第60話 異世界の車窓から
「うああっ。はっ、はっ、はっ……あ?」
「あ、起きたのよ」
「もう、モナカくんったら。カード持ったまま寝落ちしないでよ」
寝落ち?
俺は寝ていたのか……?
「ああ、悪い。どのくらい寝てた?」
「ほんの数分だよ」
「そうか……そう、か」
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
「いや、多分嫌な夢を見ていたんだと思う。でも、なにも思い出せないんだ」
「嫌な夢なら、思い出せなくても良いんじゃない?」
「そうだな。そうかも知れない」
窓から外を眺めて、気分転換でもするか。
初めて乗った異世界の魔列車。
駅を出て暫くは建物が並んでいた。
レンガ造りや木造ではない。
見た目的にはコンクリートなのだが、当然コンクリートではない。
コンクリートではないが、面倒なのでコンクリートだと思っておく。
そんな光景も、今や建物はまばらになり、倒壊した建物が目立つようになってきた。
廃墟がそのまま放置されているようだ。
「廃墟が増えてきたな」
「人が住める場所のよ、限られているのよ」
「そうだね、僕たちの世界は、あと何年持つか分からないほどに、荒廃してしまったのだよ」
「こんな立派な移動手段があるのにですか?」
「そうかな、僕は疑問に思うよ。なにしろこの魔車は、千年以上前の骨董品なのだから」
「千年以上?!」
元いた世界の千年前に、こんな立派な移動手段があっただろうか。
せいぜい馬車がいいところなんじゃないか?
もしかしたら牛車かも。
そもそも千年前のものが未だに現役な方が、凄いんじゃないか?
「そうなのよ。この世界は5千年前に半壊してのよ、衰退の一途を辿り始めたのよ」
「そうだね。僕の知る限り、千年前までは技術維持がなんとかできていたんだ。しかし毒素の蔓延で生活圏が狭まり、技術維持が困難になった。そして結界を張ったことで、その技術はほぼ失われた」
「張ったことで?」
「生活圏を死守することのよ、最重要事項なのよ」
「それとね、僕たちが手に入れられる資源も限られてしまった。だから知識は残せても、技術の伝承が難しくなった。パンを焼かずにパン焼きの技術を伝えるのは不可能ということさ」
「魔法杖があれば、パンは焼けるじゃないですか」
「その魔法杖を作る方の技術なのよ」
「え、でも今もパン焼き器は売られてますよね」
〝パン焼き〟の話は例え話だろうに。
何故アニカは例え話が理解できないんだ。
「アニカ、話の腰を折るな」
「モナカ君はそう思わないのかい?」
「あのな、時子でさえ疑問に……時子?」
「ぐっすり寝てるのよ」
「あー、なんか寝不足みたいだったしな」
俺はぐっすり眠れた。
同じベッドで寝たのに、なんか申し訳ない気がする。
「他人事みたいに言わないのよ」
「え? なにが?」
「母さんに聞いたのよ。随分と仲良くなったのよ」
トレイシーさん、一体なにをエイルに吹き込んだんですかっ。
「〝トキコ〟って呼び捨てにしてるしね」
「あー、ちょっとな」
それを話すと長くなるし、これ以上エイルに弄られたくない。
「そんな話はいいんだよ。この魔列車が骨董品だって話を進めてくれ」
「……だから新造された魔車は無いのよ」
「そうだね、僕たちに魔車を新しく作る技術も材料もない。できることは、応急処置と、走れなくなった魔車から部品を取ることだけだよ」
つまりニコイチが普通ということか。
技術も材料も無いと、修理部品を作ることすら出来ない訳だ。
「だからこの魔車のよ、メンテナンスの簡単な古いタイプのよ、残ったのよ」
「そうだね、僕の知る限り、当時最新の魔車は機関車と客車に分かれていなかったね」
「客車は今でも作れるのよ。でも機関車は新しく作れないのよ」
「なるほど」
窓の外に人の住んでいる建物は、既に見当たらない。
廃屋と木々が立ち並んでいるだけだった。
こんな状態でも、魔列車が走るところは整備されているようだ。
それだけ重要な移動手段なのだろう。
延々と続くかに思われた廃墟も、再び人の住んでいそうな建物が目に付くようになってきた。
徐々に生活感が増してくると、再びガタンゴトンとレールを鳴らす音が聞こえてきた。
その音も、何処となく大人しい、柔らかな感じだ。
「ヤズィースィーに入ったのよ」
「ヤズィースィー?」
「第11都市のことなのよ」
「隣の都市か。大分感じが違うな」
「そうだね、僕もそう思うよ。ここは木材資源が多いからね。自然と木造建築が多くなったのさ。だからここは石道ではなく、木道なのだよ」
「レールが木でできているってことですか?」
「察しがいいね。僕は感心するよ」
木の板で作った道が木道だと思っていた。
でもここでは木で出来た線路を木道というのか。
「隣なのに、随分と雰囲気が違うんですね」
「それはだね、僕たち中央省が、各都市を結界で隔てているからなんだ」
「どうしてですか?」
「何故なら、僕たちの世界を守るためなのさ」
「守るため、ですか?」
「そうだよ、僕は解説をするよ。住民を縛るという意味もあるのは事実だ。でも1つの都市が壊滅するようなことが起こっても、他の都市に影響を与えない、或いは最小限にする為に必要なことなのだよ。第3都市の崩壊が周りへ広がらずにすんでいるのも、結界のお陰なのだよ。とはいえ、影響を0にはできない。今のように延命するよりも、一気に滅びた方が痛みは少ないかも知れない。僕たちのしていることは、トカゲの尻尾切りなのだよ」
「そんなことはないと思います。生きていれば、改善できるかも知れない。死んでしまえば、そのチャンスすらなくなります」
「そうかい、僕たちにはもう分からないのだよ。保守的な人が多いからね」
まばらだった建物も、徐々に増えて生活感があふれてきた。
魔列車が速度を落とし始めた。
どうやら駅も木造らしい。
降りる用事はないから、駅に着いてもすることはない。
「都市間の移動は、この魔車を使うしかないんです」
アニカが珍しく知的なことを言った。
「そういえば、アニカは隣の都市から俺たちの所に来たんだったな」
「うん、覚えててくれてたんだね。嬉しいよ」
「アニカなら歩いてきそうなものなのに、エライエライ」
「モナカ君、それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。ヨシヨシ」
「そうだね、僕もアニカ君を褒めてあげよう。アニカ君の言うとおり、都市間の移動には魔車を使うしかない。徒歩や車などでの移動は、不可能だ。まず道がない。昔はあったのだが、整備が追いつかずに放棄されてしまってね。窓から見えていただろう。仮に廃道や道なき道を進んだとしても、結界に阻まれて移動が出来ないのだよ」
魔列車が再び動き出す。
町並みの中をゆっくりと走る。
暫くすると、また駅に着いた。
次の都市というわけではなく、都市の中心部にある駅に着いたのだ。
「各都市のよ、駅は3ヶ所あるのよ」
なるほど。
都市部の外側に2ヶ所、中心部に1ヶ所駅があるという。
町中は安全のためゆっくりと走り、郊外に出ると速度を上げるようだ。
そして郊外に出ると、やはり崩れた建物が目立ち始める。
いい景色、とはいかないようだ。
遠くに見える森の木々が、近づいたり遠ざかったりを繰り返す。
そしてそんな木々すら無くなって廃墟と荒野が広がると、都市を隔てる結界に近づいてくる。
魔列車で通る分には、何ら抵抗なく進める。
結界とは、不思議なものだ。
第3章始まりました
次回は漸く列車を降ります




