最終電話
他者様の企画、怪談Night2019に寄稿させて頂いた時のお話です。
朗読台本としてどうぞ〜!
利用規約はありませんのでご自由にお使い下さい。
【注】漢字にルビは振っていません。
(朗読時間5分)
仕事終わり、職場の更衣室で私服に着替える。
「おっと」
脱いだズボンのポケットから滑り落ちる寸前だった携帯電話をキャッチすると、彼は着信ランプが点滅しているのに気付いた。
「メール…いや、留守電か」
ここ数年、仕事関係以外で携帯電話に着信が来る事は稀だ。
訝しみつつも履歴を開くがそれらしい表示は見当たらず、留守番電話の通知のみが画面上で無機質に主張していた。
チカチカと、更衣室唯一の蛍光灯が瞬く。
まるで早く帰れと急かされている様だ。
形ばかりでほぼ空のショルダーバッグを掴むと、彼は声を掛けてきた同僚に軽く手を挙げて職場を後にした。
駅までの道すがら、携帯電話を耳に押し当て謎の留守番電話を確認してみると、数秒の耳障りなノイズ音に重なり切れ切れの声らしきモノが聞こえてきた。
「…す…けて……た…け……て」
男とも女とも判別し難いその声は、どうやら助けを求めているらしい。
とはいえ、10秒足らずのその音声には他に情報が無く、例え助けようにも何も手立てが無い。
「つうか…気持ち悪いな。イタズラだとしてもタチが悪い」
定時から大分かけ離れた帰宅時間。
逃す訳にはいかない本日の最終電車発車まで10分を切っている事に今更ながらに気付いた彼は、不可解なその留守番電話を躊躇いもせず削除し走り出した。
改札を抜けいつものホームへ滑り込む。
上がった息を整えていると、見慣れた光景に違和感を感じた。
いやに静かだ。
周囲をぐるりと見渡すが、彼以外誰の姿も見えない。
続く線路の両端は立ち込める霧で見通す事が出来ず、ホーム内までスモークを焚いた様に視界が悪くなっていた。
「何だ…?」
ほぼ毎日利用している駅構内、時間も同じ筈だ。
それなのに、何もかもが違っていた。
じわじわと侵食してくる不安に、彼は思わず握り締めていた携帯電話に縋りついた。
普段と違う事があった、と言えば、あの留守番電話だ。
「まさか電源が入らないなんて事ならないよな…? 頼むっ!」
相手の見えない祈りはどこかへ届いたらしく、携帯電話はいつも通りの待ち受け画面を映し出している。
しかし、やはり先程の留守番電話の履歴は消えていた。
当然だ、削除したのは彼自身なのだから。
「終電の時間まであと5分か……うん?」
自分で言葉を発しておいて愕然とした。
そんな筈は無い。
10分前だと気付いて走り、改札を抜けホーム内へ辿り着くまでに5分以上かかった筈だ。
まさか、昨日の今日で自分の足が陸上選手並に早くなった訳でもあるまいに。
しかし、こういう時デジタル表示の時計は不便なものだ。
いつまで経っても数字が変わらない気がする。
誰もいないのをいい事に声に出して60数えてみたが、デジタル表示は同じ刻から動こうとしない。
背筋を冷たい汗が滑り落ちていく。
「そうだ、誰かに電話…」
思い立って携帯電話の電話帳を開こうとするが、何故か待ち受け画面のまま固まったかの様にタップに反応が無い。
一体何が起きているのか。
襲い来る不安、焦燥、絶望…いや、何とも表現し難い心情に、彼は叫びたい衝動に駆られた。
とその時、右方から聞き慣れた警笛と共に線路を滑る車輪の音が耳に飛び込んできた。
「な、何だ…ちゃんと終電が来たじゃないか」
安堵したその瞬間、背中を強く押される感触。
「えっ?」
「そう、終電だよ」
抗う術もなく線路へと落ちていくなか、振り返ったホームにはいつも通りのまばらな人影が見えた。
皆一様に驚いた顔をしており、誰が自分の背中を押したのかは分からない。
つんざく女性の悲鳴が辺りに響いていた。
「助けてって言ったのに、無視するからだよ」
-end-
有難うございました
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