第13話 ネズミ肉の実食
取り箸をきちんと使いましょう
でないと生肉エキスを加熱せず食べることに……
[解体]に失敗した方のオオネズミは、俺が時子さんを指導している間に、エイルがテキパキと解体を済ませていた。
「今夜は焼き肉にするのよ」
「焼き肉に?」
「焼き肉の準備のよ、時子にもできるのよ」
「まぁそうだな」
汚れてもいいように一枚羽織っていたとはいえ、下の服にまで少し血が染みこんでしまっていた。
それはエイルや時子さんも同じなようだ。
着替えは持ってきていないので、このまま帰るしかなさそうだ。
あまり目立たないとは思うが、血の付いた服装で町中を移動するのは気が引ける。
家に帰り着くと、いの一番でフブキの身体を洗ってあげた。
やっぱり女の子は綺麗にしておかないとね。
俺たちに比べたら、大して汚れてはいない。
だがフブキの真っ白な、それでいて透き通るような蒼い毛並みに赤いシミなんて、似合わなさすぎる。
一犬家の隣で水洗いをして、シャンプーを使って汚れを落とす。
このシャンプーは犬用のもので、めっちゃ泡立って汚れがよく落ちるのだ。
……考えてみると、エイルには「犬用だからモナカでも泡立つのよ」と言われていたが、本当はフブキの魔力のお陰で泡立っていたのではないか?
アニカの身体を洗ったときは、アニカの魔力で泡立っていたのだから。
つまりエイルに誤魔化されていた、と?
今更そんなことが分かっても意味ないか。
泡をよく洗い流した後は、トリートメントを使い、そしてコンディショナーで仕上げをする。
「よーし、今日もフブキは美人さんだなー」
「モナカくん、終わったの?」
「おーフブキ、終わったぞー」
「わうっ」
「じゃ、後でご飯持ってくるから、待ってろよー」
「わふ!」
フブキに別れを告げ、一犬家を離れる。
幾ら愛しのフブキといえども、主従関係はきっちりしなければならない。
俺たち人間が夕飯を食べ終えてから、フブキの番なのだ。
階段を上がって玄関前まで来ると、アニカが扉を開けてくれた。
エイルと時子さんは既にシャワーを済ませていて、トレイシーさんと焼き肉の準備をしてくれている。
「「ただいま」」
「モナカさん、アニカさん、お帰りなさい。先にシャワーに入ってらしてね」
「わかりました」
アニカとのシャワーを済ませ、茶の間に戻ってくると、焼き肉の支度が終わっていた。
中央には鉄板ではなく、石板のホットプレートが置いてある。
肉が山盛りになった皿が、幾つも並べられている。
おそらく部位毎に皿が分けられているのだろう。
各々の席には、ご飯とスープと小皿も配膳されている。
準備万端だ。
プレートは既に熱く熱せられている。
フライパンなどは手で持っているから、魔力を通すのは簡単だ。
ではこういったものはどうするのかというと、原理は簡単。
床やテーブルを通して、魔力が供給されているという。
詠唱銃のような放出系の魔法杖と比べると、とても少ない魔力で動作する。
エアコンなども同じ理屈で動作している。
だから人が居なければ、エアコンは動かない。
しかし、そうやって多少離れていても魔力が通せるのなら、使っていない魔法杖が誤動作しないのかとも思う。
エイルが言うには、きちんと対策されているらしいのだが……
ま、使用者はそれがどんな原理かなんて知らなくても、制作者側に回らない限り、知る必要はない。
ましてや俺は使用者側にすら回れない。
そういうものだという認識で問題ないだろう。
そんなことより、プレートはもう十分に暖まっている。
早速肉を焼いて食べようではないか。
「モナカ、ちょっと待つのよ」
「え、もう十分温まっただろ」
「今日の主役は時子なのよ」
「ああ、そうだったな」
「え、時子?」
「そうだよ。自分で狩っ……てはいないか。でも自分で捌いて、自分で準備したんだろ。後は焼いて食べるだけだ」
「そ、そうなんだけど……」
時子さんの持つ取り箸が、中々肉に伸びない。
まだ決心が付かないのだろうか。
「時子、ここまで来てのよ、食べないのよ?」
「エイルさん、そうやって急かさないの。トキコさん、無理はしなくていいんですよ」
「いえ。だ、大丈夫です」
時子さんは震える取り箸で牛脂ならぬ鼠脂を摘まむと、温まったプレートの上に乗せた。
熱で脂が溶け出すと、プレートにまんべんなく脂を塗っていった。
そしていよいよ本命の肉を取り箸で摘まむと、プレートの上にゆっくりと乗せた。
肉の焼ける音が部屋に響き渡る。
火球で焼いた時とは違う、良い匂いが立ちこめる。
立ち上った煙が、換気扇に吸い込まれていく。
俺たちが煙で燻製になることはない。
肉の脂が徐々に溶け出し、それが沸沸と泡を作り出している。
焼けた肉と脂の匂いが混じり合って、食欲をそそられる。
表面の色がうっすらと変わってきた。
牛肉のように半生ではダメだ。
十分に火を通さなくてはいけない。
時子さんが肉を裏返すと、こんがりとした焼き色が付いていた。
そして両面が過不足無く、焼き上がってきた。
「時子、そろそろいいのよ」
「う、うん」
返事はするものの、箸は動かない。
「早くしないと焦げるのよ」
「う、うん。そうだね」
焼けた肉を箸で挟み、口の前まで持ってこようとする手が小刻みに震えている。
「時子、みんな待ってるのよ」
それでも小刻みに震える焼けた肉をじっと見つめたまま、動かない。
「先輩も待ってるのよ」
その一言に、ハッとする。
そして覚悟を決めたのか、目をつむって勢いよく噛みついた。
噛み付いたのはいいが、また動きを止めてしまう。
小さく呻いたかと思うと、再び口を開けて全てを中に入れた。
そしてゆっくりと口が動き始める。
「獣臭い」
「「「あははは」」」
「下処理をなにもしてないのよ、当たり前なのよ」
「そうね。それに熟成もしていないから、臭いがキツいのは仕方がないわね」
「うええ?!」
試しに俺も焼いてみる。
時子さんと同じように、タレを付けずにそのまま頬張ると、確かに獣臭さがとても目立つ。
アニカもしかめっ面をしながら咀嚼している。
これはとても美味しいとは言えない。
それをトレイシーさんが察したようだ。
「これは熟成させてから食べましょう。今、別のお肉を用意しますね」
そう言って肉の乗った皿を片付けようとしたのだが……
時子さんが取り箸で手早く肉をプレートの上に並べだした。
「トキコさん、無理をしなくてもいいのよ」
「これを食べ切れれば、もう怖いものなんか無いと思うんです」
プレートの上で焼ける肉をじっと見つめる。
そしてしっかり焼けた肉を、タレもなにも付けずにそのまま頬張る。
もう箸は止まらない。
顔はしかめっ面だけど、肉を噛むのを止めることはない。
そんな横顔を、俺はじっと見つめている。
「なに時子に見蕩れてるのよ」
「見蕩れてないよ。ただ、食べ方が可愛いなと思って見ていただけだよ」
〝可愛い〟と言われて時子さんがむせた。
「それを〝見蕩れる〟って言うのよ」
時子さんがジト目で俺を見返してくる。
気にしながらも肉をつまみ上げ、ご飯に巻いて食べるのを止めない。
「ほら、肉を口元まで持ってきて、普通ならそのまま口に入れるだろ」
「そうのよ」
「でも時子さんは口に入れるんじゃなくて、口が迎えに行ってるだろ」
「あー確かにそうなのよ」
言われて一瞬うぐっと反応するも、俺をジト目で見つめながら肉を咀嚼する。
「それに噛むときもさ、下顎が動くんじゃなくて上顎が動くもんだから、頭全体がこう、うんうんいっててなんか子供っぽくて可愛くね?」
言われて再びうぐっとなって口の中のものを飲み込んだ。
喉につっかえたのか、胸を叩きながらスープを飲む。
「そうなのよ?」
「そうなんだよ」
「子供じゃないもん。時子、大人だもん!」
そう言うと、時子さんは急に背筋をピンと伸ばし、胸を張った。
そして茶碗を片手に持ち、箸でご飯をいつもより少な目に摘まむ。
すっと口元までお淑やかに運ぶと、いつものような大口は開けず、可愛らしい口でご飯を迎えに行く。
いつものように元気よく噛むのを止め、大人しくしずしずと上顎を動かす。
どやぁと、視線を俺に向けてきた。
「あははは」
「なんで笑うの?!」
今回で第1章は終わりです
次回から第2章が始まります
今更ながら、第1章は第一部でもよかったかなと思っていたりする
なので、第2章から本格的に第2部が動き始めます




