第63話 抗いようのない別離
馬車に揺られること15分、目的地の中央省に着いた。
「ふう。ニファシー、痛くなかったかい? ふむ、少し強く叩きすぎたか。赤く腫れているな」
「ひぃんっ。主人ったら、腫れてるのを分かってて乱暴に触るんだから。あっ、もっとぉん」
「ふふっ。そうか、ならばこうしてやろう。どうだ? 痛みが和らぐか?」
「あひぃっ」
あの2人、まだやっているのか。
「まったく、僕には理解できないよ。彼らもあんなだからオルバーディング家でも理解されなくてね。精霊召喚術師としては優秀なのだけど、居場所が無かったのだよ」
なるほど。
それで中央省に居るのか。
「ニファシー、ありがとう。また今度お願いね」
「ああんアニカ様ぁ。ニファシー、嬉しいわぁ」
「きっさまぁーっ! 軽々しく俺のニファシーに話し掛けるなっ」
あの御者、またアニカにガン飛ばしてるな。
尻を撫でていた手にも、力がこもってきたぞ。
腫れている尻を撫でるだけではなく、あんなに思いっきり掴んだら痛いだろうに。
「うひぃ。もっとぉん」
あ、痛いのが好いのか。
「もっとじゃねえ! この尻軽阿婆擦れ売女駄馬がぁっ!」
「ああん、見境ない尻軽阿婆擦れ売女駄馬の私が悪うございました。もっと叱って下さいっいたぶってっ詰ってっ嬲ってお仕置きして下さいっ」
「ふっならば今夜は覚悟するのだな」
「いやぁん」
公衆の面前で、なにをやっているんだ。
「アニカ、もう関わるのは止めておこう」
「え? どうしてだい? ニファシーにはまたお世話になるかも知れないのに」
「そうですね、僕もできるならお近づきにはなりたくないのですが、そうも言っていられないのですよ」
「そうなんですか」
「モナカとアニカのよ、あの2人と大差ないのよ」
「はあ?!」
「そうなんですか?」
「そんなわけあるかっ。俺がいつアニカを叩いたっていうんだっ」
「言葉で叩きまくってるのよ」
「う……」
それは否定できない。
「そんなことありませんっ。モナカくんはいつも僕のためを思って言ってくれてるんです。そうだよね、モナカくん?」
「あ……たりまえだろ。俺たちのために言っているんだ」
「そうだよね。だからあれは愛の鞭なんだよ。だからボクは嬉しいんだ」
愛の鞭?
結局、鞭なのか。
そしてその鞭で打たれるのが嬉しい……
アニカ……アレと同じなのか。
そして俺も?!
うう、寒気がっ。
出張所といっても、狩猟協会より大きな建物だ。
しかし、中に入ると打って変わって狩猟協会より狭い。
一般に開かれているわけではないからだろう。
守衛室のような受付で、仮の身分証を発行してもらう。
扉の開閉は、身分証をかざさなければならないという。
しかも1人1人だ。供連れはできない。
登録されていない身分証だと、出入りすることができない。
即座に保安部が駆けつけるそうだ。
仮の身分証を使っている間に、本来の身分証を登録するから渡すことになった。
身分証を渡す。
それはつまり携帯と携帯を渡すということだ。
『マスター、タイムが守るから、大丈夫だよ』
『ああ、頼んだ』
『頼まれました!』
やっぱりタイムは分かっているな。
言う前に俺のして欲しいことをしてくれる。
時子にはまだできないことだ。
……いやいや、タイムと時子を比べるとか、なにを考えているんだ、俺は。
時子は時子だ。
タイムじゃないっ。
「モナカくん?」
急に首を振った俺を訝しんだのか、時子が顔を覗き込んでくる。
「なんでもないよ」
そう、なんでもないんだ。
とにかく、身分証をかざせば、俺でも扉を開けることができるかも知れない。
これでトイレが自由にできる!
と思ったのも束の間、結局アニカの世話になるのはもう少し後の話だ。
「忘れていた、僕は謝らなければならない。フブキ君は中に入れないんだ」
「えっ」
普通に考えれば、当たり前だろう。
なのに、一緒の部屋で寝られると思っていた。
そんなうまい話はないというのかっ。
いや、お楽しみは後に取っておけばいい。
「ならフブキはどうすればいいんですか?」
「それなんだが、僕はとても言いにくいんだ。でも言わなくてはいけないのだよ。フブキ君は、拘束室に寝泊まりしてもらうことになる」
「拘束室?!」
「そうなんだ、僕は言い訳をさせてもらうよ。これだけ大型の動物を入れておく場所がないんだ。まさか居住空間に入れる訳にも行かない。理解してもらえると、助かるのだよ。その代わり、拘束室には君たちが自由に出入りできるようにしてあげるよ。それで勘弁してもらえるだろうか」
フブキを拘束室に閉じ込める……
外に繋いでおく訳にもいかないということか。
駅での周りの反応を考えたら、外に繋いでいる方がフブキを危険に晒すことになるだろう。
それならば、拘束室の方がいいのか……
物語だと、こういうときは人化の法とかで人間に化けたりするものだ。
ま、そんな都合のいい話なんて、ある訳無いけどさ。
って感じでフラグ立てれば、いきなりフブキが喋りだして、人化の法とか使ってくれないかな。
「わふ?」
そんな都合良く話は進まないか。
「でも、拘束室っていうくらいですから、狭いのではありませんか?」
「それは大丈夫だ、僕は保証するよ。走り回れはしないが、彷徨くくらいの広さはあるからね」
「どうするフブキ。俺と時子と3人で野宿するか?」
「え、時子も?!」
「モナカ、時子を巻き込むんじゃないのよ」
「わふわふ」
「え?」
「わうぅ、わふっわふっ」
「我が儘言ってるのよ、モナカだけなのよ。フブキも大丈夫なのよ」
そうかも知れないけど、拘束室だろ。
フブキのところにはタイムが出張できないんだぞ。
なにかされても分からない。
だけど……くそっ。
「だったら俺も――」
「時子を巻き込むんじゃないのよ、さっき言ったのよ」
「時子はモナカくんのセットじゃないよ!」
「う……分かったよ。ごめんなフブキ」
「わうっ!」
身を切られるような思いをしながらの別れ。
拘束室は貨物室とは違う。
そんなところにフブキを送り出さなければならないというのかっ。
「フブキ、達者で暮らせよ」
「今生の別れじゃないのよ。また会えるのよ」
できることなら、代わってやりたい。
次回は保安部が登場します




