第56話 緊急事態発生
フブキを連れて、いよいよ出発のときが来た。
まだ日は昇っていないのでとても暗い。
階段の明かりで多少明るくなっている程度だ。
肌寒いが、息が白くなるほどではない。
トレイシーさんが見送りに来てくれている。
暫くはトレイシーさんのご飯を食べることができなくなる。
それが非常に残念だ。
だから、なるべく早く帰ってこよう。
「それじゃトレイシーさん、行ってきます」
「「「えっ?!」」」
「ん?」
なんでみんな驚いているんだ?
「モナカさん、大丈夫ですか?」
「マスター、もしかして朝から食べ過ぎちゃったの?」
「モナカくん、頭大丈夫?」
酷い言われようだ。
本当になんだっていうんだ?
「なんともないよっ。みんなして、なに?」
「だって……」
「ねぇ」
「モナカさん、おばさんが誰だか分かりますか?」
「やだなぁ。分からない訳無いじゃないですか。トレイシーさんですよ」
そう答えた途端、3人と1匹が輪になって何やらヒソヒソと話し出した。
「やっぱり変ですよ」
「だよね」
「わうっ」
「あのー」
「そうねぇ。フブキさんが目の前に居るのに、おばさんが居るのを分かるのは変よね」
「でも本人はそのことに気づいてないみたいですよ」
「マスターは犬中毒だって、自覚してないからね」
「わうわう」
「もしもし?」
「今までタイムちゃんとトキコさん以外が居ることを分かっている事って、ありました?」
「ない」
「わうっ」
「なら、そこにトレイシーさんが加わったって事ですか?」
「エイルさんを差し置いて、おばさんが加わるのは、気が引けるわね」
「わふん?」
「え、気にするとこ、そこなんですか?」
「ちょっといいですか?」
「とにかく、これは異常事態と言っても過言じゃないよ」
「だよね」
「わうぅ」
「おばさん、急に心配になってきちゃったわ」
「おーい!」
「でも旅に出ている間中、いつもの調子でいられても困るから、これでいいのかも」
「それって、トレイシーさん以外も認識できるって事?」
「それはまだ分かんないけど」
「なんにしても、モナカさんのこと、お願いしますね」
「「はい」」
「わうっ」
「おーいってばっ」
「マスター、うるさいよ。まだ真っ暗なんだからご近所迷惑を考えようよ」
「あ、はい。すみません」
「あはは。トレイシーさん、行ってきます」
「行ってきまーす」
「わふっ!」
「モナカさん」
トレイシーさんが俺を抱き締めてきた。
「タイムちゃん」
次はタイムを抱き締め。
「トキコさん」
そして最後に時子を抱き締めた。
「気をつけて行ってらっしゃい」
「はい。ちゃんとエイルを連れて帰りますよ」
「はい、お願いします。フブキさん、みんなをお願いね」
「わうん!」
トレイシーさんは気丈に振る舞っていたけど、内心は行って欲しくないのが正直なところだろう。
しかしエイルを止めることはできないから、我慢するしかないのかも知れない。
だから俺たちは、絶対に生きて帰ってこなければならない。
元々そのつもりではあったが、改めて心に刻んだ。
俺はフブキに跨がり、時子はその後ろに跨がっ――
「トキコさん、スカートスカート」
「え……きゃっ」
「ん、どうかし――」
「見るなーっ!」
「――たぐぅっ」
タイムが顔面に抱きついてきて目隠しをされ、なにも見えなくなった。
次に視界が確保できたときには、時子が降りていた。
ん? なんで降りた?
「モナカくん、ちょっと待ってて」
「それはいいけど……どしたの?」
「あ、どうしよう。体操着は向こうに置いてきちゃった」
「体操着?」
もしかして、体操着に着替えるのか?
セーラー服に問題でも発生したのか。
「じゃあ、タイムの服を貸そうか?」
「タイムの服?」
「え? お姉ちゃんの服は小さすぎて着られないよ」
「大丈夫。タイムの服は伸縮自在だよっ。んと、この一覧から着たい服を選んで」
「一覧から?」
時子の前になにやらウインドウが表示された。
暗闇の中、ウインドウの明かりで時子の顔がほのかに照らされる。
タイムが言うには、服の一覧とのことだが……
そうだよな。
タイムの服なんだから、クローゼットに入っている訳無いよな。
となると、あの一覧から選ぶと、俺の服同様に幻燈機で出してくれるという訳か。
……え、俺以外もあの服着られるんだ。
「んー、サムライ? ナース? 武闘家? 魔法少女?! スチュワーデスにレースクイーンにスク水にサンタクロースに…………お姉ちゃん」
「ん?」
「お姉ちゃんの趣味をとやかく言うつもりはないけど。これ、コスプレって言うんじゃないの?」
「タイムの趣味じゃないよっ」
「えっ」
ん?
なんで時子は俺を見るんだ?
しかもなんか、凄い蔑まれている気がするんだけど。
「モナカくんって、こういうのが趣味なんだ」
「は? こういうの?」
こういうのって、どういうのだ?
「お姉ちゃんにこういう服を着せて喜んでるんだ」
う、さっきより目つきがキツい気がする。
「違うよ? マスターの趣味じゃないよっ」
「じゃあ誰の……あ、体操着があるんだ。これにしよっと」
「あ、待ってそれはっ!」
時子が一覧から体操着を選んだらしい。
すると、時子の全身が白く光り輝きだした。
周りが暗いから、もの凄く目立っている。
「遅かったか」
タイムは手を額に当て、やっちゃったという顔をした。
というか、もしかしてこれは……。
次回、時子が変身します




