第11話 女の子は血塗れになる話
ちょっとだけスプラッターです
グロくはないと思うけど……
オオネズミを解体しようと道具を携帯から取り出す。
解体用の道具一式も、タイムが作ったものだ。
皮剥包丁と解体用の包丁だけだけどな。
オオネズミといっても、イノシシと比べたら小型だからあまり道具は要らない。
吊すのも、タイムが2人がかりで空を飛んで宙吊りにしてくれるから、フックとかは無い。
後は汚れてもいい服を上から羽織れば、支度は終わりだ。
まずは血抜きから……と思っていると。
「モナカ」
「なんだ、エイル」
「解体は時子にやらせるのよ」
「いきなりかよ」
「いきなりもなにもないのよ。女は度胸なのよ」
「いや、女は愛嬌だろ」
「五月蠅いのよ。細かいことを気にする男はモテないのよ」
「細かくないよっ」
「いいよいいよ、時子がやるよ」
「大丈夫か?」
「た、多分……。やり方、教えてよ」
タイムに頼むと、四天王が出てきて2匹を宙吊りにしてくれた。
そして片方を俺が解体して、もう片方を時子さんが解体することになった。
「まずは俺がやったようにやってみてよ」
「う、うん」
道具はタイムに同じものを一式用意してもらう。
物自体は幻燈機で表示させているだけだから、コピーは簡単だ。
全く同じものが簡単に揃えられるのは、便利だよね。
とはいえ、それにもGPUリソースが掛かるのは変わらない。
制限があるからポンポンと同時使用はできない。
エイルの分は用意できるが、アニカの分は用意できない。
今は必要ないから問題にはならないけどね。
「まずは血抜きから始めるよ」
「血抜き……うう」
「止めとく?」
「頑張る」
本当に大丈夫だろうか。
ナイフを持つ手が小刻みに震えている。
ちゃんと切れるのかな。
「まずはここ、首の付け根の下にある頸動脈をナイフで刺すよ」
「……」
「時子さん?」
「うん、首の付け根の頸動脈だね。……何処?」
「ここだよ」
時子さんの震える手を握って、ナイフを頸動脈まで誘導してあげる。
「いいかい、なるべく小さい傷にするんだよ」
「……うん」
両手でナイフを握りしめ、ナイフが当たっているオオネズミの首を凝視している。
ふるふると震えているのが、手を通して伝わってくる。
肩に力が入り、凄く緊張しているようだ。
「大丈夫。もう死んでいるから襲ってこないよ」
「……うん」
しかし、腕に力は入っているが、ナイフは震えているだけで動きはない。
本当に大丈夫か?
「やっぱりまた今度にする?」
「甘やかすんじゃないのよ。今できないのよ、いつまで経ってもできないのよ」
「そうかも知れないけど」
「……うん」
時子さんはさっきからそれしか言わないな。
仕方がない。
2匹同時解体を断念し、1匹を2人で一緒に解体することにした。
「じゃあ、行くよ」
「……うん」
俺はゆっくりと力を入れ、時子さんの持つナイフを頸動脈に突き刺していく。
「ひゃっ」
「大丈夫。これで頸動脈は切れたから、抜くよ」
「……うん」
ナイフを抜くと、血がタラタラと流れ落ち始めた。
心臓が既に止まっているから、吹き出すようなことはないのだ。
「ひっ」
それでも現代人の、しかも女の子にはショックが大きいようだ。
時子さんが一歩後ずさった。
ガタガタと震えるナイフに付いていた血が飛び散り、時子さんの顔に付く。
「うひゃあ!」
ナイフを落として狼狽している。
これでは続きをやるのも難しいかな。
「情けないのよ」
「仕方ないだろ。時子さんはか弱い女の子なんだから」
「うちはか弱くないって言いたいのよ?」
それに関しては否定できない。
エイルから目をそらし、アニカに助けを求めてみる。
が、助けを求める相手を間違えたようだ。
「なにか言うのよ!」
「その……ごめん」
「謝らないのよっ」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
あー時子さんが四つん這いになって、念仏を唱え始めちゃったよ。
これは本格的に無理だな。
そう思ったときだ。
時子さんがすっと立ち上がると、携帯を取りだした。
「そうよ、せっかく魔法があるんだから、試してみればいいのよ!」
「時子さん? 一体なにを……」
くるっとこっちを向いて、笑顔でこう言った。
「〝解体〟だよっ」
「え?」
一言そう言うと、携帯になにかを打ち込んだようだ。
「やった! ダウンロード始まったよ」
「マスター、時子さんが魔法で[解体]するみたい」
「え?!」
タイムが携帯の画面を覗き込んでいる。
その視界が俺にも共有されて、見えるようになった。
携帯の画面には、[解体 成功確率30%]のダウンロード画面が表示されていた。
え、解体も魔法でできちゃうの?
でも成功確率30%?
失敗もあるのか。
30%は低くない?
しかも、火球や風刃よりダウンロードが掛かっている。
それはそうか。
やることはより複雑な内容だ。
そうこうしているうちに、ダウンロードも終わりが近づいてきた。
時子さんはこれでもかというくらい、携帯をオオネズミに近づけている。
それでも接触させることは嫌なようだ。
更に言うなら、腕は目一杯伸ばしているのに、腰がもの凄く引けている。
そして顔は背けてオオネズミを見ていない。
……よくそれでオオネズミに触れないものだ。
逆に感心してしまうよ。
などと思っていると、ダウンロードが終わり、[解体]が発動した。
風刃とは違い、狙いが逸れることなくオオネズミに効果を現した。
オオネズミがドット絵の光球に包まれ、その光球が膨れ上がったと思うと、血飛沫と供に光球が弾け飛んだ。
辺りは血に染まり、一見すると殺戮現場のようになってしまった。
「いやーナニコレナニコレ! どういうことー?!」
「時子! なにをしたのよっ」
「うあ……これは」
「にゃー! マスター、臭いよー」
近くに居た俺とタイムとエイルと時子さんは、もろに血飛沫を浴びてしまった。
血に染まった携帯の画面には、[失敗]と表示されていた。
「どうやら、30%の賭に負けたみたいだな」
「うう……30%?」
「[解体]の成功確率だよ」
「え、そうなの? モナカくんは物知りだね」
「いや、ちゃんと表示されていたよね?」
「何処に?」
「何処にって……携帯の画面に!」
「携帯の画面? [失敗]としか表示されてないよ」
「いや、だからそれは……」
あれ?
さっきは顔にちょこっと血が付いただけで、大騒ぎしていたのに。
「あーもージャージも携帯も血塗れだよー。くちゃーい」
今度は全身で血を浴びたのに、意外と平気な顔をしている。
どういうことだ?
「……時子さん?」
「うぐぅー、ん? なに?」
「全身血塗れだけど、大丈夫?」
「あはは、なんかここまで来ると、開き直れるというかなんといいますか」
「そうなの?」
「まー毎月女の子は血塗れになってますから。あははは。ね、エイルさん」
「……こんなのと一緒にしないのよ」
「え、毎月?! エイルもなの? それって大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。病気でもなんでもないから。ね、エイルさん」
「……うちを巻き込むんじゃないのよ」
「ね、アニカさん!」
「ええ?! アニカもなのか?」
「えっと、その。モナカくん、女の人って大変なんだよ」
「アニカまで……」
まさか3人とも毎月血塗れになるようなことになっていたとは……
1年間一緒に暮らしていて、全く気がつかなかった。
しかも時子さんとアニカの言い方からすると、女の子なら毎月訪れることらしい。
そしてそれは病気ではない。
……待てよ。女の子?
ってことは、まさかタイムも?
そう思ってタイムに視線を向ける。
タイムは独り、ポツンと佇んでいた。
なんだろう。
元気がないというか、寂しそうというか、そんな感じで3人をジッと見つめている。
俺の視線に気がつくと、ニコッと笑った。
「マスター、タイムは大丈夫だよ。血塗れになったりしないから、安心して」
「そうなのか?」
「うん。だからそんな心配そうな顔、しなくていいんだよ」
「いや、俺よりタイムの方が酷い顔――」
「タイムは大丈夫だよっ! だから気にしないでっ」
「あ、ああ」
タイム、それは完全に強がりに聞こえるぞ。
というか、完全に強がりだ。
それが証拠に、タイムは下を向いて肩を振るわせている。
「タイ――」
タイムに近づこうとしたら、ふいっと避けられてしまった。
そしてそのまま時子さんのところへと行ってしまった。
「時子さん」
「なに、タイムちゃん?」
「その……」
なにやら2人で内緒話を始めてしまった。
みんなには聞かせられない話なのか?
「な、なに言ってるの?!」
「タイムはこんな身体だから、時子さんにお願いするしか……」
「無理無理無理! 時子には先輩が居るんだからねっ」
「だからそれは……そうなんだけど」
「それはエイルさんかアニカさんに頼――」
「時子さんじゃなきゃダメなのっ!」
タイムが涙目になって叫んでいる。
一体なにを時子さんに頼んだのだろう。
エイルやアニカにはできない、という訳ではなさそうだ。
なのに時子さんでなければダメなこととは一体……
「タイムちゃん、やっぱり時子には無理だよ。ごめんなさい。それにそういうことは、モナカくんの意思も大事だから、あはは」
「……ううん、タイムもごめんなさい。ちょっと急だったよね」
「そうだよ。タイムちゃんだって身体が育ってくれば、できるって」
「あ……うん。そうだね。それより、1匹ダメになっちゃったね」
元気の無かったタイムが、少し声を張り上げた。
空元気という奴だ。
「そ、そうだね。ごめんなさい」
「んとね、一気に解体しようとしたからダメなんだって。もっと丁寧にすれば成功率も上がるってさ」
「そうなの?」
「うん。もう1匹は、ゆっくりやってみようよ」
「分かった。タイムちゃん、よろしくね」
「任せてよ!」
空元気も元気とは言うが、それは本当の元気とは違うのではと思う。
それでもタイムはみんなに……いや、俺に心配を掛けまいと元気な振りをしているのだろう。
ならば俺になにができる?
なにをしてあげられる?
タイムが何故元気を無くしているかも分からないダメなマスターに、なにができるというのだろう。
分からない。
でも、分からないままではダメだ。
もっとタイムのことが知りたい。
マスターとしてではなく、モナカとして、クーヤとして、タイムのことが知りたいんだ。
次回はもう一回解体にチャレンジします




