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小瓶の星座

作者: 南澤久佳


オリーブオイルに蟻が浮かんでいた。


イタリアン好きの友達の家で、パンにつけるとうまいというオリーブオイルを教えてもらったのが昨晩の話だった。ワインとチーズとスペイン産のイベリコ豚の生ハムとをご馳走になったのだが、一番うまかったのはそのオリーブオイルだった。青くて、甘くて、みずみずしくて、オリーブが果実だということがよくわかる。500mlで二千円だが三千円だかする量り売りのそれを、恵比寿の専門店で買ってくるのだという。

硬くなったパンをそいつに浸して食べるのがべらぼうにうまい。初めて食べたそれに感動してベタ褒めしたら、友人は瓶に小分けにして寄越してくれた。持ち帰って、キッチンに置いて、冷蔵庫にパンがあったはずだと期待して開けたにも関わらず、パンは見当たらず、がっかりしてダイニングテーブルに瓶を置きっぱなしにして着替えもせずに寝たことまでは、思い出した。


問題は、その、小瓶の中にいつ、この、黒い小さなお邪魔虫…蟻が、闖入していたのかということだ。


ダイニングテーブルの真ん中に鎮座した小さな小瓶に、もっと小さな蟻が浮かんでいる。

死んでいる…のだと思う。ピクリとも動かないし。

人間だって、自分の体積の十倍以上の油の中に一晩突っ込まれたら死ぬだろう。昆虫は人より丈夫らしいけれど。浸透圧とかそういうので。

このアリの中に量り売りの高級オリーブオイルが浸透しているのなら、では、オリーブオイルの中には蟻の体液が染み出しているのだろうか。そこまで考えてぞっとした。そして、勿体無い。せっかくもらったのに。アリの体液入りオリーブオイルをパンにつけて食うのは、ちょっと遠慮したい。


まろい、緑と黄色の中間の、光の透けるオリーブ色に浮かんだ蟻を、小瓶を持ち上げてしげしげと眺めた。それは、遠い昔に、琥珀の中に閉じ込められた虫の様子を連想させた。

ジュラシックパークで観たあれだ。


どろどろで、濃くて、密度の高い液体の中に閉じ込められて、体液をすっかり押し出されて、腐ることもなくそのままの姿で死んでしまった虫。オリーブオイルの中のアリは、そんな風になれるのだろうか?否、琥珀はともかく、オリーブオイルは腐るだろう。多分。一人暮らしを始めてから、オリーブオイルを買ったことがないので分からないが。


数分眺めていたら、これはこれで洒落たオブジェのような気がしてきた。


1畳程度のキッチン付けられた小窓のへりに、小瓶の置き場所を変えてみる。昼下がりの陽光を受けてキラキラと輝き、ふにゃりと脱力したアリの手足に活力が戻った・・・ように見えた。


いいんじゃないの。


この蟻は、たまたま、イタリアン好きの俺の友達の家に侵入し、たまたま小瓶に入り込み、たまたま友人がそれに気づかず、たまたまオイルを注がれて、そのまま溺死して、俺の家のオブジェになって。

それって少しだけ、ロマンチックじゃないかしら。ほら、ギリシャ神話とかで、神様に見初められて、本人の意思とか全然無関係に連れ去られて、星座とかになっちゃう美少年や美少女の話、あるじゃない。そんな感じ。


世の中って、そんな、美しくて残酷なものだよね。


結論づけて、俺は、パンを買いに玄関へ向かった。


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