第一話 太陽と水
第一話 太陽と水
気持ちがよかった。何よりも漂う感覚、ぬくもりのある液体に包まれているような感覚。まるでそれは胎児に戻ったような。
俺はスピーノ。親はいない。
いまどき御笑い話な、魔物との戦うための修行を積んで育ってきた。魔物と戦う?違う、魔物はもういなかったはずだ。なぜ、俺は師匠にあんなにも真剣に自衛の手段を叩き込まれたのか。
いや役に立っている。役に立った。師匠が魔物にやられたとき、その油断した魔物を倒せたのは力が身に付いていたからだ。
記憶が曖昧だ。それはそうだ。あれだけ愛していた俺の町を魔物に襲われ、挙句の果てには俺はその波にのまれてしまった。飲まれて?どうなった。
俺は…。
「お、起きたぜ父ちゃん。この寝坊助さん、なぁ、腹は減っているかい?」
目を覚ますと、褐色の少年が俺に乗っている。重い。
「あー、うん、そうだな。まず退いてくれるとうれしいな」
「お、そうだな。じゃないと起き上がれないもんな!」
そう起き上がれない。どうやら俺は船の中で寝かされたうえに乗られているらしい。おかげで周りの状況も何もわかない。なにせ俺が寝ているスペースも俺一人分のものくらいだ。
半パンに上半身裸の少年がようやく退いてくれたので、外の様子がわかった。
うすうす分かってはいたが、どうやらここは俺の住んでいたヘルパーではないらしい。
それどころか、俺の住んでいた世界すらないかもしれない。
俺の知っている太陽は球体だ。
「なぁ、少年。太陽が欠けているように見えるんだが…」
「何言ってんだ兄ちゃん。太陽は欠けているもんだろう?」
そっか、そっか、おかしいのは俺のほうか。まいったなこれは。周りを見れば、緑豊かな水の中に浮かんでいる様子だった。
自然というものを失ってからは、俺の感覚では長い。あー、なんだ、開拓とかいうやつで町は広がっていき、世界中はマシンを中心に活動していた。もちろん、人もそれに合わせて進化いや退化していったのか、緑の美しさを知ることはなくなっていたはずである。
それが、俺の目の前には広がっていた。
美しい、目に写るすべての景色がなぜが心地よい。
水の町といわれたヘルパーよりも美しい水の中をさまよいながら森の中を浮かぶというものは、良いものだ。
「さて、少年、目が覚めたんなら、自己紹介しようか。俺はスイムというもんで漁師だ。こっちは俺のガキのデールってんだ。よろしくよ」
「ああ、どうも、まぁ、その少年って呼び方だけはいただけねぇが。何やら助けてもらったようだし…、俺はスピーノってさっきその少年、デールにも言ったような気がする」
「俺も聞いた気がする!」
太い腕からげんこつが少年デールの頭に落ちる。
「聞いてたなら先に言え!」
「いってぇよ!父ちゃん!」
男の体は筋肉で出来ていた。この船の中で一番大きい。
筋肉ダルマと呼んでみようか、いやまずい気がするな。うん。30代くらいのデールによく似たおっさんがスイムという漁師をしていて、どうやら。
この湖と呼ばれる巨大な水たまりの中に浮かんでいた俺を引き上げた人物らしかった。
「!!お、どうやら話はここまでのようだな」
「おっさ、スイム、何かあったのか?」
「兄ちゃん、あれだよ。岸の方見て」
「そうだデール。ちょいと兄ちゃんには聞きたいことは山ほどあるんだが、先にこいつらが先決だな」
スイムは船の奥から何やら棒を取り出す。それは二又に穂先を分けた槍だった。
まぎれもなく、武器。カスタマージェムのような見世物じゃなく本物の武器のようだ。そして、俺の目にも見えるところにもスイムが言っているものがわかった。
蜂の魔物がこちらに向かって飛んでくる。
俺は感じた。肌で感じ取った。この世界は何も変わらない。俺のいたあの町と何も変わらない。やらなきゃやられるそういう世界だ。
「デールは隠れてろ。兄ちゃんも疲れてりゃ休んでていいぜって、ところだがそりゃそうか。そんな御大層な大剣掲げてんだ、戦えないわきゃないよな」
「ま、そういうことだ。いまいちよくわかっちゃいないが、俺様はチャンプなんだぜ!?」
「ほう、ま、そんな口たたくなら働いて見せろい!」
船から乗り出し、俺とスイムは魔物を迎え撃つ、やることは変わらない。俺はこの剣で切り開くのみ。
スイムは槍を腰を落とし構え、俺はスレッヂブレードを片手で構えた。