第12話 希望的観測では大丈夫
一部、もしかしたらグロいかも知れない
解体に失敗したオオネズミは、言うほど酷い状況では無かった。
毛皮は使い物にならないほど痛んでいるが、食肉としてはまだ加工することができそうだ。
それに、辺りに血をまき散らしたのは事実だが、血抜きができたと思えば悪くは無い。
結果と代償が釣り合わないだけだ。
「マスター、はいタオル」
「ああ、ありがとう」
「エイルさんと時子さんも、どうぞ」
「ありがとうなのよ」
「ありがとう」
タイムに出してもらったタオルで、顔に付いた血を拭う。
血は拭き取れたが、血生臭さは消えるものではない。
早く帰ってシャワーを浴びたい。
浴びたいが、血塗れのまま町中を通るのは、あまりよろしくないだろう。
着替えておきたいものだが、それは後にしよう。
血を拭ったタオルをタイムが受け取る。
エイルや時子さんの分も受け取ってきたようだ。
タイムはそのタオルを水場に持って行くと、タオルを消した。
タオルもタイムが繕い、幻燈機で表示しているだけの代物だ。
なので出し入れは簡単にできる。
そしてタオルに付着していたもの――つまりオオネズミの血液は、当然ながら仕舞うことができない。
だからタオルを仕舞うことで、その付着物――オオネズミの血液はタオルから綺麗に取り除かれ、水場の流れに飲み込まれていった。
タイムのタオルは洗濯要らずで、いつも清潔でふかふかなのだ。
「マスター、時子さんに解体の手順を教えてあげて」
「じゃあ、もう一度最初から――」
「ううん、手順だけでいいの」
「手順だけ?」
「うん」
手順だけでいい?
まぁ、タイムがそう言うからには、なにか意味があるのだろう。
いつものように水場の上で、タイム三獣士のヌッコが右後ろ足を、イッヌが左後ろ足を持って、オオネズミを逆さ吊りにした。
「まずは〝血抜き〟からだね」
「えっと、[血抜き]っと」
携帯から魔法が放たれ、まだ解体していないオオネズミに当たる。
すると、首の頸動脈が綺麗に切れ、血がダラダラと流れ始める。
なるほど。
手順だけでいいというのは、こういうことなのか。
「血抜きしながら、体表に付いている汚れを水洗いして」
「水洗い……えーと、[水洗浄]でいいのかな」
「そんなこともできるの?」
「分かんない。でもやってみる。[送信]っと。あ、できるみたい」
「マジか……」
もしかして、携帯のアプリより携帯のMmodeの方が万能なのでは?
ダウンロードが終わり、魔法が効果を現すとドット絵の水球が現れ、オオネズミを包み込んだ。
「「ふべ?」」
「タイム!」
オオネズミを吊していたタイムまで、水球に包まれてしまった。
そしてオオネズミと一緒にタイムも水球の中で、グルグルと回転し始める。
「ふえっ?!」
「時子さん! 止めて止めて!」
「あ、そうだね……どうやって?」
「携帯を閉じるんだよっ」
「あ、そっか」
「大丈夫だよ」
時子さんが携帯を閉じようとしたが、タイムが押さえたので閉じられなかった。
「大丈夫って……」
「タイムは水の中でも窒息しないから、問題ないよ」
「「どぁっとぁば、くぁわっっっっとぇぼぉぉぉぉぉぉぉぉ」」
「……凸凹コンビが、なんか言ってるぞ」
「な、なんて言ってるんだろうね。タイム分かぁんなぁい」
「「ふぁくびょうぼぉぼぉぉぉぉぉぉ」」
本人が大丈夫って言っているんだから、大丈夫なんだろうけど……
この場合、〝本人〟って言っていいのか?
水球の中のオオネズミとタイムが、右回転したり左回転したりして、綺麗に洗浄されていく。
血抜きもできているようで、水球が段々と赤く濁ってきた。
洗浄が終わると、水は水場の流れに落ちていった。
大丈夫と言っていたとおり、タイムは両足をしっかりと掴んでおり、オオネズミを落とすようなことはしなかった。
「「トァイムゥ、頑張ったよぉおぉおぉぉぉ」」
なんか、目がグルグル回っているみたいだけど、ほんっとうに、大丈夫なんだよな。
それはそれとして、労は労ってやらないとな。
「うん、偉いぞ。ヨシヨシ」
「「ぅえっへっへぇぇぇぇ」」
「あ、いいなー」
「そしたら、頭を切り落とそうか」
「ぅえ?! あ、頭?」
「そう、頭。〝斬首〟とか〝首切り〟? ああ、〝断頭〟もあったね」
「うぐぅ……ど、どれ?」
「んー、〝斬首〟だと刀で斬っている感じかな。でも〝断頭〟だと……断頭台?」
「ざ、〝斬首〟でっ!」
時子さんがパパパッと入力して送信する。
相変わらず早いなぁ。
携帯から光の筋が横に薙いだかと思うと、オオネズミの首がゴロンと地面に転がった。
「ひぃぃ」
あの魔法の効果範囲内に居たら、俺の首もああなっていたのだろうか。
不思議なことに、首と一緒に光の筋が当たっていたであろう前足は無傷だった。
〝斬首〟だから、足は効果範囲外ということか。
……〝足首〟は〝首〟に入らないの?
「じゃあ次は、内臓を取り除くよ」
「うう。な、内蔵……取り除く……えーと」
「[開腹]と[内臓摘出]とか?」
「な、なるほど……えっと[開腹]っと」
魔法が発動すると、綺麗に腹が割けた。
内臓に傷などは無いようだ。
……コレ、生きている動物にやっても効果があるのかな。
結構怖いぞ。
「つ、次は、[内臓摘出]だね」
摘出された内臓は、どうなるんだろう?
そう思っていると、摘出された内臓が宙に浮いていた。
「わわっ」
時子さんが動くと、内臓もそれに合わせて移動した。
「なに? なに?」
時子さんが更に動くと、内臓も更に移動した。
どうやら追従して動くらしい。
それは時子さんに……というよりは携帯に追従しているようだ。
携帯を振り回すと、内臓も同じように振り回った。
「きゃーきゃー!」
「時子、止めるのよ!」
「ひぃーん」
時子さんが携帯を手放すと、内臓も一緒に地面に落ちた。
仕方がないので、俺が携帯を拾い上げる。
そして内臓をタイムが広げた袋の中に入れると、携帯を閉じた。
すると内臓は呪縛から解き放たれたように、袋の底へ落ちていった。
ま、内臓が宙に浮いて、それが逃げても付いてきたら怖いよな。
しかし不思議なものだ。
宙に浮いている間は、内臓の重さが全く感じられなかった。
お陰で袋に入れるのが、凄く楽だった。
いつもなら吊したオオネズミの下に袋を広げて、そこに落とすような感じだったからな。
今回のように一纏めで袋に入れられると、手間が掛からなくていい。
それに、内臓の内容物で肉が汚染されないように注意する必要も無く、綺麗に切り取られている。
すっごく楽だ。
「エイル、落としたときにちょっと泥が付いたみたいだ」
「洗えばなんとかなるのよ、問題ないのよ」
「時子さん、次……」
余程怖かったのか、離れた物陰からこちらを覗き見している。
手招きをすると、物陰からゆっくりと出てきて近づいてくる。
内臓の入った袋から一定の距離を取り、それでも目が離せないのか凝視しながら大回りしてやってくる。
左手で口元を覆っているけれど、気分でも悪くなったのかな。
「大丈夫?」
「……」
「次、行ってもいい?」
そう聞くと、時子さんは頷いて応えた。
「次は皮剥ぎだね」
やっぱり返事は無いが、頷いている。
そして携帯に文字を打ち込み、送信した。
やっぱり[皮剥ぎ]って入れたのかな。
魔法が発動すると、上から下に向かって綺麗に皮が剥がされていく。
剥がれた皮は、内臓の時と同じで宙に浮いている。
「っ!」
腕を目一杯伸ばし、なるべく剥いだ皮と離れようとしている。
魔法のお陰で楽ではあるが、生々しさは変わらないか。
「時子さん、こっちの袋に入れて」
タイムが内臓とは別の袋を広げている。
それに時子さんが剥いだ毛皮を入れて、携帯を閉じた。
毛皮の剝げたオオネズミは、皮下脂肪の所為で真っ白だ。
表面はとても綺麗で、ナイフで切ったような段差が付いていない。
非常にツルツルだ。
とてもじゃないが、俺ではこんな綺麗に剥ぐことはできない。
携帯はナイフより便利だな。
「最後は部位毎に切っていこうか」
「まだあるの……?」
凄く小さくて弱々しい声で、訴えてくる。
「本当にこれで最後だから。切り分けて袋詰めして終わりだから」
「……うん」
返事はしたものの、時子さんは携帯を握りしめたまま、動かない。
魔法名が思いつかないのかな。
もうここまで来たら、単純に〝切り分け〟でいいと思うけど。
声を掛けようかと迷っていると、時子さんが携帯を閉じてポケットにしまった。
「タイムちゃん」
「はい!」
時子さんの呼びかけに、タイムは解体用のナイフを時子さんに渡した。
「さ、最後くらいは……!」
時子さんは解体用のナイフを構えて、オオネズミに近づいていく。
そして、もうナイフで切りつけられるという距離まで近づいたら、動かなくなった。
どうしたのだろうと思っていると、おもむろに俺を見てきた。
「で、どうやって切り分けるの?」
「あー。っはははは」
「なんで笑うの?!」
「くっくっくっ……ごめんごめん。っはははははは」
「ぷぅー」
なんか、いつもの時子さんらしくて、ツボにハマってしまった。
中々笑い止まない俺に業を煮やしたエイルが、時子さんに解体を指導し始めてしまった。
最後まで指導できなかったのは、残ね……くっ、笑いすぎてお腹痛い。
「笑い過ぎっ!」
このくらい(内臓が宙を舞う)なら、規制は入らないよね
次回はいよいよ実食です




