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第45話 足りない

人によっては気持ち悪い、の第三弾です


「マスター?」

「……その大きさじゃ、まともに口移しできないだろ」

「そうじゃなくて、タイムでいいの?」

「タイムがいいの!」

「ふえぇ?!」

「なに驚いているんだよ。とにかく、大きくなれよ。そのままじゃ、タイムごと食べちゃいそうだ」

「あはは。うん、分かった」


 そう言うと、タイムは……大きくならない?


「どうした?」

「う……リソースがもう余ってないから、無理みたい」

「リソース?」

「タイムが大きくなるには、GPUのリソースを沢山使うんだよ。でも向こうで沢山使ってるから、こっちに回せないみたい」

「そうなのか?」

「うん、ごめんなさい」

「なら、そのままの大きさでしてくれるか?」

「このままで? できるかな、はは」

「時子さんに出ていってもらわなくてもよかったかな」

「なぁに。マスターは見られたかったの?」

「違うよ?! タイムが大きくなったところを見られないようにしたかったから、出ていってもらったって意味だよっ」

「だからそれは、見られることには抵抗が無かったってことじゃないの?」

「う゛……」

「もう。しょうがないなー、マスターは」


 タイムは口いっぱいにベーコンを頬張ると、モグモグと噛み砕き始めた。

 ……え?

 口移しって、そこまでやるものなの?

 まだ歯の生えそろっていない赤ちゃんになら分かる。

 それを俺に対してやるか?

 タイムは頬袋でも持っているのかと思うほどに、ほっぺたを膨らませ、モグモグモグモグとしている。

 ひとしきり噛み砕くと、俺の口の前まで飛んできた。


じゃあ(ふぁあ)やるよ(ひゃぶほ)


 頬袋を膨らませながら、もごもごと喋る。


「口にものを入れながら喋るな。行儀悪いぞ」

しょうがないでしょ(ひょうばばいべひょ)!」

「わかったわかった」


 ハムスターのようになったタイムと、口づけをする。

 そしてタイムの口から噛み砕かれたベーコンが、口の中に押し込まれてくる。

 想像していたよりかなり多いベーコンが、入ってきた。

 それでも、豆粒が1つから2つになったような程度ではある。

 そしてそれを飲み込む。


「あ、ダメだよ。マスターもちゃんと噛まなきゃ」

「いや、噛む必要ないくらい、タイムが噛み砕いてくれたでしょ」

「それでも。じゃないと味が分からないでしょ」

「味ってお前……」

「ほら、もう一回」


 タイムは再び口いっぱいにベーコンを入れ、頬袋をもごもごと動かした。

 ……ん?

 タイムの食べ方、なんとなく時子さんに似ている?

 気のせいかな。

 あの上顎を動かす独特の食べ方。

 ちっちゃいタイムにはよく似合っている。


はい(ふぁい)マスター(ふぁふふぁー)

「あ、ああ」


 再びタイムの口から噛み砕かれたベーコンが、口の中に入ってくる。

 今度は飲み込まず、俺も噛み締める。


「お味はどうですか?」


 くっ、なにがなんでも味わえってことなのか。

 そもそもトレイシーさんの作ったものが、不味いわけがない。

 いつも通り、きちんと美味しい。

 噛み砕く、という楽しみはないものの、味はきちんと味わえる。

 時子さんの残り物とは比べものにならないくらい、タイムの唾液まみれになったベーコン。

 ……そう考えると、もうタイムの唾液そのものを味わっている感覚に陥ってしまう。

 そういえば、好きな人の唾液は蜂蜜よりも甘いと漫画で読んだ記憶が残っている。

 そしてそれはウソではないと思えるほどに甘くて甘美で快楽的だ。


「……ない」

「マスター?」

「足りない。もっと欲しい。今度は卵がいい」

「あ……うん。分かった………………はい(ふぁい)

「…………もっと」

「もう。ちょっと待ってて」

「待てない」

「あ、マス……」


 タイムの口の中に残っている卵を……いや、唾液を舌でなめ回したい。


「ちょ……」


 タイムの口はあまりにも小さく、舌を入れることは叶わなかった。

 それでもタイムは口を大きく開けて、俺の舌先に自分の舌を合わせてくれた。

 くすぐったくも、それでいて官能的で、なのにもどかしい。

 舌を絡めて唾液を貪り合うことができない。

 それでも、タイムが精一杯応えてくれたことが嬉しかった。


「もう。味わうのはタイムじゃなくて、ベーコンエッグだよ」

「あ、そっか」

「そんなに美味しかった?」

「う、うん。美味しかった」

「時子と比べて、どっちが美味しかった?」

「タイムの方が、美味しかった」

「ふ、ふーん。そっかそっか。えへへ」


 言葉とは裏腹に、あまり嬉しそうな感じがしない。

 どことなく寂しそうに見える。

 ふと我に返ると、なんかもの凄く恥ずかしいことをしていたような気がする。

 もしかして、引かれちゃった?


「それじゃ、タイムは帰るね」


 そこまで引く行動だったのか?!

 確かに唾液を(むさぼ)るとか、変態チックな気がしなくもない。

 いや、間違いなく嫌な汗をかきながら泣いて〝変態だー!!!!〟と叫ばれても仕方がないことをした。

 やっぱり、指に付いた唾液を咥えて舐め取る程度が普通だったのか。


「え? あ、あの。あああ明日、いっいいっ一緒に、帰ればいいいいいだろ。な、なあ」


 ヤバイ、平常心が保てない。


「ううん、マスターはもう大丈夫だよね」

「だ、だだ大丈夫って、なっなっなに、が? ていうか、俺は最初っから大丈夫だぞぉ。怖くないよー変態じゃないよー」


 いや、なに言ってんだ俺。


「だからタイムのお役目はここまでです」

「だからさっきの……え?」

「向こうで待ってるから」

「向こう……え?」

「さよなら」

「え、ちょっと待って!」


 俺の静止も聞かず、タイムは姿を消してしまった。


『タイムっ!』


 その呼び声に答える者は居なかった。


「〝お役目〟ってなんだよ」


 消える直前、タイムの瞳が潤んでいるように見えた。


「泣くほど嫌だったのか? なあ、言ってくれなきゃ分からないよ」

唾液の漫画は、謎の彼女Xのことです

植芝さん、大好き

新作まだかな


2022/04/17

第46話は非公開になりました


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