第35話 モナカの扱い
約40分のお散歩をしている。
日も大分傾いてきている。
冬場は日が短いから、暮れるのも早い。
2人の繋がった影が、地面に長く伸びる。
「空が真っ赤だね」
「日が暮れるの、早くなったからな」
「そうなんだ。時子は来て間もないから、分かんないや」
「まだまた短くなるよ」
「そっか。ゆうやーけこやけーの、赤とーんーぼー」
「いや、この辺でトンボを見かけたことないし」
「もう! こういうのは雰囲気が大事なんだよ。ほら、モナカくんも」
「え、俺も?!」
知っていて当然といわんばかりに、一緒に歌おうと誘ってくる。
だけどなんの歌なのか、歌詞も知らない。
そう思ったのだが……
「負われーて見たのーはー、いつのー日ーかー」
知らないはずなのに、頭に歌詞が浮かんでくる。
「「やーまーの畑ーの……」」
誰に教わったのかは覚えていない。
でも歌は覚えている。
そうだ、夕方になるとよく歌っていたような気がする。
子供の頃、親と歌いながら家路にでもついていたのだろうか。
歌い始めた俺の顔を、時子さんが覗き込んで微笑む。
そして時子さんは足を大きく蹴り上げて、しかし歩幅は小さく歩き出した。
手を大きく振りながら、のんびりと童謡を歌いながら、夕日を眺めながら、家路を行く。
「モナカくんも知ってるんだね」
「なんとなく覚えてた」
「なんとなくなんだ」
「覚えてたのは歌だけだからね」
「歌だけ?」
「そう、歌だけ。他はなぁんも、覚えてないっ!」
「あ……ごめんなさい」
俺の記憶のことを思い出したのか、時子さんがバツが悪そうな顔をする。
「気にしないで。思い出はこれから作ればいいんだから。今時子さんと歌ったことも、思い出になるからね」
「あはは、そっか。そうだね。タイムちゃんとは歌ってないの?」
「タイムと? あー、ないな。そもそもタイムが知っているかどうか分からないし。タイムが歌うことはあるけど、日本語じゃないからなんて歌っているのか分からないんだ」
「そうなんだ」
「でも凄く幻想的で、耳が幸せになるから好きだよ」
「へぇー、時子も聞いてみたいな」
歌いながらノンビリ歩いていたら、ナビの予想時間を越えてしまった。
日はすっかり沈み、時子さんの〝light〟で明かりを点けていた。
フブキを連れて戻るだけなのに、凄く時間が掛かった気がする。
フブキを連れていくのだから、トレイシーさんに話をしておかなければまずいだろう。
と思ったのだが、どうやら丁度フブキの散歩に出ているらしい。
真っ暗な中、トレイシーさんとフブキの帰りを待つことになった。
そんなとき、エイルから着信が来た。
なんだろう?
「なんだエイル、なにか用か?」
「〝なにか用か〟じゃないのよ。いつまで掛かってるのよ」
「悪い、バス停を1つ乗り過ごしたんだ」
「なにやってんのよ。今何処に居るのよ」
「今家だよ。トレイシーさんがフブキの散歩に出てて居ないみたいなんだ」
「……ちょっと待つのよ」
携帯越しに向こうの会話が聞こえてくる。
小さくてよく聞き取れないな。
エイルと、レイモンドさんかな。
「エイルさん、なんだって?」
「ん? 遅いって言われた」
「あはは」
「モナカ」
「おう」
「今日はもうこっちに戻ってこなくていいのよ」
「はあ?!」
「明日の朝こっちに来るのよ」
「明日ぁ?! なんでだよっ!」
「もう遅いのよ。出発は明日になったのよ。こっちにフブキの泊まれるホテルはないのよ」
「あ……そっか」
「母さんには話しておくのよ」
「分かった、ありがとう。それで朝何時に何処……切りやがった。ま、タイムに聞けばいいか」
なんてこった。
サッと帰ってフブキを連れてサッと戻るつもりが、1泊することになってしまった。
「はぁー……」
「エイルさん、なんだって?」
「……今日は家で寝ることになった」
「え、どういうこと?」
「もう遅いから、出発は明日だってさ。で、フブキが泊まれるホテルがないから、こっちで寝ろって」
「そう……なんだ」
暫くすると、フブキが散歩から帰ってきた。
「フブキー! おかえりー」
「モナカさん、トキコさん、お帰りなさい」
「おう、ただいまっ」
「ただいま」
「話はエイルさんから聞きましたよ」
「そっか。そうなんだよー、フブキも一緒に行くことになったんだー。だから、明日一緒に行こうなー」
「わうっ!」
(あー。モナカくん、またフブキちゃんと2人の世界に入っちゃった。トレイシーさんでもあの中には入れないのね)
「それでね、お夕飯の支度がまだなのよ。少し待っててもらえないかしら」
「おー、フブキは偉いなー。トレイシーさんのお手伝いをするのかー」
「わうぅう」
「え、違うのか?」
「トキコさん、はい。渡してあげて」
「え? あ、はい」
(トレイシーさんから手綱を渡されちゃった。なんで時子に?)
「ほら、モナカくん。フブキちゃん繋いでこよう」
「あ、時子さん。そうだね」
時子さんから手綱を受け取り、2人で一犬家へ向かう。
ん? なんで時子さんが手綱を?
まいっか。
「フブキ、ご飯はもうちょっと待っててなー」
「わふっ!」
フブキを繋いで時子さんと玄関に向かう。
向かう途中でトレイシーさんに会った。
「あ、トレイシーさん、ただいま」
「え? た、ただいま……?」
「はい、2人ともお帰りなさい。ご飯はこれから作るから、少し待っていてくださいね」
「はい、分かりました。……ん? 時子さん、どうかした?」
なんか、凄く困惑した顔をしているぞ。
なにかあったのか?
「トレイシーさんも、慣れたものですね」
「ふふっ、モナカさんがここに来て、1年が経ちますからね」
「なにが慣れているんだ?」
「モナカくんの扱い方」
「へ?」
俺の扱い方?
「ふふっ。なんでもないんですよ」
いや、凄く気になるんですけど。
なんでもないってことは、ないですよね。
「時子も支度、手伝います」
「あらありがとう。それじゃ、材料を切ってもらおうかしら」
「はい、任せてください」
「あ、じゃあ俺は……」
「モナカくんは、適当にしてて」
「そう? すること――」
「無いから」
「あ、はい」
「ふふっ、トキコさんはモナカくんに手料理を食べてもらいたいんですよ」
「そんなんじゃありませんっ!」
「分かってるよ。作ってくれるのは今日が初めてって訳でもないし。なにもそんな全力で否定しなくても……」
「あは、ははは」
「赤とんぼ」は著作権フリーの童謡です
童謡って全部じゃないとは思うけど、著作権フリーだよね
なので、時子は童謡を歌います
次回はモナカが暇潰しします




