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銀盤より愛をこめて  作者: 紫乃
4/5

4.


車をリンク前の駐車場に止め

荷物を下ろした。

ガラガラ荷物を引きながらアンドレーエフ先生についていく。

いつものリンクでなく隣の小さなリンクに案内された。

小さなリンクといっても日本のリンクと同じぐらいのサイズだ。

国できちんと整備された練習場に僕は入ってよかったのだろうか。



『ほれ、ユキ。

 なに突っ立ってる。

 着替えてこい。』



当たり前のように声をかけられ

慌てて荷物を広げ着替えた。

あんなに躊躇していたリンクなのにちっとも恐れを感じない。

着替えた後、準備運動をし移動で固まった筋肉をほぐす。

僕のウォーミングアップの時間を把握している、

アンドレーエフ先生は今はそばにいない。

自分の教え子のほうにいるのだろう。

大きな試合が終わったばかりとは言え

忙しい時にわざわざ迎えに来てくれたことにお礼を後で言わないと。





リンクの周りを曲のテンポに合わせながら走る。

リハビリの先生にこれ以上のスピードも

それ以下のスピードもダメだと言われている。

ちょうどいい身体のテンポを教えてもらい、

効率よく体をほぐす。

ランニングが終われば縄跳びを飛ぶ。

柔軟をして体幹トレーニングの短縮版をする。



後できちんとトレーニングし直しをしよう。

基本をしっかりやらないと、おじいちゃんに怒られてしまう。



久しぶりに氷の上に乗る。

改まってみるととてもドキドキした。

静まり返っていて、ひんやりと冷たい空気。

トレーニングで火照った体にはちょうどいい。



薄手のトレーニングウェアの上から

裏起毛のぴったりとした長袖Tシャツを着た。




いつもの通りに。



シューズを履き替えそっと氷の上に乗った。

反発されることなく当たり前のごとく乗ることができた。

まずは外周を滑る。

前から、後ろ向き、クロス。

違和感なんてどこにもなかった。



先生のおかげでいつもよりも安定しているぐらいだった。




バッチテストのステップを最初から一通りさらう。

深いエッジワークを心がけて

綺麗な線を書き込む。




戻ってこれたんだ。




コードレスのイヤフォンを操作して

こないだの世界選手権でFDの曲を呼び出す。

何度も繰り返し見たおかげで内容は頭に入っている。

イヤフォンをしていても

ジャンプを飛ぶわけではないのでたぶん大丈夫。



真ん中に立って再生する。

僕はいつも真似をするときに彼女の踊り方を真似する。

やはりリフトなど男性パートの振りはまだ僕にはまねできない。

リフトの分の間はジャンプにいつもちょうどよかったが

今回はまだ飛べないなぁ。



あのリンクで再会した世界中の人が

同じようにあの2人に再会したんだ。

離れ離れになっても変わることない愛。



まず最初のリフトにシングルアクセル。

高さを出して間を合わせる。

ストレートラインステップは表情から指先まで神経を研ぎ澄ませる。

スピンはレイバックスピンからビールマンスピン。


サルコウ、トウループのコンビネーション。

イナバウアーからのルッツジャンプ。

フライイングキャメルスピン、ドーナッツにつなげて

シャンデリア

ステップからアクセルからトウループのコンビ。

から勢いよく足替えのコンビネーションスピン。

スピンはI字で終わらせて。

ステップのシークエンス、からアクセル、ループ、ループの3連続

フリップを跳んで、フリップ、トウループのコンビ。

最後にイーグルからアクセルジャンプ。

抱きしめるようにポーズ。



シングルジャンプだけだったけど

やっぱりキツイ。

上に高く上がって手を挙げて

絶対に軸の取り方が前よりも楽だ。

先生にメール入れてお礼言わないとだな。


4分間きっちり滑るのも久しぶりだ。

まだまだ、マリアやウォーリスに見せれるレベルじゃない。

勇気をもらった演技だからちゃんと踊りたいなぁ。


ステップの間やエッジをさらいなおしてみよう。


そこで、ようやくこのリンクに人がいることに気が付いた。


アンドレーエフ先生ともう一人。




迂闊だった。

アリョーシャ、アレクセイだ。


アレクセイ・スカラ。

ジュニア時代皇帝と争い続け

シニアになった途端アイスダンスに転向。

オリンピックや世界選手権のメダリスト。

マリア・ジョンストン、ウォーリス・ワグナーのあこがれの2人。

従姉のセシナとペアを組んでいて、

彼女が結婚するときに引退した伝説のスケーター。



そんな人がアンドレーエフ先生と一緒にいるのはともかく

どうしてここにいるのか。


イヤフォンを外して急いでそばによる。


『まったく。

 曲の世界に入り込み過ぎだ。

 全然こちらに気付かないで滑るやつがいるか!?』


アンドレーエフ先生が言うのもごもっともだ。


『表現をするのは良い。

 ただジャッジに訴えねばならぬものを

 見られる意識が低すぎる!』


曲に入り込み過ぎると

見られてる意識が低くなりすぎて

力が弱いっていつも怒られていたなぁ。

もっと表現をしながら訴える力をつけないと。

視線の持っていきかたがよくないのか…。


『ユキ!

 セイから電話で聞いているがお前まだ

 ジャンプは禁止されてただろう!!』


『先生、そんなに怒らないで。

 久しぶりの氷にはしゃいでしまったんですよ。』


はっとした。

先生に怒られている場合じゃなかった。


『初めまして、神崎 幸です。』


『きちんと挨拶するのは初めてだね。

 アレクセイ・スカラ。

 今日から君のコーチです。』


とても綺麗な微笑だった。



コーチ?



『大丈夫。

 日本にもきちんと連絡がいっているし、

 他の生徒をつけようとされたから

 君の対応に関して家族と一緒に訴えも辞さないことを宣言したら

 あっさり決まったし。

 誰にも邪魔させないよ。』


ところどころ怖いワードが入ってたよね…?


『ユキ、こいつはいつもこうだ。

 ユキのジャンプの失敗も分かっているから大丈夫だ』


アンドレーエフ先生に飛びついた。


『ありがとうございます。

 感謝します、先生』


『…ユキ。

 悪いが離してくれ』


『ユキ。先生に飛びつかないで私のところにおいで。

 向こうの医者の報告書も渡して。

 チームドクターと相談しないと。

 今日はいっぱい滑っただろうから、

 氷の上は終わり。

 ジャンプも跳んでるし冷やさないと。

 あぁ、このままドクターに顔合わせして

 足も見てもらおうか。

 経過次第でトレーニングしよう?

 セイがリハビリだけでないトレーニングも組んであるって言ってたから

 順番に確認しよう。』


スカラさんのマシンガントークについていくのに必死で

気が付いたらシューズを履き替え

気が付いたらキャリーケースはスカラさんが

ガラガラしていて

手荷物と上着を羽織り小走りについていった。




『…まったく』



アンドレーエフ先生は言葉とは裏腹に

優しい笑みを浮かべていた。


勿論僕は見ていなかったけど。




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