第38話 代表はタイム
「タイムちゃん、どうなのよ?」
エイルが組んだスクリプトを、タイムがエミュレーターで動作確認をしていた。
エミュレーションを終え、タイムの意識が電脳世界から現実世界に戻ってくる。
「ダメかな。これなら前の方が効率がいいかも」
「そうなのよ? でもこれができるのよ、照準の範囲が広がるのよ」
時子の使う携帯の照準をより使い易くするために、改良を重ねている最中だ。
「そうだねー。でも簡易RATSだとこの辺りが限界だよ」
「特権領域にアクセスできるのよ、もっとやれるのよ」
携帯の管理者権限を持たないタイムでは、システムの奥深くまでは手を出すことができない。
携帯とは違うのだ。
「携帯だとそれは難しいね。手元で解析できれば分かんないけど」
エイルがスクリプトの編集を再開しようとしたとき、身分証が鳴動した。
「ちょっと待つのよ」
身分証を取り出して着信を確認する。
「……母さんからなのよ。エイルなのよ」
「エイルさん、モナカさんが大変なの」
「モナカになにかあったのよ?」
「えっ?」
タイムはモナカのバイタルモニターを常に監視しているので、身体に異常がないことは分かっていた。
だからエイルの発言を受け、見落としが無かったか確認する為に、バイタルモニターを表示した。
簡易表示から詳細表示に変更して隅から隅まで目を通す。
多少の疲労と空腹を感じているようだが、これといって異常は見当たらない。
実際には涙と共にストレス物質が放出されていたり、通常よりセロトニンが減少していたりといった些細な異常が見られる。
だがそういったことは、ナースモードのタイムでなければ分からなかった。
どんなに詳細な情報も、理解できなければ意味を成さないのだ。
「モナカさん、タイムちゃんに会えなくて寂しいみたいなの」
「……それは大変とは言わないのよ」
「でも泣いて落ち込んでいるわ」
「……分かったのよ」
エイルはトレイシーとの通話を終えると、ため息を吐いた。
「マスター、どうかしたの?」
「……タイムちゃんに会えないのよ、寂しがってるのよ」
「ふぇ?!」
「タイムちゃんはモナカの所のよ、一旦戻るのよ」
タイムは一瞬顔をほころばせるも、直ぐに頭を振って喜びを振り払った。
手を固く握り、少し下を向き、顔を強ばらせた。
「戻らない」
それがタイムの決断だった。
「どうしてなのよ?」
「だって、せっかく時子さんと二人っきりにしてあげたのに、タイムが戻ったら意味ないもの」
「母さんが居るのよ、二人っきりじゃないのよ」
「それはそうかもだけど」
本当は今すぐにでも戻りたい。
モナカと一緒に居たい。
その気持ちを押し殺してでも、モナカと時子を二人っきりにしなければならない。
そんな使命感を持っていた。
それに今はエイルとの共同開発が優先事項である。
それを放っていくことはできない。
だが、一緒に居たいという気持ちを、最も理解してくれている者たちが居る。
「行ってくるでありんす」
それはタイム自身だ。
サムライタイムがタイムの背中を叩く。
「え?」
「ここはタイムたちに任せるにゃ」
「そうだわん。行ってくるわん」
ヌッコタイムとイッヌタイムが、エイルの端末の中から声を掛ける。
「でも……」
「問題ないぞ。1スレッドくらい居なくても、なんとかなる」
先日行った|携帯《モナカと融合したスマホ》のアップグレードでCPUの論理コアが8個になった。
だから現在タイムは8人にまで分かれることができる。
8スレッド居るのだから1スレッド人くらい居なくても問題ないと、武闘家タイムが言う。
「行ってください。マスターが心配なのは、みんな同じです」
最弱も後に続く。
「タイムでいいの?」
「なに言ってるんだよ」「だよー」
双子の魔法少女タイム・ライムも後押しをする。
「一応タイムが主人格だろ」「だろー」
「……うん」
「だったら行ってこい!」「こーい!」
「じゃあ、ちょっと行ってくる。あ、でもすぐ戻ってくるね」
「なにを言うでありんす」
「マスターと一緒に戻って来るにゃ!」
「え、でも時子さんの邪魔になっちゃう」
「いいじゃないですか。マスターがタイムに会いたがっているのですから。それだけで十分な理由になります」
「でも」
「怖いのは分かってるわん」
「それはタイムたちも一緒だよ」「だよー」
トレイシーさんの勘違いで、本当はタイムなんて必要としていない。
或いはタイムが時子で上書きされている……
そういった可能性が0ではないからだ。
そうなっている2人と共に過ごすには勇気が要る。
「……まさかだからタイムに行かせようとしてない?」
「そんなことはないでありんす」
「そうだ! 我ら四天王に怖いものなど無い!」
「え? タイムは怖いよ」
「最弱は黙ってるにゃ!」
「ひうっ」
怖いのはみんな一緒。
ならば、タイムがやるしかない。
そう決意した。
「分かったよ。マスターと帰ってくる」
「それでこそ、主人格である」
「こんなときばっかり持ち上げてさー」
「普段からそれで美味しい思いをしていたのは誰だったわん?」
「はいはいタイムですー。分かったから、もう行くよ」
「マスターに宜しくな」「なー」
「うん、行ってきます」
「「「行ってらっしゃい」」」「しゃーい」
タイムはエイルの身分証に入り込むと、モナカの元へと急いだ。
たった半日しか離れていないというのに、タイムは緊張していた。
そしてモナカの携帯に到着する。
「マスター、ただい――」
「好き! 好きだよ大好きっ!」
恐れていたことが、目の前で起こっていた。
「! やっぱりマスターは時子さんのことが好きだったんだ」
来なければよかったと、少しだけ後悔する。
「ちょっ、タイム?! なんでここに居るの??」
「トレイシーさんがエイルさんに連絡してくれたんだよ」
「トレイシーさんが?」
いつの間に?!
全然気づかなかったぞ。
「ごめんなさいね。タイムちゃんに会えなくてモナカさんが寂しがっているって、エイルさんにお話ししたの」
「だから戻ってきたのに。タイムなんて要らないじゃない」
「だからそれは」
「じゃあ時子さんのこと好きじゃないの? 嫌いなの?」
「タイムもその二択なのかよっ」
「ね! 好きなの、嫌いなの?」
好きか嫌いかで聞かれたら、好きって答えるしかないじゃないか。
なにこの拷問。
「それは……その。好き、だ、よ?」
「やっぱりタイムなんて要らないじゃない!」
「だからなんでそうなるんだよ!」
「もういい! タイム、時子さんと話があるの」
「え、時子と?」
「トレイシーさん、エイルさんの部屋を開けてもらえますか?」
「ふふっ、修羅場ね」
「トレイシーさん?!」
もしかして、トレイシーさん楽しんでる?
すっごいニコニコして、1歩離れた場所から見守っている感じだ。
「いいわよー。エイルさんが居ないのは残念ですけど」
エイルまで参戦させたいのかっ。
エイルが参戦するとも思えないけどな。
検体として利用できなくなる訳じゃないもの。
むしろ時子さんが手に入って、もう用済みなのではないだろうか。
「おばさんは恋する女の子の、味・方・よ」
「なに言っているんですかっ!」
「マスターはここで待っててください」
「ちょっ待てよ。そもそもタイムは俺と離れられないんだろ」
「ご心配なく。時子さんの携帯があれば、繋がっていられますからっ」
「あ、はい」
そうか。
エイルの身分証だけではなく、時子さんの携帯やアニカの身分証でも出張ができるようになったんだった。
「時子さん、いいよね」
「う、うん」
タイムを先頭に3人は食堂を出て行き、1人残されてしまった。
時子さんゴメン。
体育館裏に呼び出されてしまった時子
一体どうなってしまうのでしょう
次回はタイムと時子の修羅場……は一端置いておいて、モナカとトレイシーさんです




