ジュンの最後の恋
その日の夕焼けは、いつもと変わらなかったのに。
あと7分で世界が終わります。
動揺を隠せないアナウンスが、町に流れたとき、人々は顔を見合わせて笑った。
何かの冗談に違いないと。
しかし皆すぐに、それが真実であると知った。
信じがたい物が、夕空に現れたのだ。
あれがきっと、人類を、地球を終わらせるに違いない。
そう確信する程度に、それは絶望的だったのだ。
僕は走っていた。
町はもうめちゃくちゃだ。
泣き叫ぶ人、祈る人、暴れる人、倒れる人、立ち尽くす人・・・・・・
人混みをかきわけ、押しのけ、体を滑り込ませながら、目的地へ向かう。
彼女のところに行かなくては。
彼女は、大人しくて、同期入社の中でもあまり目立つほうではなかった。でもなぜか、僕は彼女が気になっていた。飲み会ではわざと隣に座った。でも彼女は、あまり会話に参加せず、ちびちびとお酒を飲んでばかりで、思い切って僕は彼女に話しかけた。
「ミツゾノさんは、週末は何して過ごすの?」
彼女は、少し目をそらしながら答えた。
「週末は、兄の家が近いので、そっちに遊びに行ったり、料理したりしてますね」
料理という言葉に、女性の先輩が反応した。
「へー料理! なに作るの?」
「この前は、ローストビーフを作りました」
「えーすごい!」
そこからは、彼女も会話の輪に入って、少し楽しそうにしていた。その控えめな笑顔が、なぜか胸に残る。たいした会話もしてないくせに、僕はもう彼女が気になって気になって仕方ないようになってしまった。一目ぼれのようなものだったんだろう。
そこから僕は頑張った。なるべく毎日彼女に話しかけて、お昼も一緒に食べて、もちろん仕事もしっかりこなして。初めてデートに誘ったときは、ベタに映画を見に行った。僕が話しかけると、彼女は少し目をそらしながら、恥ずかしそうに答えてくれる。それがたまらなく可愛かった。
それから3回目のデートで、告白したんだ。彼女は、やっぱり少し目をそらしながら、困ったように笑って、首を縦に振ってくれた。
「じゃあ、ミツゾノさんじゃなくて、下の名前で呼んでいい?」
「下の名前?」
「うん、アヤカって、呼んでもいい?」
「・・・・・・いいよ。じゃあ、私もジュンくんって呼ぶ」
そんな、気恥ずかしいやり取りをしたのが、1か月前。そして今日は、初めて彼女の家に遊びに行く約束をして、彼女の住む町までやってきたのだ。この1か月間、僕は浮かれっぱなしだった。彼女の笑顔を見るたびに、一生幸せにしたいなんて思った。気が早いけど。
でもそれも、もう終わるのか。
なんとか彼女の家に辿り着いた。彼女の部屋は203号室だ。階段を駆け上がる。どこかの部屋から叫び声が聞こえる。彼女の部屋の前に辿り着いた。あともう少しで世界が終わる。
ドンドンドン!
「アヤカ! 僕だ! 開けてくれ!」
・・・・・・返事がない。
ドンドンドン!
「アヤカ! アヤカ!」
だめだ。ひょっとして、眠っているのか?
そこでスマートフォンの存在を思い出した。彼女のところに行くのに必死で、見る余裕なんてなかった。震える手で急いでスマートフォンを取り出し、メッセージ画面を開いた。
彼女からのメッセージが入っている。
『ごめんね、私、兄さんに会いに行く。』
――そうか。彼女は最後を、家族と、過ごすと決めたのだ。
「付き合って、まだ1か月だもんな・・・」
自分の呟きが、涙と一緒に流れる。
ああ、夕焼けがもう終わる。
そのまま世界は、真っ白になった。