第53話 あんなこと
朝!
携帯のアラームが部屋に鳴り響く。
「ああ、もう起きる時間……」
時子はモナカに抱き締められたまま、うつらうつらするものの、時折動くモナカに目を覚まさせられて、結局一睡もできなかった。
「んんー、ふぁー、あ」
「やっと起きたよ」
「んー? ああ、タイム。おはよう」
「おはようじゃないよ。タイムじゃないよ、時子だよっ」
「んー、時子? なに言ってんだ、タイム」
「タイムじゃなくて時子だってばっ」
意識がまだはっきりしない中、モナカは目の前の顔をぼんやりと眺める。
部屋はまだ真っ暗で、よく見えない。
暗闇の中、モナカは目の前の顔をよく見る為に、顔を近づけた。
鼻と鼻が接触するほどに。
「近い近い近い近い!」
んー?
〝タイムじゃなくて時子〟?
あー、そういえば昨日はタイムじゃなくて、時子さんと寝たんだった。
……時子さんと?
じゃあ目の前にあるこの顔は……時子さん?!
「ふぁっ」
目を瞑って顔を強ばらせている時子さんに気づき、俺は慌てて顔を上げた。
「ごめんっ。なんか、寝ぼけてたっ」
「ほっ。それはもういいから、早くどいて欲しいんだけど」
言われてみると、時子さんに覆い被さっているではないかっ。
布団を跳ね飛ばし、勢いよく飛び起きて、ベッドの上に立ち上がると、壁に身体を貼り付けた。
「ふあー、あぁ。あー、身体がバッキバキだよぉ」
時子さんは上半身を起こし、大きく欠伸をしながら片手をあげて背伸びをした。
そしてベッドから降りると、机の上に置いてある俺の携帯を手に取った。
「……」
時子さんは手に取った携帯をジッと見つめている。
「あの……時子さん?」
「ううん、なんでもない。そんな訳ないもの。ふあーあ。はい」
時子さんが携帯を差し出してきた。
「ああ、ありがとう」
俺は壁に張り付いたまま、腕だけを伸ばして携帯を受け取った。
携帯の画面では、タイムが〝起きる時間だよ〟と書かれた看板を掲げながら右に左に走り回っている。
その走り回っているタイムをタップすると、アラームが鳴り止んだ。
アクシデントはあったけど、なんか普通に寝られたな。
でも時子さんはさっきから欠伸をしている。
「なんか、眠たそうだね。寝られな、かったの?」
そう尋ねると、恨めしそうな顔でジッと見つめられてしまった。
「え、なに?」
「なんでもなあーあ、あふっ」
目を擦りながら欠伸を繰り返している。
凄く眠そうだ。
「それじゃ、着替えるから。モナカくんの着替えは、隣の部屋?」
「俺の、着替えは……タイムが、持ってる」
「そ。どっちにしても、隣の部屋で着替えてちょうだい」
「あ、うん」
時子さんは携帯で、この部屋と俺がいつも寝ている隣の部屋の扉を、開けてくれた。
なるべく時子さんに近づかないよう、俺は壁に身体を貼り付けたまま、壁沿いに移動して部屋を移った。
その間、時子さんは眠たそうな顔でずっと俺を見つめていた。
俺、なんかしたのかな。
まあ、覆い被さってたんだ。
なにもしてなくても、警戒されるよな。
時子さんが扉を閉めながら、「覗かないでよ」と言ってきた。
「覗かないよっ」
そもそも俺には開ける手段がないのだから、覗けるはずがない。
『タイム、起きてるか?』
『あ、マスター。おはよう』
ぴょこんと視界の隅に、タイムのアイコンが現れる。
『おはよう。なぁ、俺寝ている間に、時子さんになにしたか見てたか?』
と、言ったところで気づいた。
もしなにかしていれば、タイムが黙ってはいまい。
今だって普通に対応してくれている。
機嫌が悪そうな声でもない。
ということは、寝返りを打って覆い被さっただけで、寝ぼけてなにかしたということは、ない。
そう確信が持てる。
『んー、マスターが時子にあんなことするとは思わなかったな』
『へ?!』
あんなことってなんだ?
『あんなことしたんだから、ちゃんと責任を取らないとダメだよ』
責任ってなんだ?!
『なぁ、具体的になにをしたんだ?』
『まさかマスター。あんなことをしておいて、覚えてない……なんてことないよね』
だからそれはなんなんだよっ。
『お……ぼえて、ない』
『ウソでしょ! マスター、見損なったよ』
『なぁ、俺なにしたんだ?』
『そんなの、タイムに言わせる気? 信じらんない』
おいおいおいおい。
寝てる俺、なにしたんだよっ!
というか、タイムはなんで止めてくれなかったんだ?
『とにかく、なにをしたかーなんて、女の子に言わせたらダメだからね』
『どういう意味だ?』
『そんなの、は、恥ずかしくて言えないよっ』
恥ずかしくて言えないようなことをしたってことかっ。
それは、覚えていないのが残念……じゃなくて!
とんでもないことをしてしまったようだ。
と、とにかく、時子さんに謝るだけ謝っておかなければならないぞ。
タイムに着替えを出してもらい、それに着替える。
部屋のタンスやクローゼットに仕舞ってあるとかではない。
何処からともなく、取り出してくれている。
幻燈機で投映しているだけだから、そう見えるようになっているだけだ。
……わざわざ服を脱いで新しいものを着る必要があるのか?
タイムの変身みたいに、サクッと切り替えるだけにならないのかな。
着替えを終え、開けっぱなしになっている扉から廊下に出る。
目の前にはエイルの部屋の扉がある。
この向こう側で、時子さんが毎日着替えている。
今まで特に意識したことはないが、タイムにあんなことを言われたら、気になってしまう。
『マスター、中に入れないからね』
『分かってるよ』
『入りたいの?』
『なんでだよっ』
『えっと、思い出したから、続きをしたいのかなって』
続き?!
続きがあるようなことをしてしまったのか?!
本当に寝てる俺、なにしたの??
『思い出してないからっ』
思い出したくないような、思い出したいような。
どっちがいいんだろう。
次回は3人の関係がガラリと変わります




