コラボラシオン③
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起きたときには日が高々と上り町を明るく照らし出していた。
マルティさんは少し前には起きていたらしく、俺はちゃんと許可を取って身嗜みを整えるために共用風呂でざっと湯を浴びることにする。
頭に巻いた包帯を外すと後頭部にはちょっとした傷とたんこぶができていた。
発見されたときは血が出ていたらしいけど、たぶんきちんと拭われてあるんだろう。
俺は指先で傷をそっとなぞり熱を帯びた痛みに短く息を吐いた。
――やっぱり爺ちゃんもあれでやられたんだろうな。血が出ていたのも一緒だし。まさかあんな……魔法を使うなんて思わなかった……。
俺に魔法が使えたら撃ってやるのに、と建国祭でも思ったことを再度思い返し……俺は共用風呂から出る。
そうして風出機で髪を乾かし終えた俺は、ふと思い立って酒場に赴くことにした。
ちなみに怒られたくはなかったんで、宿の応接間のふかふかしたソファで寛いでいるシードルさんに伝えてからだ。
だいぶ心配かけちゃったもんな……自分のせいだけど。
――酒場で手に入れたのは今年の凶作によって殆ど作ることができなかったテキラナの赤グレプ酒。
ほんの僅かに採れたグレプ自体も出来が悪く、酒そのものがどこか味わいが薄く果実味を感じない未熟なものになっているのは明らかだったけど――使い方なんていくらでもあるからな。
俺はその足でテキラナの店をいくつか巡り、必要になるだろうものと荷物を運ぶための革袋を買って急ぎ足で宿に戻った。
するとさっきシードルさんがいた場所を主が占領している。
「おかえりキール。……なにか買ったの?」
「主――うん。出来がよくないとはいえテキラナの赤グレプ酒は試してなかったからそれと……まあ諸々要り用になるものをさ」
「ああ、確かに赤グレプ酒は呑まなかったわね。【フィーリア・レーギス】が好評だったのもあるけれど。……必要なものは私が買うから言ってくれたらいいわよ?」
「うーん。なんかちょっと、それは俺の気持ちが落ち着かないかな? どうしようもないときだけ頼るよ」
「……あなたやっぱりいい人ね」
ふふと笑う主はそこで俺に包みを差し出した。
「でもこれは受け取って。あなたの追加装備よ。山脈は馬車では行けないから徒歩になる――早くセルドラを捕まえて帰りましょうか」
「あ、装備のことは考えてなかったな……こほん。有難く頂戴いたします我が主」
俺が戯けて荷物を降ろし、片膝を突いて恭しく受け取ってみせると、主は「よきにはからいなさい」なんてわざとらしく笑みを浮かべ――ふと真顔になった。
膝を突いた俺に真っ向から視線をぶつけ、彼女の紅色の瞳がどこか不安そうに揺らぐ。
「キール。あのね、ちゃんと言っておくわ。――私ね、〈宮廷カクトリエル〉カルヴァドスが襲われたって聞いて本当に怖かった。彼は、そうね……祖父、みたいな存在だって思っていて……だからあなたにも勝手に親近感を抱いていたの。私、流行病で祖父も父も亡くなっているから」
「……ん、そうか……先王も……」
俺はそこで思わず呟いた。
先王……つまりカシスの父親が早くに亡くなったことで宝酒大国リキウルは女王様が納める国になったんだ。
――俺の母さんと同じ時期にカシスも家族を流行病で亡くしていたんだな……。
どこか遠い人の話だと思っていたけど……想像以上に近い話だったことを痛感する。
「そう。だからあなたが倒れているって言われて――同じくらい怖かったわ。……だからもう勝手にどこか行ったりしないでほしいの。別にずっと従者でいろなんて言わないわ。ただ、どこか知らない場所で危険な思いはしてほしくないし、正直に言えばセルドラにはものすごく腹が立っているの――そうね、必ずぶん殴ってやろうと思うくらいには」
「いや、だから王女様がそんな物騒なこと言わない。……まったく」
「あら。ぶった斬るよりはマシだと思うけれど?」
「まぁそれはそうなんだけど――……なんて言うわけないだろ主。――品位品格は日々の所作にこそが反映されるんだから。ちなみにいまのは爺ちゃんの格言」
「ふふ、言うわねキール」
俺は主が頬を緩めたところで少し考えて口にした。
「主が主であることに不満なんてないから俺としてはずっと従者でいてもいいんだけど――〈宮廷カクトリエル〉は目指さないとだからそれまでだな。女王様にも主のもとで酒を学べって言ってもらったし」
「…………え」
「うん? なに、そんな意外そうな顔しなくてもいいと思うけど」
「い、意外っていうか……だってキール。私、王女としては価値がないのよ? 誘っておいて申し訳ないけれど私のもとにずっといてもいいことないわ」
「価値?」
「そう。……そうね、値段だけ高くて美味しくないお酒。宝酒なんて程遠いの。王女なんて身分、私には似合わないのよ」
……うん。なにを言っているのか全然わからない。
俺が首を捻って唸ると、主はさらりと続けた。
「私は従者も侍女もほとんど持たず代わりに剣を取る変わり者の第一王女。妹のほうがずっと王女様が似合うの。物語に出てくるような愛らしい子なのよ。優しくて――本当に可愛い妹なんだから。……言ったでしょう? 私になにかあっても王宮は困らないのはそれが理由よ」
それを聞いて……どうして主がそんなことを言うのかようやくわかった。
妹のほうが王女に相応しいって――そう思ってるのか。
だけどそれ、俺には関係ないよな?
俺はなんだか馬鹿にされたような気持ちになって眉間に寄った皺を右手でぐにぐにと揉んだ。
「……ひとつだけ言っていいかな」
「……? ええ、勿論」
「俺は主やマルティさんが怪我したら嫌だって言ったよな。……困らないってなんだよ? 価値がないってなに? カシス。自分がなに言ってるかわかってるのか?」
「……え」
「俺は爺ちゃんのために俺を連れ出してくれた主を尊敬してるし主の強さは格好いいと思ってる。それって王女だからとか関係ないんだけど。……なにかあっても俺の居場所がなくならないよう従者って立場を用意してくれたのも嬉しかった。それがなんだよ、自分を大事にしなきゃ駄目だろ。酒だってそんなのに例えられたくないと思うけど」
「…………」
「酒のことだって小さな手帳にびっしりと書いて勉強してたじゃないか。あんなこと、なかなかできることじゃないのに。それだってリキウル王国のためだ――そうだろ」
……うん。言いだしたら全然ひとつじゃなかった。
主は言い募る俺を茫然と見詰めていたけど……やがてそろりと視線を泳がせた。
「え……でも、だって……侍女が皆、私に言うのよ? 私が自分でやるからいいわって断るから……『第一王女様は王女には相応しくありません。だから心配も必要ない。好きにできるのはそのおかげですね』って。……えぇと、そうね。お酒には失礼だったわ、ごめんなさいキール」
「……いや別に酒に対してどうこうじゃなくて……うん? ちょっと待って――侍女?」
「ええ。あ、先に言うけど別に気にしてはいないのよ。自分のことを自分でやりたいのは私の性分だし……言われて当然だと思うわ? 私は王族で王女よ。でも自分で向いていないと思う……だから本当に私に心配なんて必要ないのよ。可愛い妹をより手厚く守ってもらえたほうが――」
俺はそこで王宮の侍女たちがカシスや俺にやたら余所余所しかったのを思い出した。
そういうことか――主が王女に相応しくないとか言って、だからあんな態度……!
腹が立ってカーッと頭に血が上る。
本当に面倒臭いな王宮って……!
「なんだよそれ。主のことなんだと思ってるんだ⁉ もういい主、帰ろう。セルドラなんて遭難でもさせておけばいい――その侍女ぶん殴ってやる」
「えっ、ええッ⁉ ちょ、ちょっとキール⁉」
俺はスクリと立ち上がると主の手を掴む。
温かくて細いその手は俺が引くままにぶらりと揺れた。
「心配なんて必要ないって? そんなわけないじゃないか。――カシスを馬鹿にする奴には腹が立つ。少なくとも俺や、マルティさんやノッティさん、爺ちゃんや女王様だって――皆心配する。君になにかあったら困るさ!」
爺ちゃんが大丈夫だってわかってるから、セルドラは――もうあとでもかまわない。
いや、いまだって許せないし襲われたときは本気で捕まえてやるって思ったけどさ。
レシピ手帳だって取り戻したい気持ちは本当だけど、主がこんな……勘違いしているなんて大問題だ。
仮にもこの国の王女様が……いや、俺の主がそんなこと言われているなんて。
――主を見るに本気で気にしていないようだけど、でも。
俺、悔しくて涙が出そうだ……。
「……王都に帰ろう主」
「き、キール⁉ な、泣かないで……あ、ほら、これっ」
「うわぁっ⁉ だから裾は捲らないで! それにまだ泣いてないから!」
「まだって……やっぱり泣いちゃうのよね⁉」
そこに……。
「さて――なにごとかな?」
「なんだ、喧嘩か?」
マルティさんとシードルさんが荷物を持ってやってきた。
本日分で十万文字を越えました✨
短い物語だとこのくらいの文字数もあるかもですね。
引き続きよろしくお願いします!




