冬幻鏡
真冬の怪談!!2021という企画に使用して頂いた短編怪談小説です。
朗読でお使い下さい。
利用規約はありませんのでお好きにどうぞ!
録画を残せる媒体でしたら是非残して頂ければ幸いです。
(所要時間5分)
「冬将軍の力が最も強まる晩に現れる橋を渡ると、鏡の世界に誘われる」
村に古くから語り継がれている伝承の一つ、冬幻鏡。
ユキヤは、じいじからその話を聞いた時からワクワクしていました。
でも、一人でそれを確かめに行くのはとても不安だったので、妹のアカリを連れて行く事にしました。
その日は青空が高く高く広がり、昨晩舞っていた雪がキラキラと風に舞っていました。
お母さんが編んでくれた手袋越しでも、冷えた空気がピンピンと小さな手を刺してきます。
雪室に向かうお父さんが、こりゃあ冬将軍の本領発揮だな、と呟いたのを、ユキヤはこっそり聞いていたのです。
今時期、晩になると、大人達は大きな鍋を囲炉裏にくべながら、白いお酒を手に宴を開きます。
冬将軍に敬意を払い、どぶろくという酒を捧げ無事にこの冬を越せる様に、そしてその年の豊穣を祈るのです。
子供達は湯が入った瓶と一緒に冷えた綿布団に押し込まれるのですが、ユキヤは一緒に押し込まれたアカリにそっと耳打ちしました。
冬幻鏡を見に行こう。
この間じいじからその話を一緒に聞いていたアカリはパッと目を輝かせました。
囲炉裏の間では、近所の大人達も集まって賑やかです。
そっと布団から抜け出し、すぐには見付からない様に二人分の藁を代わりに詰めました。
藁蓑や藁沓でしっかり身支度をすると、アカリが頬を紅く染めながら楽しみだね、と笑いました。
キシキシと、揃いの藁沓が二人分の足跡を残していきます。
日暮れ頃に舞っていた銀はすっかり晴れ、お月様が電灯の様に辺りを照らしてくれていました。
昨年実りが良く、余分な米と交換した毛糸で編んでくれた揃いの手袋がキラキラと反射する銀に彩っています。
すっかり凹凸が消えた田や畑の上に歩を進めながら、ユキヤはアカリの耳に口を寄せました。
この晩の事は内緒だぞ、じいじにも、お父さんお母さんにもだ。
勿論アカリも分かっています。
こくこく、と頷くと、アカリは差し出された兄の手をしっかりと握ったのでした。
冬幻鏡は、それはそれは恐ろしい伝承です。
じいじからその話を聞いた二人はそれはもう震え上がる程でした。
けれども、どうしても、ユキヤはこの目で見てみたかったのです。
暫く北へ向かうと、空へ真っ直ぐに伸びた一本の赤く塗られた木へんが見えてきました。
等間隔で並んでいるそれは、この先に川が流れている事を教えてくれます。
雪深いこの地では、そういった標になる物が沢山あるのです。
しかし、この川には橋がありません。
何故なら、この先は獣たちが巣食う山があるだけで、渡る必要が無いからです。
本当にあった、と、ユキヤは驚きました。
じいじが言っていた橋は、確かにそこにありました。
赤い木へんから、すうっと透明な橋が伸びています。
氷で出来た橋です。
お月様の光を浴びて、ピカピカと瞬いていました。
この先に冬幻鏡があるんだ、そう思うと、ユキヤはいてもたってもいられなくなりました。
橋を渡ろうとしたその時、キュッと手を引かれました。
振り返ると、アカリが不安そうな顔をしています。
大丈夫、とユキヤはその手を握り返し、また前を見据えました。
氷で出来た橋は、踏み出したユキヤの足にビクともせず、滑りもしませんでした。
こわごわ着いてくるアカリも、最初だけはおっかなびっくりでしたがすぐに安心した様子です。
橋の中腹まで来た頃でしょうか、ふと、二人の耳にコロンコロン、と聞き慣れない音が響きました。
さあっと、冷たい風が二人を囲む様に吹き、思わず目を閉じたその時です。
「いらっしゃい、可愛い子達」
透き通ったその声にハッと目を開けると、二人は大層驚きました。
目の前に、よく見知った井戸があるのです。
それに、辺り一面だった銀世界はすっかり消えていました。
コロンコロン、という音は、先程より大きく聞こえます。
雪が溶け春になると、子供達は仕事を与えられます。
それが、家の近くにある井戸から水を汲む事でした。
ユキヤは首を傾げます。
家から橋まで、子供の足でも一刻はかかる道のりを歩いてきました。
北へ真っ直ぐに来た筈なのに、いつの間にか家の方へ歩いていたのでしょうか?
「いいえ、ここは鏡の世界ですよ」
コロンコロン、と井戸が答えました。
ユキヤはまた驚きました。
声に出していない筈の疑問に、その声が答えたからです。
キュッと、アカリの手を握ると、キュッと、アカリからも握り返してきました。
綺麗な声は、コロンコロンという音と共に楽しげに笑っています。
「いらっしゃい、可愛い子達。
一緒に美味しいお餅を食べましょう」
アカリが、お餅?、と嬉しそうな声を上げました。
駄目だ!
ユキヤが叫んだその時です、するりと繋いでいた手がほどけてしまったのは。
コロンコロン、と井戸の奥から笑い声が響きます。
「あぁ、可愛い子。
いらっしゃい、私達と一緒に美味しいお餅を食べましょうね…」
ざあっと、強い風がユキヤを包みました。
「この子は貰った。お前はおうちへおかえり…」
風に巻き上げられた雪の礫で目の前が真っ白になり、ユキヤは妹の名前を何度も何度も叫びました。
けれども、可愛い妹がいつもおにいと呼ぶ、鈴の音の様な声はもう聞こえませんでした。
気が付くと、ユキヤは家の前に立ち尽くしていました。
大人達が血相を変えて家から出てくるのが見えましたが、ぼんやりと、その様子を眺めているだけです。
いがった、どこさ行っだがど…
はぐうぢさ入れ…
安堵してユキヤを抱きしめたお母さんは、目を潤ませていました。
おおい、オラの童子めっかったどー!
お父さんが大声で辺りに叫んでいます。
後から出てきたじいじも、いがったいがった、と家の中へ入っていきました。
お母さんに抱かれながら、ユキヤはギュッと凍えていた手を握りしめました。
そこには、見覚えのない、揃いの赤い手袋が片方だけ握られていました。
最後までお読み頂き有難うございました!
感想を頂けると泣いて喜びます!!