第21話 天秤に掛ける
場所を移し、エイルの仕事部屋へ集まる。
部屋の広さ自体は大差ないが、ベッドがない分、幾分広く感じられる。
エイルは壁際にある自分の作業机の椅子に座る。
向かい合わせるように、デイビーさんが座る。
椅子はもう無いので、俺たちは少し離れて立っていた。
「それのよ、結界の外のよ、どういうことなのよ?」
いきなりそこを聞くのかよ。
少しがっつきすぎではないか?
相手に足下を見られるぞ。
普段のエイルからは、想像しづらい姿だな。
「まぁまぁ、慌てないで下さい。まずは、僕の役目からお話ししましょう」
「役目のよ?」
「ええ、中央省はいくつかの部門に分かれております。結界保守、結界外探索」
〝結界外〟という単語が出た途端、エイルが身を乗り出した。
デイビーさんがやんわりと片手を上げ、まぁまぁとエイルに落ち着くよう促した。
動揺しすぎだぞ、エイル。
いったいどうしたんだ。
「魔獣対策や、各都市の調査など、色々ありまして。その中で僕とウィーラーは、〝異世界部門〟に属しております」
〝異世界〟と聞いて、今度はアニカが俺と時子さんの顔をチラ見してきた。
心配なのは分かるが、ここでは逆効果だ。
時子さんが無反応なことに、逆に驚いた。
肝が据わっているのか、分かっていないだけなのか。
ま、後者だろう。
「どうして異世界部門の人のよ、うちに来るのよ?」
「〝どうして〟、ですか。お分かりになりませんか」
「ならないのよ」
「そうですか。ま、いいでしょう。アニカ様は正直者のようですから」
「え?! ボクは転生なんてしていませんよ」
アホアニカ!
お前は喋るなっ。
「おや、そうであられましたか。貴重な情報を、有り難う御座います」
「アニカ」
「なんだい、モナカくん」
「今度フレッドと一緒に寝てやれ」
「え?! どうしてそんなことを言うんだい?」
さて、どうしたものか。
「そういう話のよ、もう終わりにするのよ」
おいおい、そんな簡単に帰していいのか?
結界の外に行ける、願ってもないチャンスじゃなかったのか?
そりゃ、俺と時子さんが異世界人だってことは、秘密にしておきたいけど……
もうバレているも同然だと思うぞ。
「いえいえ、このような話をしに来たわけでは御座いません。気分を害されたのでしたら、お詫び致します」
そう言って立ち上がると、頭を垂れた。
「頭を下げるのよ、猿でもできるのよ」
エイルが嫌みを言うが、デイビーさんは気にするでもなく話を続けた。
「僕が持ってきた話は、貴方方にとある人物と接触した後、その人物を中央省まで連れてきて頂くことです」
「とある人物を連れてくるのよ?」
「僕たちも何度か接触を試みてはいたのですが、中々話し合いに応じて頂けません。ですので、それを貴方方にお頼みしたいのです。お約束通り、5分以内で済ませさせて頂きました」
一礼をし、約束は守ったことを強調したいようだ。
デイビーさんは話し終えると椅子に座り、エイルの返事を待っている。
「話は分かったのよ」
「お受け頂けますか?」
「お断りするのよ」
「理由を伺っても宜しいですか?」
「中央省に無理なものよ、一般人のうちらのよ、余計無理なのよ」
「いえ、恐らく貴方方ならば、少なくとも僕たちよりは話が通じると考えております」
「その根拠はなんなのよ」
「お受け頂けるのならば、お話しいたしましょう」
「……もう一つあるのよ。依頼内容と報酬が釣り合わないのよ」
「と、仰いますと」
「人を連れてくるだけのよ、時子の二ヶ月分の利用料金のよ、高すぎるのよ。危険な臭いしかしないのよ」
「二ヶ月分、なのですか」
「先月分だけのよ、足りないのよ」
「ふむ。ちなみにお幾らかお伺いしても」
「幾らでも構わないのよ。きっちり二ヶ月分のよ、全額支払ってくれるのよ?」
「……そうですね。話を受けて頂けるならば、構わないでしょう。幾ら高額でも、僕の懐は痛みませんからね」
睨み合う2人。
いや、睨んでいるのはエイルだけだ。
デイビーさんはそれを軽く受け流して、見つめ返しているに過ぎない。
エイルもそれが分かっていたのか、睨むのを止めた。
「はぁ……聞くだけなのよ。受ける受けないはその後で決めるのよ」
やはり結界の外へ行けるこのチャンスを手放したくないのだろう。
俺には時子さんを出汁に、それを誤魔化しているように見える。
恐らく、エイルは受けることを選ぶだろう。
問題は、如何に有利な条件を付けることができるかなのだろう。
「有り難う御座います。その前に、1つだけお約束願えますか?」
「今更なんなのよ!」
「受ける、受けないに関わらず、他言無用でお願いします。無論、お母様にも、です」
「……分かったのよ。アニカ」
「なんですか、エイルさん」
「外で精霊と遊んでくるのよ」
なるほど。
無自覚に口の軽いアニカには、話を聞かせないつもりか。
「どうしてですか?」
「どうしてもなのよ」
「いえ、ここに居る貴方方全員でお聞き願えませんか? 無論、妖精様も、です」
タイムは今、姿を現していない。
つまりこれは、姿を現せ、ということなのだろう。
『タイム、出てくるなよ』
『う、うん』
今回は仕事の概要だけでした
次回は異世界とこの世界の関係です




