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第234話 戦略的撤退

2022/04/17

第231話~第233話は非公開になりました


 タイムが空を睨んだまま動かなくなった。

 こうなると、サポートは期待できないぞ。

 というか、拒絶された今、まだサポートしてもらえるのかさえ怪しい。

 時子は既に戦意喪失している。

 座り込んで動かない。

 これでは格好の的だ。

 今のところお兄さんは焼け残った自分の身体だったものを食べることに夢中で、こっちには興味無いのが幸いだ。

 食べ終わる前に、タイムだけでも復帰してくれるといいんだけど……


「どうかしたのかね」

「分からない。〝先輩〟って言った後、こんな風になっちまって……」

「ふむ、僕は覚えているよ。トキコ君の探し人だったね。ナームコ君のお兄さんがそうなのかい?」

「違うと思うぞ。ナームコと俺たちは居た世界が違うからな」

「そうなのかい、僕としてはどうでもいいことだが。タイム君は何故動かないのかな」

「多分俺を転生させたヤツの関係者と話しているんだろう」


 なんの話をしているのかは、さっぱり分からないけどな。

 〝どういうことなのよ〟と言っていたけど、まさか今の状況に関係があるのか?


「今かい? 僕は疑問に思うよ」

「他に考えられない」

「ふむ、僕は撤退を提案するのだよ」

「撤退?!」


 討伐を目の前にして、逃げるってのか。


「そうだ、僕が思うに、キミたちの部隊は崩壊した。アニカ君とエイル君は毒素に当てられ、魔物の叫び声で精神を削られ、動けない。モナカくんは斬り刻むことはできても、燃やすことはできない。唯一の火力は動けなくなった。防御の(かなめ)も止まったまま。それにキミには戦えるだけの時間が残されていないのだろう?」


 バッテリーのこともバレているのか。

 さすがだな。


「逃げるしかないのだよ」

「逃げる……」

「やはり、僕の予想どおり、キミたちには早かったのだよ。技量も覚悟も。殿(しんがり)は僕の勤めだ。君たちは馬車でゲートまで戻りたまえ」

「レイモンドはどうやって戻るんだ?」

「いつもどおり、僕は帰還用の魔法道具(マジックツール)で帰るのさ。1人用だから、僕はいつもソロなのさ」


 なるほど。

 そんな便利な魔法杖(マジックワンド)があるのか。

 それならソロなのも頷ける。


「客車はフブキ君に牽いてもらいなさい。荷車は置いていくんだ」

「無理だ。フブキも気を失っているんだぞ」

「これを食べさせたまえ、僕のとっておきだ」


 ポイッと小さな粒を投げてよこした。

 これは……木の実か?


「サツカの実だ。気付けになる」

「分かった。ナームコ、悪いが時子を馬車の中に運んでくれ」

「存じたのでございます」


 さて、後はタイムが戻ってくれば……などとノンビリもしていられないか。


「タイム。タイムっ」


 ダメだ。

 返事がない。

 なにをそんなに話し込んでいるんだ?

 強引にでも起こすか。


「むぐっ……! ……ぷはっ。マスター?! なにしてるの!」

「ん? 眠り姫を起こすには、王子様の目覚めのキスが必要なんだろ?」

「そういうことは、時子にしてあげなよっ。タイムにすることじゃないよっ」

「っはは。それは先輩との決着がついたらな」

「あ……決着なら、さっきついたよ」

「え?」

「なんでもない」


 さっきついた?

 どういう意味だ。


「えっと……え? レイモンドさんを置いて逃げるの?」

「そうだ」


 あっちに集中していた割には、理解が早いな。


「マスターが刻んで、レイモンドさんがとどめを刺せばいいんじゃない?」

「っはは、僕の今の火力では、あれは燃やせないのだよ」

「だったら、タイムが殿(しんがり)をするよっ」

「これはね、僕の役目なんだ。キミたちを無事に結界の中まで帰還させる。勿論(もちろん)、タイム君もその中の1人だ。例外は認めないよ。それに、これは予言者が予言したことでもある。だから変更はできない。それにキミたちが居なければ、僕は本気を出して戦える。言っただろう。僕はソロプレイヤーなんだ」

「タイム、フブキを馬車に繋ぐぞ。手伝ってくれ」


 フブキの口を開け、サツカの実を放り込む。


「マスター、いいの? レイモンドさんを置いてっちゃうの?」

「俺たちはここだと素人だ」

「ぎゃうっ!」

「言うことを聞いたああっフブキ! 大丈夫か」


 出来ることなら置いて逃げるなんてしたくない。

 でも、今まで何度も生きて戻ってきたレイモンドさんが撤退を決めたんだ。

 それに逆らったら、きっと全滅してしまう。


「レイモンドさん、死んじゃうよっ」

「っはは、僕はそんなに弱くないよ。キミたちの前で真の力を解放できないのは残念だけれど。伊達にこの年まで1人生き延びていないのだよ。なぁに、また生き延びてやるさ」

「でも、初めて見る魔物なんでしょ」

「問題ない、僕はいつだって乗り越えてきた。初めて見る魔物なんて、これが初めてじゃないのだよ」

「わたくしも残るのでございます。お兄様の最期を見届けるのでございます。それにあれはわたくしの世界では珍しくもない変異体なのでございます。きっとお役に立つと存じるのでございます」


 言われてみれば、そのとおりだな。

 だからって置いて行けるかよ。


「ナームコが残るなら俺も残る。可愛くない妹を置いて逃げる兄が、何処に居る!」

「兄様?!」

「いいや、僕の指示には従ってもらうよ。ナームコ君も馬車で一緒に帰るんだ。兄殺しなんて、させられない。キミは兄様と一緒に逃げるのだ。そして中央省に行きなさい。モナカくん、頼んだよ」


 ま、そうなるよな。

 分かっていたさ。


「ああ、分かった」

「マスター、ホントに置いてくの?」

「悪いな。俺はレイモンドより時子の方が大事なんだ」


 あんな状態の時子を、こんなところに長居させたくない。


「タイムだってそうだろ」

「それは……」

「っはは、僕のことは気にしなくていい。タイム君の優しさは、胸に刻んでおくよ。哀れんでくれるのならば、僕を抱き締めてくれるかい?」


 タイムは、躊躇(ためら)うこと無くレイモンドを抱き締めた。


「生きて、帰ってきて、ください」


 その頬は、うっすらと濡れていた。


「もちろんだとも、僕はむしろキミたちの方が心配だ。途中で原初に出会わないことを願っているよ。出会っても、迂回して逃げるのだよ。分かったね」

「はい」


 俺とタイムは御者台に乗り、ナームコは馬車の中に入った。

 ナース(タイム)は時子の側についてもらっている。


「フブキ、行くぞ」

「わふんっ」

「タイム、ドローン(トンボ)は飛ばしておけよ」

「うん。いざとなったら、身分証から行くよ」

「接続できるのか?」

「ふふっ、細工済みだよ」


 なんか、タイムがだんだんエイルじみてきた気がする。


「レイモンド! 頼んだぞ。待っているからな」

「安心したまえ、僕だってまだ死にたくはない」


 俺たちはレイモンドを残し、ゲートへと急いだ。

戦略的撤退というヤツです

戦力分析としては、正しい判断だと思うけど、どうだろう

次回はレイモンドがバトります

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