第34話 バスパニック
「まずいぞ。ボタンが押せない」
「えっ。……ホントだ。反応しないね」
「誰かが押さないと、降りられないぞ」
乗っている客自体が少ないのもあって、誰かが押すような気配はない。
「どうするの? 誰かに頼む?」
「それも1つの手だけど、混んでいて手が届かないとかならともかく、この状況で頼むのは……」
「そうだね、不自然だよね。でも、このままじゃ降りられないよ」
うーん、なにかいい手はないものだろうか。
エイルが居れば、なにも困るようなことはない場面。
でも今はエイルが居ない。
すっかり忘れていたが、俺はエイルが居ないとダメだということを、改めて思い知った。
魔力があれば……魔力?
「あ! そうだ。時子さん、携帯魔法だよ」
「え、携帯?」
「ほら、以前扉を開けたことあるでしょ」
「うん、でもすぐ閉まっちゃったよ」
「一回押せればいいんだから、構わないよ」
「あ、そっか。……で、どうするの?」
どうする……どうする?
魔法に魔力が含まれているんだから、なんでもいいような。
いや、攻撃魔法とか補助魔法とかはアレだし。
明かり魔法?
んー、そういうのは不自然だよな。
不自然にならないもの……
「〝push〟とか?」
「〝プッシュ〟? ……えっと、〝押す〟だっけ」
「え、〝押す〟って魔法になるの?」
「それを言ったら〝プッシュ〟も英語なだけで、同じじゃない?」
「そうだね」
考えてみれば、英語名の魔法も、直訳してみると結構間抜けな感じがする。
かっこよくしようとすると、厨二病になる可能性が高い。
「じゃあ、〝押す〟を使うよ」
「あ、まって。日本語で考えてみると、〝押す〟はダメなんじゃないかな」
「どうして?」
「押しボタンじゃないからだよ。それを押すってことは……どうなるか分からないよ」
「じゃあ、〝触る〟とか?」
「〝触る〟……〝touch〟か。……いいような気がする」
「じゃあ使うよ。[触る]っと。照準でボタンに狙いを付けて……えいっ!」
「次は、マゴニ8丁目、マゴニ8丁目」
「あ……」
次の停車場所を告げるアナウンスが流れてきた。
どうやら遅かったようだ。
目的のバス停を通り越してしまった。
「わっ、モナカくんモナカくん!」
「ん? どうかし、うわっ」
携帯から人間の手が生えてきた。
勿論、例に漏れずドット絵の手だ。
え、なんで手が生えてきたの?
そう思っていると、生えてきた手がボタンに触った。
なるほど、確かに〝触る〟だな
ボタンが光ると同時に、チャイムが鳴った。
「次、止まります」
「やったあ! ボタン押せたよ」
「あ、ああ」
時子さんが〝やったあ〟と喜んでいるが、携帯から生えている手がボタンを触っている光景はシュールだ。
「ねえモナカくん。この手、消えるよね?」
もう役目は終えたのに、まだ手がボタンを触り続けている。
いや、触るというより、あれは撫で回している?
「携帯を閉じれば消えるんじゃないか」
時子さんが携帯を閉じると、生えてきた手も消えた。
「あーよかった。このままだったらどうしようかと思った」
「あはは。手の生えた携帯か。使いにくそうだね」
「そういう問題じゃないよっ」
バスが停留所に停まり、扉が開く。
料金を支払ってバスを降りる。
とはいえ、本来降りるはずだったバス停は1つ手前だ。
そしてここのバス停で降りたのは初めてだ。
更に言うならば、「ここ何処?」だ。
「何処だろうね」
少なくとも、散歩で通らないことは確かだ。
「えっと……世界地図で確認してみようか」
「バス停1つ分なのに、世界地図を見るの?」
「あはは、そうだよねー。普通そう思うよねー」
ゲームだと当たり前のように世界地図を見て移動するけど、ここは現実世界。
縮尺率で考えたら、目と鼻の先の距離を世界地図で見る。
そんな奴いるだろうか。
ふっふっふー、ここに居るんだな。
「名前こそ世界地図だけど、実際には地方地図みたいなものだよ。ほら」
と言って地図を……あ、そうか。
タイムが居ないから、俺がアプリを操作しないといけないのか。
えっと、スマホで世界地図を起動させる。
すると現在地が表示されるから、これを幻燈機で表示させ……させ……どうやるんだ?
あれ?!
もしかして俺、まともに携帯アプリ使えてなくない?
とりあえず、アプリの使い方は後回しだ。
別に幻燈機で空中に投映させなくても、スマホの画面を見せれば済むことだ。
だから携帯の画面を時子さんに見せようとしたんだ。
そしたら……
『マスター、先に幻燈機を起動させるんだよ』
『え、タイム?』
『後は携帯じゃなくて、幻燈機から操作すれば大丈夫』
『あ、ああ。分かった』
いきなり視界の端に居た〝出張中〟の看板を持ったタイムのアイコンが、看板を引っ込めたかと思うと、言うだけ言って再び〝出張中〟の看板を取り出して掲げた。
え? なに今の。
『タイム?』
しかし返事は返ってこなかった。
それだけを言いに来たの?
というか、なんでピンポイントにそれが分かった?
なにを考えているのか分からないが、とにかく言うとおりにしておくか。
ホームに戻ってアプリ一覧から幻燈機を起動する。
投映された携帯の画面から今度は世界地図を起動する。
「ほら、これがこの辺の地図だよ。で、今ここに居るでしょ。で、うちが……」
自宅アイコンをタップすると、エイルの家に印が付いた。
「ここだね。やっぱりちょっと距離があるみたい」
「どのくらい?」
現在地から自宅までのルートを検索する。
「えっと、徒歩で38分くらいかな」
「結構あるね」
「えっと、バスで1つ戻って歩くと……待ち時間も合わせて30分だね」
「……歩こっか」
「そうだね」
ナビを開始させると、無機質な機械音声で案内が始まった。
普段ならタイムに一言言えば、すぐに結果となって現れる。
下手をすれば、言う前に結果が出ていることも少なくない。
今回は1から10まで自分で操作しなければならない。
しかも細かいやり方は分からないときた。
だから普段ならルートなんてARで分かりやすく表示されるのに、今回は普通に携帯の画面に表示されている。
それを幻燈機で時子さんと共有している。
一応音声案内で地図は見なくとも辿り着けるだろう。
のんびりとフブキの待つ家へ、時子さんと手を繋いで歩いた。
なんとかバスを降りることが出来ました。
次回、時子が歌います




