第64話 保安部の勇み足
部屋の入出は厳しく管理されている。
だから共連れは、扉を開けた者も一緒に入った者も厳しく罰せられる。
受付から通路へ繋がる扉をレイモンドさんが開けて通る。
それに続いてエイルが通り、俺が通り――
ただ扉を開けて通るだけがこんなにも楽しいとは思わなかった。
「なにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いのよ」
「仕方ないだろ。自分で扉を開けて通れるなんて、いつ以来だか分からないんだから」
きっと生前なら、ごく普通のことだったんだろうな。
――時子が通って、アニカが通ったときに警報が鳴り響いた。
「な、なに? ボクちゃんとかざしたよ」
アニカが身分証をパネルにかざしたとき、きちんと読み取り音が鳴っていた。
だから問題は別にあるのだろう。
「おかしいな、僕も異常は感じなかったよ。直ぐに保安部が来るから、その場を動かないで待つのだ」
レイモンドさんが言った側から、5名の銃を構えた保安部らしき者が現れた。
「その場を動くな。偽装入出の可能性がある。身分証を提示しろ」
隊長らしき人物が、場を仕切り始めた。
「お疲れ様です、僕はレイモンドだ。問題のある入出はなかったよ。誤作動じゃないのかい?」
「それを判断するのは我々だ」
「そうだね、僕もその意見に賛成だよ。僕たちに非はないから、存分に調べたまえ」
「ふんっ」
俺たちは指示通り身分証を提示する。
といっても、さっきかざしていたから手に持ったままだ。
3人が俺たちを包囲し、隊長ともう1人が自らの身分証を重ね合わせて、なにかを確認しているようだ。
レイモンドさんの身分証は、デイビーさんと同じ碧地で、違う模様が金色で刻印されている。
しかし保安部の人が持っているのは、黒地に白で模様が刻印されていた。
そして次に俺の仮発行された身分証に重ね合わせた。
「ん、1つはこれだな」
「え、僕ですか?」
仮身分証に不備でもあったのか?
「お前、自分の身分証はどうした」
「さっき受付で預けました。これは仮発行の身分証です」
「そうじゃない。この身分証で扉を開けたのだろう。もしお前と紐付けされた身分証なら、警報など鳴らずに……」
そこまで言うと、俺と扉を交互に見始めた。
「いや、それもおかしいな」
「隊長、もう1人はこの女のようです」
もう1人とは、どうやら時子のようだ。
隊長と呼ばれた人物は、俺と時子と扉を何度も見ている。
「どういうことだ?」
「だから、僕は言ったではないか。誤動作なのだよ」
「監視室、聞こえるか」
レイモンドさんの話を無視して隊長が身分証に話し掛けると、モニターが浮かび上がり、オペレーターらしき人の顔が現れた。
(はい、こちら監視室)
「警報発生後に動いた者は?」
(居りません)
「入退室情報の変化は?」
(ありません)
「どういうことだ?」
(少々お待ちを………………分かりました。生命反応が8つしかありません)
「8つ? 待て、ここには被疑者6名。そして我々5名で、11の反応があるはずだぞ」
6名って……もしかしてタイムも1人に数えられているのか?
それ自体は嬉しいが、タイムは身分証なんて持っていないから数えられても困る。
(これは……気をつけてください。今可視化した映像を送りますっ)
「気をつける?」
別の場所にまたモニターが浮かび上がり、サーモグラフのような映像が映し出された。
隊長はその映像と周囲を見比べているようだ。
「どういうことだ」
乱暴に俺と時子を1ヶ所に纏め、銃口を向ける。
それに習って他の保安部の人も、銃を構えた。
と同時に四天王も散開し、四盾結界を張った。
「貴様ら、何者だっ! 人間ではないな」
「「えっ」」
「人の目は欺けても、我らの目は欺けないぞ。ってー!」
躊躇なく俺たちに向けていた武器が火を噴く。
エイルの持つ連射式詠唱銃のように、魔力弾を大量に撒き散らした。
その悉くを、四盾結界が弾き飛ばしている。
「くっ、なんて奴らだ。怯むなっ。このまま撃ち続けろっ」
しかし四盾結界の前には、何の効果も――
『マスター、危険です。このままだとバッテリーが持ちません』
――あるようだ。
『なにっ。どのくらい持つ?』
『あと2分ほどです』
それが長いのか短いのか、判断がつかない。
相手の攻撃が2分続くのかもわからない。
「時子、悪い」
「ふへっ?!」
俺は時子をがっしりと抱き締めた。
時子も意図を察したのか、そっと手を回してくれた。
これで通電率が上がるはずだ。
……気休めだけどな。
『だめです、マスター。肌の接触面があまり増えていません』
『肌って、あのな』
『そんなことを言っている場合ではありませんっ!』
『と、言われても……』
俺自身は別に構わないんだが、まさか時子を裸に剥くわけにもいかない。
ん、待てよ。
抱き締めるより、両手で指を絡めるように繋いだ方が良かったのか?
……まあいい。
「やめないかっ、僕のお客様だぞっ」
「下がっていてください。危険ですっ」
レイモンドさんの言うことも聞かないようだ。
このままだと俺だけでなく、時子も危ない。
バッテリーが切れた瞬間、俺が死んでタイムも死んで四盾結界も消滅する。
そうなったら時子も蜂の巣だ。
これでは先輩に会わす顔もない。
『マスター、あと1分です』
四の五の言ってられない。
「もう少し我慢して」
「ひっ」
目と唇をぎゅっと閉じて身体を強ばらせた時子の頬に、俺の頬を貼り合わせた。
本当は唇の方がいいのかもしれないが、無理矢理する勇気はなかった。
それに最弱の言う接触面という意味でも、頬の方が遙かに広い。
それが功を奏したのか、時子の身体から少し力が抜けた。
代わりに俺を抱き締める力が、強くなった。
『どうだ?』
『まだ消費の方が上ですけど、あと3分ほど持つようになりました』
「エイル、なんとかならないかっ」
言ってみたが、それは無理のようだ。
いつの間にか応援が来ていて、エイルとアニカを拘束していた。
『最弱!』
『ごめんなさい、四盾結界で精一杯です。他の4人を呼び戻しますか?』
他の4人。
つまり携帯や身分証を見守っているタイムたちか。
『……仕方ない。一旦――』
そこまで言いかけたら、レイモンドさんが動いた。
不意を突き、素早く足払いで隊長の体勢を崩した。
そのまま相手の武器で喉を押さえこみ、床に叩き付ける。
そして同時に鳩尾へ肘を落とす。
味方の筈のレイモンドさんから突然攻撃を受けたから、全て綺麗に決まった。
「いい加減にしないかっ、僕はご立腹だぞっ! やめないと、こいつを殺す」
「な、なに……を。ぐぅ」
「黙れっ、碧に黒風情が逆らうなっ」
碧? 黒?
そういえば、身分証の色がそうだったな。
身分の差か?
エイルやアニカは無地地に黒で模様が刻まれている。
当たり前だが、俺と時子にそういったものはない。
「隊長!」
皆攻撃をやめ、包囲を解いた。
エイルとアニカの拘束も解かれたようだ。
「あ、碧だからと、いって、……我ら、黒、に逆らう、つもりか」
「まさか、僕は逆らうつもりなんてないよ。でも言ったよね、誤作動だと」
「そ、れを、判断、するのは……」
「分かっている、僕は分かっているよ。でもね、君は知らなかったのかい? 彼らは魔力を持たない異世界人なんだ」
「なん、だっ……そ、な、報……うっ」
「おや、僕の早とちりかな。本部から通達があったと思ったのだけれど」
「し、知ら……な……」
「そうか、僕の勝手な思い込みだったのか。すまなかったね」
「……」
「隊長!」
「ありゃ、僕はやり過ぎたかな。ごめんごめん」
レイモンドさんは漸く隊長を解放した。
もしかして死んだ?
と思ったが、どうやら気絶しただけのようだ。
これで一段落、かな?
次回は原因を解明します
今回の原因、分かる人います?




