第62話 向かう先に
駅を出ると、迎えの馬車が来ていた。
馬車といっても、客車を引いているのは馬ではない。
広い意味では一応馬なのだが、正確には馬形の精霊だ。
フレッドのシルフィードと同じ風の精霊だろうか。
精霊はアニカを見つけると、興奮してそわそわしている。
御者の精霊召喚術師がなだめているが、収まりそうにない。
なのに、アニカが顔を撫でてやると、大人しくなり、ウットリとした顔をしている。
「ちっ、〝飾り皿〟の癖に」
アニカを睨み付けながら、御者が悪態を吐く。
〝飾り皿〟がどういう意味かは分からないが、決していい意味では無いだろう。
アニカがオルバーディング家でどう扱われていたかは、少しだけ聞いたことがある。
詳しくは話してくれなかったが、それでもあの御者の態度で察しが付くというものだ。
アニカは気にする素振りも見せず、精霊と戯れている。
すると、ヤキモチを妬いたのか、他の精霊たちも出てきて戯れだした。
こうなると収拾が付かなくなる。
「アニカ、遊んでないのよ、さっさと乗るのよ」
「はい。ニファシー、今日は宜しく。みんなも、またね」
「何故貴様がその名をっ」
御者が声を荒げてアニカに問う。
「え? ニファシーが教えてくれました」
「ウソを吐くなっ。そんなわけが無いだろう」
「そう言われましても、ねぇー」
「ねぇー。主人の嫉妬はみっともないなー」
どうやらこの精霊は、人語を操れるらしい。
かなり高位の精霊なのだろうか。
……待てよ。
以前アニカが、精霊と会話できるのは自分だけで、それは数百年振り……とか言ってなかったか?
どういうことなんだ。
2次試験のときも、相手の精霊が片言ではあったけど、話ができていたような……
「なっ。ニファシー! 貴様までっ」
「つーんだっ。アニカ様、主人は気にせず、乗って頂戴」
「うん、分かった」
アニカが客車に向かって歩き始める。
御者は更に顔を険しくして睨み付けた。
「あん、アニカ様、何処へ行っちゃうの?」
「え?」
「ささ、早く乗って頂戴」
そう言って背中を揺らした。
つまり、背中に乗って欲しいということか。
シルフィードは、ついぞその願いが叶わなかったというのに。
ここでアニカが乗ってしまったら、大変なことになりそうだ。
「ニファシー! そんなこと、主人である俺様が許すとでも思っているのかっ」
「もう、主人のいけず。ゴメンねアニカ様。うちの主人が我が儘で」
「なんだとっ!」
「はは、大丈夫だよ。ありがとう」
「ああん、お礼言われちゃったぁ」
くねくねと身体をくねらせ、頬を染めるニファシーとは対照的に、御者は顔を真っ赤にして歯噛みし、鞭が折れるのではというくらい曲げている。
漸くアニカが客車に乗り込むと、中から時子が出てきた。
「レイモンドさん、お待たせしました」
「いいのだよ、僕にのぞきの趣味はないからね」
最後にレイモンドさんが乗り込むと、扉が閉まった。
時子は中でなにをしていたんだ?
……あれ、スカートにジャージ姿?
俺と時子はフブキに乗り、馬車の後ろに付く。
さすがにフブキを客車に乗せることは、できないからな。
「はあ!」
御者がニファシーを鞭で叩く。
え、普通は手綱を軽く振って、合図するんじゃないの?
「あん。ちょっとー、いつもより強いんじゃない?」
「うるさいっ。さっさと出すんだっ」
再び鞭がうなる。
「ああん。もう。でも、情熱的です・て・き。やっぱり主人の鞭捌きは天下一品だわぁ。もう、疼いちゃう」
「そ、そうか? まぁ、別に憎くて打ってるわけじゃないからな。お前が望むからだし」
「ふふ、ウソおっしゃい。その鞭に、たっぷり嫉妬の心が宿ってたわ。ああ、いけない私をもっと叱って! もっと詰ってぇん」
馬車を走らせながら、なにをやっているんだあの2人。
既にアニカのことなど眼中に無いかのように、2人の世界に浸ってやがる。
「ここか、ここがいいのかっ」
「ああん、だめぇっ」
ダメと言いつつ、ハートが飛んでいるような気がするのは、気のせいじゃないんだろうな。
「さっきは心配したけど、大丈夫みたいだな」
「そうだね。……痛くないのかな」
「あっはははは! この尻軽がっ。そんなにあいつがいいかっ。浮気ものめっ。そうやって色目を使って俺様の知らないところで、腰を振ってるんだろっ」
「ああん、私は主人の物ですっ。浮気者の私をもっとぶって、詰ってぇえっ!」
「……痛いのが好いみたいだな」
「うきゅー、時子は絶対にやだぁ」
「わかった。覚えておくよ」
「な……なんでそんなこと、覚えておくのかな?」
「ん? そのときが来たら、痛くしないように優しくしてあげるよ」
「そのときってなに?! 時子は大丈夫だよっ。間に合ってるよっ」
「あっははは。遠慮するなって」
「してませんっ」
「……」
〝どうした? これが君の望んだ展開なんだろ〟
「…………」
〝なら、もっと喜んだらどうだ〟
「………………」
〝そんな怨めしそうな顔で2人を見てるくらいなら、止めたらどうだ?〟
「うるさいなっ。静かにしてよっ」
「あ、タイムごめん。ちょっとはしゃぎすぎた」
「え……あ、違うのマスターじゃないの。ごめんなさい、邪魔して」
「なに言っているんだ? 邪魔なんかじゃないぞ」
「タイム、エイルさんのところに行ってるね」
「あ、おい!」
またタイムに逃げられてしまった。
タイムなりに気を使ったってことか?
俺と時子を二人っきりにするために?
……馬鹿野郎が。
「ははっ、全く。タイムの奴、変に気を利かせやがって」
「あはは」
「それとも、ラブラブな空間に耐えられなかったとか」
「ラブラブじゃないからねっ」
「ふっ、今はまだ、な」
「めげないなぁ。時子には先輩が居るんだからね」
「いずれ先輩を追い出してみせるさ」
「っ、バカっ」
バカ……か。
そうかもな。
俺もタイムも。
でももう戻れないなら、タイムがそれを望むのなら、先に進むしかない。
次回はまた悲しい別れが待っています
不遇だ……




