第57話 百見は一触にしかず
こんな諺はありません
タイム専用アプリ。
一覧から変身したいものを選ぶと、魔法少女張りに服装が装着される。
そして服装に見合った能力がタイムに備わるようになる。
確かそんな感じだったはずだ。
でも言いたいのは、そこじゃない。
どうして〝タイム専用アプリ〟を、時子が使えるんだ?
時子の着ていた服が弾け飛ぶと、全裸になった。
上半身から光が弾けたか思うと、体操着(夏服)に変わった。
胸には〝1-3 たいむ〟と書かれた布が縫い付けられている。
続いて下半身の光が弾けると、紺色のパンツをはいていた。
足から放射状に光の筋が出たかと思うと、白の靴下と体育館履きが装着された。
頭から光の球が現れると、紅白帽に変化した。
最後に肌の色が元に戻ると、〝1〟と書かれた順位旗が目の前に出現する。
それを掴み取ると、くるくるっと回して構えた。
「アスリートモード、時子ちゃん!」
最後に決めポーズを取り、時子は変身を完了した。
しかしその顔は徐々に赤くなっていった。
まさか時子まで変身してしまうとは。
「えっと……時子?」
「ちょっと! どういうこと?!」
時子もタイムと同じようにポーズを取ったり、決め台詞を言ったりした。
あれってやっぱりタイムが好きでやっているんじゃないんだな。
それが証明された形になった。
「だからタイムの服を貸すって言ったでしょ」
「服だけ貸してくれれば良かったんだよっ。うー」
時子は上着の裾を持って、下に伸ばしている。
一体なにをやっているんだ?
あんなことをしたら、生地が伸びると思うんだけど。
「しょうがないでしょっ。文句はこいつに言ってよっ」
と言って、タイムは空を見上げた。
〝こいつとはなんだっ〟
勿論、そこになにかが居るなんて事は無い。
タイムにだけ見える、例のアレのことなのだろう。
「元の制服はどうしちゃったの?」
「それは大丈夫。ちゃんと残ってるよ」
「そもそもなにこの服。何処が体操着なのよ」
〝なにを言う。古き良き時代の体操着だぞ〟
「えっと……古き良き時代の、体操着だぞ、って言ってる」
「古き良き時代?」
「えっとね、…………お父さんとかお母さんの時代の体操着みたい」
ということは、時子はもうじき15歳だったよな。
30歳で産んだとして、小学生のときだから、34年前ぐらいかな。
「そんなに古いデザインなの?!」
〝古くないっ。身体にフィットして、動きやすさは折り紙付きなんだぞ〟
「え? ……なんかね、身体にフィットして、動きやすさは折り紙付だ、って言ってる」
「そうなの? んーでも……」
さっきから必死になって上着の裾を伸ばしている。
前だったり後ろだったり横だったりを伸ばしているが、何か意味があるのだろうか。
まぁタイムの服だから、生地が伸びることはないだろうけど。
「伸縮自在だったんじゃないの?」
「部分的に伸ばすとか、できないから」
「あーだから胸元が――」
「あ?」
タイムの殺気の籠もった声が、時子に刺さった。
気弱な人なら、卒倒するのではないだろうか。
〝あははははは!〟
続いて上にも睨みをきかせた。
「な、なんでもないよっ」
「もう。他のにする?」
「他のっていっても、ろくなものが無いじゃない。もうこのままでいいからさ、制服だけ元に戻してよ」
「ごめん、どっちかだけの選択なんだ」
〝どっちかだけ……〟
「えー?!」
「どうかしたの?」
「こっち見んなっ!」
〝上を制服、下をブルマに……いいかもしれない〟
「バカなの」
〝またバカって言ったー〟
「ふええ?!」
「こっちの話。大丈夫だよ。暗いからマスターには見えてないよ」
「そうなの?」
「いや、左目――」
『しー、それは黙ってて』
『え?』
多少暗くても、俺の左目は超高感度センサーに交換されたらしく、真っ暗闇でもない限りバッチリ見える。
カメラセンサーまで交換可能とか、俺の身体は俺のままでいられるのだろうか。
脳みそまで交換可能、とか言わないよな。
CPUは交換可能だけどさ。
『マスターだって、時子の体操服姿、見てたいでしょ』
『そう言われても……』
『ほら、この細すぎず、かといって太すぎない太ももとか、膝枕してもらったら夢心地だよ』
『あのなあ。まあそうかも知れないけど』
『チラチラ見えてるおへそとか、セクシィでしょ』
『セクシィって……タイムの服は、大体そんな感じだろ』
そもそもあの体操服はタイムのものだ。
タイムが着れば、へそがチラチラ見えるのは同じだろうに。
『タ、タイムの話はいいんだよっ。マスター、少し淡泊じゃない?』
『そりゃ毎日女の子とシャワー浴びてれば、それなりに耐性が付くよ』
『ちっ、彼奴らが原因かっ』
『タイム?』
今一瞬、渋い顔をしなかったか?
『もう、時子の身体ってことが、重要なんでしょ』
『見た目はタイムと変わらないからな。それこそ穴が開くほど見たぞ』
体操着姿はまだ見たことないけれど、裸だったらシャワー室で毎日見ている。
あ、昨日は見てないか。
『なっ……』
見るだけなら、な。
触ってみると、微妙に違いがある。
タイムは少し肉付きがよく、時子はそれと比べると細い。
決してタイムが太っているとか、時子が痩せているとかではない。
だからなのか、抱き心地は間違いなく、タイムの方が上だ。
比べたことはないけどね。
それに、髪の毛の手触りも違う。
時子の方がサラサラしている。
特に違うのが胸の大きさだ。
タイムは絶望的に無いが、時子は割と大きいのではないだろうか。
それを胸元のゼッケンが、物語っている。
『とにかく、ここは見えてないって言わないと、出発できないよ』
『まあそういうことなら……』
「モナカくん? やっぱり見えてるの?」
「いや、全然見えていないぞ。太ももとかおへそとか、全然見えていないから安心していいぞ」
「そっか、見えてないんだ。そっか……」
ふう、なんとかなったみたいだな。
改めて時子が後ろに乗ってくる。
見える見えないよりも、こういうときの肉体的接触を気にしてほしい。
毎度のことだけれど、この背中の感触は未だに慣れていない。
「でもその格好で寒くないの?」
「そういえばそうだね」
「ふっふっふーっ。タイムの服は冷暖房完備なんだよ」
「へーそれは凄いな」
俺の服は完備していないようだ。
「集合地点までのルート確認はできているか?」
「ふっふっふーっ。タイムを誰だと思ってるんだい?」
「ふっ、そうだったな。トレイシーさん、必ずエイルと帰ってきます。だから、安心して待っていてください」
「はい、お願いします」
「「「行ってきます」」」
「わふーん!」
「行ってらっしゃい」
フブキがタイムのナビの元、走り出す。
最初はゆっくりと。
トレイシーさんの姿が見えなくなるまで、ゆっくりと。
トレイシーさんは見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
次回、大切な仲間との別れが待っています




