双子の姉と弟で入れ替わった令嬢と騎士は頭を抱える
「お嬢様、どうされましたか?気分でもお悪いのですか?」
全身から絶望を醸し出し、自らに起きた状況を正確に把握して頭を抱える俺に“おろおろ”と慌てるのは双子の姉付きの侍女。そんな侍女がおろおろする姿すら些末な事だと捨て置きながらも自身に起きたこの理解不能な現象にユーリス・アグレシブは深い、深いため息を吐く。
“とにかく、今日の仕事はどうしたものか………”
双子の姉と入れ替わってしまったユーリスの頭に真っ先によぎったのはその一言だった。
“ユーリスと私はそっくりね”
そう言ってニッコリと笑う姉はユーリスの自慢の姉だ。小さい頃は双子の姉とよく服を取り換えっこをしては両親や屋敷に仕える使用人を騙しては遊んでいた。
遊んではいた。遊んではいたが………大人になって精神が入れ替わるなんて迷惑でしかない。
「どうしたものか………」
あの後、朝の鍛練のためにいつも通りの時刻に起きたユーリスが自身の身に起きた現象にため息を吐いていた所。自分の部屋の方角から悲鳴が上がった。悲鳴を上げた張本人は今は着替えの真っ最中。
「ううっ………なんでこんな事になったのよ」
低い男の声。自分の声で姉が呟くのにユーリスはげんなりする。
「コーリン、俺の声で女みたいな事を呟かないでくれ、気色悪い」
姉の体に入ってしまったとはいえ、精神的には男のユーリスは事情を知った自分付きの執事にいつも通りの服を持って来てもらってそれを身につけ、髪は後ろで適当に纏めている。こんな時に姉には申し訳ないが、姉の胸が平らに近くてで非常に助かった。姉にそう言ったら殺されてしまうかもしれないが。姉の婚約者である親友には今度、謝罪しておくべきかもしれない。そんな事をツラツラと考えていた俺の耳に憤慨した姉の声が刺さる。
「気色悪くて悪かったわね!」
服の着方がわからないと自分に泣きついてきた姉が憤慨した表情で衝立から俺の姿で出てくるのに嘆息する。
「本当に入れ替わったんだな」
「本当に入れ替わっちゃったのね」
互いによく見知った相手の姿をマジマジと眺め、互いにため息を吐く。赤毛に緑色の瞳。男女の双子は似ないと言われているが自分達は本当に昔から
「現実的にこんな事が起こるとはね」
そう言っていつもの仕草で首を傾げる姉にユーリスは肩を竦める。
「だな」
姉の言葉にユーリスも同意する。
「とにかく、今日は仕事は休むしかないな」
学園を卒業し、3年前から騎士として働きだしたユーリスの現在の職場は王宮。幼馴染の王子の護衛兼目つけ役だ。姉は結婚までの間、昼間何もすることがないのは嫌だと王宮の図書館で働いている。眉間の皺をいつも通りに揉むと姉が嫌そうな顔を向けてくる。
「やめてよ。皺になるでしょ。私の体なのよ」
こんな時でもいつもと変わらない姉の言葉にユーリスはため息を吐く。
「姉さんの方は休んでも大丈夫なんだよな?」
「うー、鳥肌が立つわ。私の声で姉さんなんて呼ばれるの」
「お互い様だろ」
「ま、そうね。仕方ないもの。私の方も休んで頂戴。入れ替わったままの私達が仕事が出来る訳がないわ」
ユーリスの指摘に天井を見上げたコーリス・アグレシブも深い、深いため息を吐く。
“ユーリス”
そう呼べば“コーリス”と笑う弟だった。小さい頃からそっくりな双子の弟は自分の自慢の弟だ。………だからと言って入れ替わって何が楽しいと言うのだ。
「きゃああああ」
目を覚まし、見慣れない景色に身の危険を感じた自分が上げた悲鳴にいつもの時刻に起きてこない弟を心配して起こしに来た執事見習いが驚きに固まるのすら放置した。
“どういう事なの!”
ペタペタと顔を触り、見慣れた弟の姿が窓に映るのにコーリスは自分の顔をマジマジと眺めながら真っ先に思ったのは………
“私に騎士の仕事は無理よ。悪いけど”
その一言だった。物語では入れ替わりに胸をときめかせる令嬢達の大半は憧れの人に近づけると考えるのだろうがコーリスは現実的だった。
“運動嫌いだもの”
眉間に皺を盛大に寄せながら、コーリスは天井を見上げてため息を吐く。大人になっての入れ替わりは“仕事”を抱える人間にとっては死活問題でしかない。
『はぁ………』
物語ではなく、現実に入れ替わりを経験した令嬢と騎士は顔を見合せて深いため息を吐く。
ーー………仕事、どうしようかー
入れ替わった双子の姉と弟。入れ替わった令嬢と騎士は今日も頭を悩ませる。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです