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アヤカと兄の最後 ①

 私は昔から、兄と遊んでばかりいました。

 7つ上の兄は、優しくて、頭が良くて、同年代のどの男の子よりかっこいい憧れの存在でした。私は昼も夜も兄に手を引かれていたものです。そのせいか、記憶の中の兄は、斜め下からみる顔ばかりです。兄がいつも面倒をみてくれたおかげで、母親がいなくなっても全く寂しいとは思いませんでした。

 私が兄とばかりいるので、同じ年ごろの子たちからは仲間外れにされていました。小学校に上がってしばらくすると、いわゆるいじめというものにも遭いましたが、私自身は兄以外に興味がなかったので、ただただ彼らの行いを不快に思うばかりで、それほど心に残ることはありませんでした。ただ、唯一記憶に残っていることがあります。

 あれは昼食のあと、掃除の時間のこと。まじめに廊下を掃いているのは私だけで、他の少女たちは集まって無駄話をしていました。広くもない廊下なので、嫌でも耳に入ってきます。彼女たちはクラスメイトの誰がかっこいいとか、誰が誰を好きだとか、そんなよくある話を、とても楽しそうにしていました。私も人と話すことはありませんでしたが、そういった話題になら興味がないわけではありません。恋だの愛だの、さっぱり分かっていませんでしたが、私は兄が好きでした。そして、好きな相手とはいつか結婚するものだということくらいは、知っていました。だから私は、将来兄と結婚するのだと思っていました。幼い考えです。ただ、結婚とはどういったことをするのか、よく知らない自分は、彼女たちの話を聞けば分かるかもと思って、話を聞いてないふりをしておいて、ばれないようにしっかり耳をそばだてていました。あまり聞こえはしなかったですが。

 漏れ聞こえてくる彼女たちの話に、結婚なんて単語は出てきません。今思えば、当たり前のことです。少女たちは軽々しく好きだの嫌いだのとぺちゃくちゃあげつらっているだけなのですから。そのうっすらとした刃が、一人ぼっちの私に向かうまでに、そう時間はかかりませんでした。


「アヤカちゃんは、好きな人とかいるの?」


 そう私に聞いてきたのは、一人だけでしたが、その場にいた全員が同じ顔をしていました。意地の悪いにやりとした顔です。この年ごろの子供は残酷です。その顔に、私は兄をばかにされたような気持ちになりました。


「私が好きなのは、お兄ちゃんだよ」


 むすっとして言うと、彼女たちはいっせいに笑い始めました。


「ね? 言ったとおりじゃーん!」「やばーい」「お兄ちゃんが好きとか、フフフ」「お兄ちゃんだいすきなんだー?」私は兄が好きだと言っただけで、なぜ彼女たちが笑えるのかわかりませんでした。私が黙っていると、彼女たちの中の一人に、少しは理性がある子がいたようで、私をかわいそうに思ったのか、周りの子を諫めてくれました。


「ふつうにお兄ちゃんが好きってだけでしょー? もういいじゃんそれは、私もお姉ちゃん好きだし!

 それより、アヤカちゃんはクラスメイトとかで好きな人いないの?


 ――――結婚したいって意味で」


 私には、最初の質問と今の質問の違いがわからなかったので、同じように答えました。


「だから、お兄ちゃん。お兄ちゃんと結婚するの」


 すると、最初より大きな声で、彼女たちは騒ぎます。

「やっぱりそうじゃん!」「えータヤマって言うと思った」「タヤマよりはお兄ちゃんのがいいかもね!」「でもやばくない?」

 そして、二度目の質問をした子が――たぶん、優しい子だったのでしょう――眉根を寄せながら、私に、決定的な事実を教えてくれました。


「あのね、アヤカちゃん。自分のお兄ちゃんとは――――結婚できないんだよ」


 

 その後、自分がどうしたのかは覚えていません。でもその時に、兄と結婚できないということを初めて知ったのは間違いないです。それがどれほど衝撃だったのかは、この記憶の鮮明さが語ってくれています。



 それから私は、少しずつ兄から離れるようになっていきました。周りの子とも話すようになり、気が付けばいじめという行為も収まっていました。中学生、高校生と成長していき、クラスメイトと恋の話をしたり、私自身を好きだと言う男の子が現れることもありました。もう兄とは他の家庭と遜色ない程度の距離感になっていました。いいえ、私がそうしたのです。

 私はずっと兄が好きでした。いつからか、これがただの兄妹愛ではないことに気づいていました。同時に、この気持ちいけないことだとは分かっていました。なので、本当に誰にも、兄にも言わず、ただただ自分の胸にしまっていました。

 言葉にできない思いは、鬱屈し、私の中で指先、髪の1本1本まで広がっていきました。いつの間にか、兄には恋人ができていました。私は兄の恋人を許せなかった。ありとあらゆる手段で、私は兄と恋人を遠ざけるようになっていました。兄はそれを理解していたのか、知らなかったのかはわかりません。兄は私に何も言いませんでした。しばらくすると、兄の周りから恋人はいなくなりました。それでも私は安心できず、兄にばれないように、見つからないように、二度と恋人ができないように、兄の周囲を警戒し続けていました。兄のことを思えば、間違った行為だったのでしょう。それでも、私はそうすることを選びました。兄と私は、相変わらず兄妹でした。

 大学生の途とき、私は一人暮らしを始めました。そうしないと、もう普通の兄妹を保てないと思ったからです。私の中身は異常ですが、外見は普通の妹でいたかった。そのためにバイトを増やしました。それでも兄と兄妹でいるために必要なことで、辛くはありませんでした。週末には兄の住む家に帰り、兄に手料理をふるまうことが何よりの幸せでした。だって、私が作った料理を兄が食べてくれるなんて、結婚しているみたいじゃないですか。兄は私が作った料理をおいしそうに食べてくれました。なかでも絶賛されたのがローストビーフでした。さすがに、たまにしか作れませんでしたが。


 そして、大学を卒業し、社会人になり――――私は彼に出会いました。



 

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