第30話 バスに乗って
約束の期日の前日、例の案内人に連絡を取ることにした。
「今からなのよ?! ……分かったのよ。何処に行けばいいのよ? ……分かったのよ」
どうやら明日を待たずして、今から行くことになったようだ。
支度は終わっているから、荷物を持って出掛けるだけだからいいけど。
「行ってくるのよ」
「「「行ってきます」」」
「無理はしないでくださいね」
「分かってるのよ。うちはちゃんと帰ってくるのよ」
トレイシーさんの元へ必ず帰る。
だから、エイルが暴走しないように、しっかり見張っていないとな。
「……なんなのよ」
「いや、なんでもないよ。エイル、ちゃんと帰ってくるぞ」
「言われなくのよ、分かってるのよ」
そして俺は、もう1人別れを告げなければならないものの前に来た。
「ゴメンな。暫く留守にすることになったよ」
「わう」
「でもな、ちゃんと帰ってくるから。それまでトレイシーさんを守ってくれよ」
「わふっ!」
俺たちはバスに乗って待ち合わせ場所まで移動した。
木製の温かみのある車体だ。
「わっ、凄い。このバス木製だ」
「鉄製品がほぼ無いからね」
「そうなの?」
「俺たちと同じで、魔力を通しにくいんだってさ」
「へー」
「面白いよね。電気が通りやすいものは魔力を通しにくくて、電気が通りにくいものは魔力を通しやすいんだよ」
「そうなんだ。でもミスリルは?」
「あ、やっぱそう思うよね。エイルが言うには、〝物語は物語なのよ。現実は違うのよ〟だってさ」
「あはは、似てる似てる」
「バカモナカっ!」
バスに乗り込むときに、携帯を読み取り機にタッチさせる。
降りるときにも同様にタッチすれば、運賃が自動的に支払われる仕組みになっている。
「時子さん、携帯をこれにタッチさせて」
「これに? えっと、こう?」
時子さんが携帯を読み取り機にタッチさせると、読み取り音が鳴った。
狩猟協会の人以上に様々な身分証を見てきたであろう運転手までが、俺と時子さんの携帯を物珍しそうに見ていた。
材質自体が違うからな。
「へー、こっちでも乗り物乗るときは同じなんだね」
「こっちだと屋台から高級レストランまで、全部タッチ決済なんだ」
「そういえば、お金って見たことないね」
「そういうのはずっと前に廃止されたんだってさ」
造幣局がない、というのが理由らしい。
元々あった造幣局が結界の外だから、その技術が失われたから作れない。
資源の乏しい結界の中では、原材料自体も希少で、普及させられるだけの量が採れないというのもある。
だから現金ではなく、魔術通貨・ポウトを普及させたという。
元の世界でいう、電子マネーというヤツだ。
エイルとアニカも身分証をタッチさせる。
座席は2人掛けなので、俺と時子さん、エイルとアニカで座ることになった。
タイムが隣に座ると言い出すかと思ったのだが、今日も大人しい。
ま、隣に座るには大きくならないと無理だからな。
時子さんに対する態度が変わっても、そこだけは頑ななんだよね。
最近では定番となった、時子さんとは逆側の肩に座って、足をプラプラさせている。
「マスター」
「ん?」
「手を繋がないとダメだよ」
「あ、ああ。時子さん、いいかな?」
「あはは、聞かなくてもいいよ。はい」
なんだろう。
慣れたつもりでも、隣り合わせで座りながら手を繋ぐのは、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「なあ、そんなにしょっちゅう充電していないとダメなのか?」
「当たり前だよ。アップグレードして消費電力も増えたんだから尚更だよ!」
「……今どのくらいなんだ?」
「満タンになってないよ」
「いや、そうでなくてだな」
最近はいつもこうだ。
〝満タンになってないよ〟とか〝手を繋がなきゃダメ〟とか〝消費電力が増えた〟とか、なにかと充填し続けさせられている。
俺にはバッテリーの残量が分からない。
タイムがそう言う以上、時子さんには申し訳ないが、付き合ってもらうしかない。
「なんか、静かだね」
「エンジンみたいにガソリンを燃やして動いているわけじゃないからね。俺たちの感覚でいうなら、電気自動車みたいなものだよ」
「へー、電気で動いてるんだ」
「いやいや、電気じゃなくて魔力だよ」
「そうなの? じゃあ魔力自動車だ」
「あー、そうだね」
石油というものが、この世界には無い。
だからガソリンはない。
燃料を燃やして動くエンジンもない。
誤解を恐れずに言えば、魔力でタイヤを直接回転させているらしい。
「木製だから、馬車みたいにガタガタ揺れるのかと思った」
バスの揺れはあまり感じられず、シートも座り心地がいい。
「時子さんは馬車に乗ったことがあるの?」
「ないけど、お尻が痛くなるのは異世界の定番かなって」
「あはは、そうだね。車輪は木製だけど、柔らかいんだよ」
「硬くないの?」
「そういう加工がしてあるんだ。ゴムタイヤみたいな感触だったよ」
「加工……してゴムみたいになるものなの?」
「ま、俺たちの世界の常識とは違うってことだ。それに天然ゴムは樹液が原料でしょ。木そのものが原料だと思えばいい」
「常識……ってなんだろう」
「所変われば品変わるっていうからね。そもそも魔力世界だし」
「うーん……」
と、以前エイルに教えてもらったことを話した。
すると後ろの席から、エイルが鼻で笑うのが聞こえた。
知ってる知識を人に話したくなるのは、仕方が無いだろっ。
次回は新キャラ登場です




