2.
気づいたら病院だった。
額を縫ったらしい。
痛めた足首は重度の捻挫のため固定されていた。
枕元には忙しいだろうにお兄ちゃんも、お姉ちゃんもいた。
ずっと一緒に住んでいたおばあちゃん。
迷惑をかけちゃった…。
僕の全日本選手権が終わった。
骨に異常はなし。
可動域が広く足首、膝が柔らかかったのでこの程度で済んだらしい。
色々なところを打ち付けた青あざは
練習で転倒すればできる怪我なのでもう慣れっこだった。
額も綺麗に縫われていたので若いからもっと薄くなるようだし
残すはリハビリだけだった。
無茶な減量もこってり絞られた。
加藤先生は僕の先生ではなくなった。
元々はおじいちゃんのチームだったけど
生徒さんもいたことから加藤先生のチームになったと聞いた。
僕はどこのチームにも所属していない
神崎 幸
になった。
偉大なおじいちゃんの生徒で
血縁者でとても扱いにくい人物だと聞いた。
お兄ちゃんはスケート連盟の人からいろいろ聞いて
激怒したようだけど
他にも優秀な選手はいる、つまりはそういうことだ。
気分次第で成功率が安定しない
人を見下す
とっつきにくい
僕は知らない間にそんな風に対応していたのだろうか。
僕はそういう選手だってみんなから思われたってことだ。
人に会うのが怖くなった。
お姉ちゃんの婚約者はお医者様で良い先生を紹介してくれた。
リハビリも足だけでなく今後スケートに欠かせない体幹や
メンタルトレーニングも併せて行ってくれた。
漸くランニングも取り入れられるようになったころには
3月の世界選手権が目前に迫っていた。
テレビを見ることもなく
学校ももちろん遠巻きにされた。
元々遠征で欠席も多かったし
氷の上やバレエのレッスンのほうが魅力的だった。
リハビリの先生はそろそろ氷の上にのっていいよ
でもジャンプはもうちょっとねって
14歳の僕に小学生のような接し方をするけど
穏やかに付き合ってくれる姿勢に僕はほっとした。
おじいちゃんも穏やかに接してくれていた。
でも甘やかすんじゃなくて話し合いの重要性
意見を言うことを教えてくれたのだと思う。
感情でぶつけられると驚いてしまうんだねって言ってたのは
メンタルの先生だったかな。
家の近くのリンクはチームの皆が使っているし
時間をずらすにしても
どうしても怖くて行けなかった。
こんな事初めてで
アイスリンクは僕にとったら家にいるよりも長くいる場所だったのに
混乱して青ざめた僕をお兄ちゃんは大丈夫だって
どんな時でもリンクに行きたがっていたのだから今は休憩だって。
脚力を戻すためにも
バレエレッスンを再開した。
バレエの五月先生は僕をぎゅっと抱きしめて大泣きした。
注目度の高い全日本選手権の最終グループは
ライブ放送だったので僕が血だらけで演技を続ける姿が
全国に流れたようだ。
それ以降ニュースにもあの映像が使うことができないぐらい
ひどい映像だっららしい。
それを見た先生は気が気でなかったらしい。
メールをしようにもどんな言葉もかけられなかったって。
本当に悪いことしちゃったなぁ。
落ち着いてからレッスン再開をお願いし
毎日通っている。
そんな時だった。
僕の大好きな2人からメールが届いた。
おじいちゃんの戦友が教えているアイスダンスの2人は
僕にとってスケートのお手本であり
憧れで目標だ。
なめらかなスケーティングはもちろん表現力がものすごく僕は好きだ。
表現をしながら高度なリフト、ステップを踏んでいく姿はいつも鳥肌だった。
何度も見て真似して滑ってみるくらい好きだった。
2人はちょっと試合をお休みしていた。
でも、オリンピックに2度も出場したメダリストだ。
久しぶりのメールに嬉しい半分困惑半分。
思い切って開けてみると
“Come back, here”
そしてURLが張り付けてあった。
2人がリンクに帰ってきた姿だった。
世界選手権FD。
目を疑った。
美しいピアノの旋律
合わせる2人のスケーティングは
身体から音が鳴っているみたいだった。
そうだ
音楽に身をゆだねて表現すること。
僕はこんな二人になりたかった。
途中ミスもあったがそんなことを感じさせない
2人の世界が広がっていた。
涙が止まらなかった。
呆然と立ちすくむ僕におばあちゃんは
優しく手を包み込んで
「行っておいで。幸」
おばあちゃんはあまり話しかけてこないけど
空気で僕を労わってくれる人だ。
落ち込んだり悩んだりおじいちゃんと喧嘩をすると
そっといつの間にかそばにいてくれるような人だ。
急いで荷物の準備をする。
おばあちゃんはお兄ちゃんとお姉ちゃんに連絡をしてくれていて
荷造りができるころには2人ともそろっていた。
「リハビリの先生から診断書と
経過のレポートもらってきたから向こうできちんと渡すこと。」
お姉ちゃんはファイルとUSBメモリーを僕にくれた。
「じいちゃんがいつも行っていた
ロシアのアンドレーエフには連絡済みだ
向こうで待っていてくださるって。」
航空券とビザの準備をしてくれていた
今日の深夜便。
「これ、母さんたちから」
そっと渡されたのは
サポーターやカイロをたくさんはいった巾着袋。
「ごめんな、幸。
でも、心配していたんだ」
「…うん。
あの、ありがとうって伝えて
頑張るって」
学校のこととか
色々本当は考えないと駄目だったんだろうけど
それでも背中を押してくれた。
「行ってきます」
僕は2人に会いに行く。