが腹を立てたようだ。
「だってネズミなのよ、不衛生よっ!」
不衛生とはいうが、衛生観念の違いではない。
こっちでは不衛生でもなんでもない、安全な食材なのだ。
豚だって生で食べれば不衛生な食材になる。
時子さんはその辺がまだ理解できていない。
仮に理解できても、ネズミということだけで抵抗があるのだろう。
それが俺には理解できる。
アニカも〝最初は抵抗があった〟と言っていたから、理解してくれていると思う。
だがエイルはこの世界で生まれて、この世界で育った。
だから怒るのも当然だ。
しかしエイルが怒ったのは、食材のことではない。
「お腹壊したこと、あったのよ?」
エイルが時子さんに詰め寄る。
「不味かったこと、一度でもあったのよ?」
エイルが更に迫る。
時子さんは後退り、顔を背ける。
「そんなもの、母さんが食べさせると思ってるのよ?」
エイルの勢いは止まらない。
時子さんが尚も後退りするが、壁があってそれ以上、下がれなかった。
「母さんを馬鹿にするなっ!」
あまりのエイルの気迫に、時子さんはしゃがんで縮こまってしまった。
「エイルさん、その辺で許してあげて。母さん、気にしてないから」
「だって!」
「誰にだって苦手なものはあるわ」
トレイシーさんが時子さんを優しく抱き締める。
「ごめんなさいね」
「母さんが謝ること無い!」
「トキコさんが食べられないものを聞かなかった母さんが悪いの。トキコさん、今朝はお肉使っていないから、食べてちょうだい」
返事の代わりに、お腹がぐぅと鳴った。
「ふふ、いっぱい作ったから、いっぱい食べてください」
時子さんは無言で頷いた。
「他にもあったら、遠慮せず言ってちょうだいね」
トレイシーさんに連れられて、時子さんが茶の間へと向かっていく。
2人の後を追って、俺たちも茶の間へと向かった。
「しかしなんだな。珍しいものが見られたよ」
「珍しいのよ、なんなのよ?」
「エイル、怒っているときは普通に喋れるのな」
「うちはいつも普通に喋ってるのよ」
「気づいてないのか?」
「なにがのよ」
やはり気づいていないようだ。
ま、こうでないとエイルらしくないから、その方がいいか。
「なんでもないよ。俺たちも食べようぜ」
食卓には、見事に肉の無い料理が並んでいた。
サラダにハムが入っていない。
野菜炒めも、肉の入っていない本当の意味での野菜炒めになっている。
というか、油も使っていないのでは?
そこまで気を使って料理をしてくれたのか。
ということは、このスープも……うん、鼠ガラは使われていないようだ。
物足りなくはあるが、決して不味くはない。
どれもこれもトレイシーさんの工夫が見られる。
時子さんのために色々考えてくれてのだろう。
その時子さんは、俺の隣で大人しく食べていた。
いつもより多めに無言で黙々と食べていた。
次回、郷に入っては郷に従うことを決意したようです