第49話 タイムは見ていた
モナカの所から逃げるように移動したタイム。
あの場の雰囲気に流されてはいけないと感じての判断だ。
携帯に逃げ込んで、様子を伺う。
時子は携帯でメールを打っているようだ。
宛先は勿論先輩だ。
こちらの世界に来てから、毎日欠かさず日記のように起きた出来事を書いて送信している。
返事は一度も返ってこない。
メッセージアプリと違い、既読が付かないから読まれたのかも不明だ。
Mailer-Daemonから返事が来ないので、届いてはいるらしい。
あるいは、単にメールサーバーが生きているだけなのかも知れない。
そういった判断を時子にさせるのは、酷というものだ。
時子は〝便りがないのは良い便り〟というのを信じているから、考えていないだけともいえる。
タイムは、邪魔しては悪いと思い、時子がメールを送信するまで携帯の中で待った。
送信が終わると、携帯の画面に顔を出した。
「あれ、タイムお姉ちゃん? どうしたの?」
「こらっ。お姉ちゃんて呼んだらダメだよ」
「いいじゃない。今は2人っきりなんだから」
「その油断が死亡フラグなんだよ」
「考えすぎだよ。モナカくんはちょっと出てて、まだ戻ってこないだろうし」
モナカがトレイシーとシャワーを浴びていることは、タイムに教えない方がいいだろう。
そう判断して、時子は言葉を濁した。
「そーそー。マスターが今度はトレイシーさんとシャワー浴びてるんだよ」
「あー、先にモナカくんのところへ行ってたのね」
「当たり前だよ。タイムはマスターのサポーターなんだから」
「ついでに、人生のサポーターになればいいのに……」
時子が小声で愚痴をこぼす。
「ん? なんか言った?」
「言ってませんっ」
「エイルさんでしょ。次はアニカさんでしょ。今度はトレイシーさんだもの。時子も心の準備はしておかないとね」
「なんで時子が心の準備をしなきゃいけないの?」
「順番的に次は時子だから?」
「入りませんっ」
「分かんないよー」
「分かりますっ。時子だって魔力が無いんだから、シャワー出せないもん」
「そうだよねー。携帯は防水じゃないから、壊れちゃうしね」
「ねー」
時子が母親から譲られた携帯は、生活防水すら付いていない。
しかし実際には、管理者の手によって完全防水化がされていた。
その上ちょっとやそっとでは壊れないように、耐久力も上がっている。
ところが時子はそれらの説明をろくに聞いていなかったため、その事実を知らなかった。
「時子の前にお姉ちゃんが先なんじゃない?」
「え?! タ、タイムは……」
「え、もしかしてもう一緒に?!」
「タイムのことはいいのっ」
「そっかー。お姉ちゃんはもう一緒に浴びたんだー」
「さ、さっき携帯から出たときに、だよっ」
「モナカくん、携帯を持ってシャワー浴びたの?」
「マスターと融合した方の携帯だよ」
「……ね、お姉ちゃん」
「なに?」
「モナカくん、スマホ2台持ちだったの?」
「えっ」
「だってそうでしょ。身体と融合した携帯の他に、携帯持ってるじゃない」
「そ、そうだね」
「……あの携帯。先輩の携帯に似てる」
「た、たまたま、同じ機種だっただけじゃない? 唯一無二の携帯じゃないんだから」
モナカの持っている携帯は、エイルが部屋の床に落ちていたものを拾ったものだ。
だからモナカは2台の携帯を持つことになった。
しかしタイムはその事実を時子に話さなかった。
「それもそっか」
「そうだよ、あははは」
「だよねー。じゃなきゃモナカくんがあの携帯を持ってるはずないもの。ね」
「そ、そうだね。あはははは、はぁ」
「それよりどうして帰っちゃったの? またモナカくんが寂しがるじゃない」
「時子が居れば大丈夫だよ」
「そんなことないよ」
「だといいけど」
「もう。どうしてそんなに自信がないの?」
「なら時子は、先輩に時子が必要だと思う?」
「当たり前じゃない」
時子は自信を持って宣言をする。
「先輩には花ちゃんが居るんだよ?」
そうタイムに言われた途端、時子は固まってしまった。
そしてその顔は徐々に引きつっていく。
仕舞いには、酷く項垂れてしまった。
「時子、居らないよね」
先ほどまでの自信は何処へ行ったか分からないほど、落ち込んでいる。
それほどまでに花子という犬の存在は、大きいのだ。
「ほら。分かるでしょ、タイムの気持ち」
「うん。凄くよく分かった。でもでもでも、モナカくんはフブキちゃんと一緒に居ても、お姉ちゃんのことちゃんと見てくれてるじゃない。時子と違うよ」
「それを言ったら、マスターは時子も見てるじゃない」
「……なんでだろうね」
「ねー。だからタイムが居なくても、マスターは犬ったけにならないよ」
「もう。とにかく、モナカくんはリボン付けてお姉ちゃんにお返ししますっ」
相変わらずの堂々巡り。
時子に分かってもらいたいが、タイムには禁忌語句が掛かっている。
説明できない以上、今は諦めるしかない。
「そんなわけだから、ここに居させて」
「携帯の中に? どうして?」
「なんか、気まずいから?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが〝ごめんなさい〟って一言言えば、簡単に許してくれるよ」
「そうかな」
「むしろ顔を見せて甘えれば、気にすらしないんじゃない?」
「そんなことないよっ。時子はマスターをなんだと思ってるの?」
「犬中毒でお姉ちゃんが大好き?」
「マスターが大好きなのは、時子でしょ。さっき言ってたじゃない」
「まさか信じてるの? あんなの、小学生が友達に〝あいつのこと好きなんだろ〟って追い詰められた挙げ句に〝あんなブス、大っ嫌いだっ!〟って叫んだところに出くわした幼馴染みと同じでしょ」
「それ、葛兎と弥千の話じゃない」
「あはは、バレた?」
「バレない方がおかしいでしょっ」
「そうだよねー……? なんでお姉ちゃんが知ってるの?」
「え? なにが?」
「だから、葛兎と弥千の話」
一瞬、なにを当たり前なことをと思ったが、タイムが知っているのはおかしいということに気づく。
なにしろタイムは生まれる前に、死んだことになっているのだから。
「それは、い、いつも時子を見てたからだよ」
死んでいるのなら、背後霊になればいい。
「時子を?」
「そう! だから先輩とのことも全部知ってるんだからね。隠し事はできないよ」
タイムも〝時子〟として経験したことだから、知っていて当然だ。
「さっきだって先輩にメールしてたでしょ」
「み、見てたの?」
「見てたよ。どんな内容を送ったのかも、全部」
「酷い! 時子にだってプライバシーってものが――」
「ありませんー残念でしたー」
「むー」
廊下からトレイシーの声が聞こえてきた。
どうやら2人がシャワー室から出てきたようだ。
話を締めくくるべく、時子が声を潜め、早口で話す。
「とにかく、お姉ちゃんはモナカくんに帰っちゃったことを謝ること! それで甘えるの。いい?」
「ふえ?! 謝るのはいいけど、甘えるのはしなきゃダメ?」
「ダメ」
「うぎゅー。メールを見ちゃったのは謝るからさー」
「それでもダメ」
「みゅ。善処します」
「よろしい。さ、お姉ちゃん。携帯から出てきて、モナカくんを出迎えよう」
「う、うん」
次回は謝罪会見と食い違いです




