第3話 狩りに出掛けよう
何故だろう。
ただ講義を聴いていただけなのに、もの凄く疲れたような気がする。
去年は子だったから、大したことはなかった。
でも今年は親だ。
その分、講義量も多かったし、責任も出てくる。
……が、絶対それ以上に講師とタイムのやりとりに疲れたのはあるだろう。
いや、それが原因と言っても過言ではない。
去年のエイルは、ここまで疲れていたようには見えなかった。
「遅かったのよ。どうかしたのよ?」
「大したことじゃない。気にするな」
一旦家に帰り、お昼ご飯を食べる。
少し食休みをしたら、試し狩りに出発だ。
今回の目的は鉱石を集めることではない。
時子さんが狩りに慣れることだ。
最初、アニカが召喚してしまった責任から、時子さんを養うと言っていた。
しかし時子さんが「先輩なら自分の分くらい、自分で稼ぐわ。それに、養われるなら、先輩がいいよ」と断った。
試し狩りへ出掛ける前に、狩りがし易い格好に着替える。
エイルはいつも通り、作業着姿だ。
俺はタイムが用意してくれた迷彩服に着替える。
アニカは長袖はいつも通りなのだが、最近長めのキュロットスカートを履くようになった。
どういった心境の変化だろう。
そして時子さんはセーラー服を脱ぎ、学校指定の体操着姿になっていた。
「色気が足りないのよ」
「いや、要らないだろ」
「なに言ってるのよ。必要なのよ」
「なんでだよっ」
「……うちと時子の秘密なのよ」
「はあ?」
なにそれ。
「エイルさん、そんな秘密ありましたっけ?」
「忘れたのよ? モナカを落とすのよ、色仕掛けが必要なのよ」
「なんでモナカくんを落とす必要があるんですか?」
「先輩をタイムちゃんに取られてもいいのよ?」
「ああ、そういうことですか。はぁ……」
「後で時子用の服を用意するのよ」
「……エイルさんに任せたら、とんでもないものを着させられそうで怖いな、はは」
「どうした2人供。行くぞ」
移動手段はいつもと変わらない。
エイルとアニカがバイクに乗り、俺と時子さんがフブキに乗る。
俺が前に乗り、時子さんが後ろからしがみつく形だ。
「これなら充電をしながらのよ、移動できるのよ」
確かにそうなのだが……
背中の感触に慣れる日は来るのだろうか。
時子さんはその辺を気にせず押しつけてくる。
無自覚なのかは分からないが、またタイムの機嫌が悪くなってしまった。
だからなのか、実体化せず、いつものように俺の前に乗っている。
確かにARなら、俺は触れるけど時子さんは触ることも見ることもできない。
そこまでやるか、とも思う。
前門の虎後門の狼というやつだろうか。
※違います。
『なあタイム』
『……』
『タイムってば』
『時子に胸を押しつけられてデレデレしてるマスターが、ペタンコのタイムになにか用ですか?』
『う゛……あのなあ』
『いいじゃないですかっ。どうせ男の子なんて無いよりある方がいいんでしょっ。マスターもアニカさんの時にそう言ってたじゃないですかっ』
『はあ?』
もう訳分からん。
やっぱりタイムは時子さんが絡むと、不機嫌全開だ。
今後もこれが加速するとなると、やりにくくて仕方がない。
なにか良い案でも浮かべば良いのだが、何一つ思い浮かばない。
今まではなにもしなくても、タイムの方がぐいぐい来てくれたからだ。
でも今はなにもしていないはずなのに、タイムがプリプリしてしまうのだ。
時子さんとの接し方だって、必要以上のことはしていないはずだ。
確かに肉体的接触を伴っているのが、一番の原因なのだろう。
だがここは最低限に抑えているはずだし、そもそもそれを言うならエイルの方がもっと直接的だった。
少なくとも時子さんとは全裸でくっつき合うなんて事にはならない。
だからこそ、余計分からなくなっているのだ。
女心と秋の空……だっけか。
もうじき冬を迎えるというのに、厄介なことだ。
などと考えていると、いつもの山へ到着した。
いつものように、フブキに鞄を取り付けていく。
普段ならタイムが手伝ってくれるのだが、時子さんが居るから小さくなっている。
肩に乗って時子さんに睨みを利かせることに夢中だ。
タイムありきでずっと付けていたから、普段より手間取っている。
エイルはこれをずっと1人で手早く付けていたのだから、感心してしまう。
俺も1人で付けるように訓練してくればよかったのだろうか。
そんなとき、ふと人影が目に入った。
「ああタイム、そっち押さえててくれ」
「ん、これを押さえればいいの?」
「ああ」
「分かった」
「マスター! タイムはこっちですっ」
「へ?」
顔を上げて人影を確認すると、時子さんだった。
「あ、ごめん。間違えた」
幾ら顔が似ているからとはいえ、間違えるのはダメだ。
「あはは、別にいいよー。手伝うから」
「よくないよっ。タイムが手伝うのっ!」
そう言って時子さんを追い払うと、タイムが代わりに押さえた。
しかし身長が低くて押さえるというよりは、ぶら下がっているに過ぎない。
その上体重も軽い為、うまく押さえられない。
「タイム、無理しなくていいんだぞ」
「ちっちゃいから軽いだけだもん。あ、そうだ。体重の重みがあったんだ」
そう言うと、アプリで自重を増やして、足りない重さを足した……のだが。
「わぐぅ」
増やしすぎた為、フブキが支えきれる重さを超えてしまい、フブキが潰れてしまった。
「「フブキ!」」
「フブキさん!」
「フブキちゃん!」
「あ痛たたた……」
「タイム! なにやってるんだよっ」
「え、マスター?」
「マスターじゃない! フブキが怪我をしたらどうするんだっ」
「だって、タイムはマスターの――」
「だってじゃない! 大体なんなんだよ、最近のタイムはおかしいぞ」
あ、やばい。変なスイッチ入っちゃった。
「いつもはもっと協力的だったのに、最近は邪魔して――」
ちょっとため込みすぎたのか、止まりそうにない。
「――前は笑ってる顔が多かったのに――」
違う、こんなことを言いたいんじゃない。
「――エイルやアニカは平気なのに――」
でも、これも俺が思っていることに違いはない。
「――それの何処が不満なんだよ――」
止めてくれ。
こんなことを言っても、なにも解決はしない。
「――そもそもなんでそんなに時子さんに辛くあたるんだっ――」
ただ俺は、2人に仲良くして欲しいだけなのに。
「――協力していかなきゃダメだろ――」
タイムだって分かっているはずだ。
こんな言い方じゃダメなのに、言葉が止まらない。
「――そんなタイム、俺は嫌――」
「モナカ! いい加減にするのよっ」
やっと止まった。
一体、俺は今なにを言ったんだ?
全然思い出せない。
ただ感情にまかせてタイムに当たり散らしただけだ。
本当なら、タイムのマスターとして、きちんとしなければいけないことなのに。
そしてこれだけは分かる。
エイルのお陰で、絶対に言ってはいけない言葉を、言い切らずに済んだのだ。
「タイム、ごめん。言い過ぎた」
「マスターの……マスターの、バカっー!」
そう言い残して、タイムは山へ走り去ってしまった。
「あ、タイム!」
「タイムちゃん!」
「エイル、悪い。後は任せた」
そう言い残して、俺はタイムを追いかけて山へ走り出した。
次回はタイムの心境が変化します
変化しすぎだろうか……