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銀盤より愛をこめて  作者: 紫乃
1/5

1.


ここには楽しいことしかない。

おじいちゃんが教えてくれた大事な場所だから。


おじいちゃん。


最後まで僕のことを考えて一緒に戦ってくれた大切な人。

お父さんも、お母さんからも家族として関心を持ってもらえなかった。

そんな両親に対しておじいちゃんはいつもすまないって謝ってくれたけど、

僕はおじいちゃんとこの世界があれば満足だったよ。




どうして、おじいちゃん。





ジュニアグランプリのファイナル。

確かにキス&クライで一緒に座って

ぎゅっと抱きしめてよくやったって笑ってくれたよね。



時代はクワドだって言われ続ける中

おじいちゃんは決してプログラムの中にクワドを入れなかった。



「身体が出来上がっていないジュニア選手のときに

 クワドを飛ぶのは許さんぞ。

 練習するなとは言わん。

 ただな、練習とプログラムは違う。

 クワドを今飛ぶよりももっと必要なことがある。

 美しいエッジワーク、表現力、

 基本はどんなプログラムを滑るにしても重要じゃ。」



その時の真剣な顔は忘れられない。

そのあとのいたずらっ子のような笑みも。


「それに、加点の付くトリプルで勝ったほうが気持ちいいぞ」



ジャンプは落下ではない。

高く舞い上がる鳥のように飛ぶんじゃよ。


あの時の教えを僕はずっと胸の中にしまい込んでいる。




全日本選手権。

僕のそばにいるのはおじいちゃんじゃない。



悪夢のような日だった。

胸が苦しい

そうつぶやいたおじいちゃんを病院に連れて行って

そのまま帰らぬ人になった。



「音楽をよく聞いて。

 そら、踊ってごらん」



いつもそういって送り出してくれたおじいちゃんの言葉が

最後の言葉だった。

うっすら目を開けて僕に伝えてくれた最後の言葉だった。





両親と久しぶりに会ったけど

僕の憔悴しきった姿に何も言うことはなく、

年の離れた兄と姉がやさしく頭を一撫でしてスケートリンクに送ってくれた。


「お前が帰る場所はここだろう?

 おじいちゃんの場所に行きな」


いつも僕のことを応援してくれていた優しいひとたち。





おじいちゃんの弟子のひとりである

加藤先生は僕が苦手としていた人だけど

おじいちゃんがなくなった今先生の意見に従わないといけない。




「全日本ではクワドを入れるわよ。

 跳べるのにいれないなんてずっとおかしいと思っていたのよ」




何度も何度も曲をかけてクワドを入れた通しをする。

それでもうまくいかなかった。




「なんで跳べないのよ。

 跳べるまで練習しなさい!!」



曲をかけずにクワドだけの確認をすれば跳べる。

そんな僕の姿を見て加藤先生はますます僕に練習を要求し続けた。




痩せていく僕の姿はおじいちゃんが亡くなったせいだと思われていたけど実際は違う。

体重の増加を恐れた加藤先生が食事制限を僕に課したせいだ。

練習は増加する。

クタクタだった。

リンクのどこを見てもおじいちゃんはいなかった。





加藤先生がほかの子たちを見ているときが一番うれしかった。

スピンやステップを確認して曲のイメージを高めることができるから。

僕はおじいちゃんの言葉を先生に伝えたけれど

決してクワド跳ばなくていいといわなかった。





「コレダカラオイボレハ」






僕のせいでおじいちゃんが悪く言われるのは我慢できなかった。






公式練習でジャンプの確認作業をする。

いつもはエッジワークやスピンを細かく確認する僕の練習とは違っていたので

周りからの視線がうるさい。

…偉大なおじいちゃんが亡くなった影響もあるのかもしれない。

とても愛された選手であり振付家でありコーチだったのだから。





「早くクワドの確認をしなさい」






サルコー、トウループのクワドを跳ぶ。

ジャンプは跳べる。

曲掛けの順番が来る。

SPは幻想即興曲。

僕がピアニストのように軽やかに氷の鍵盤の上をダンスする姿を見て

この曲とプログラムを振りつけてくれた。




でも、曲の中でクワドが跳べなかった。

また怒られる。







おじいちゃん。



ふがいない僕でごめんね。








SPでクワドを跳ばずいつも通りで滑ると

加藤コーチはキス&クライで見せていた姿を消し去り控室に戻った途端

叱責の嵐だった。




「オイボレノマゴダカラチョウシニノッテ

 ナンデワタシノイウコトガキケナイノ

 イマノアナタノコーチハワタシヨ

 オイボレデハナクワタシノイウコトヲキキナサイ」




マスコミも怖かった。

ジュニアの試合ではマスコミはあまり来ない。

天才少女のもとには来ても

男子フィギュアスケートの層が厚いせいか

海外マスコミがちらほらと来るだけで

日本のマスコミにこんなにも囲まれたことなんてなかった。




おじいちゃんのこと

クワドのこと

新しい先生のこと。




「頑張ります」




そう伝えるのでやっとだった。






シニア選手のいる中加点の付いたジャンプとレベル4のスピン

ステップで5位で迎えたFS。



最終グループはやはり

周りの選手はみんなクワドを跳んでいた。

跳べることは当たり前で

何本跳ぶのか、加点をみんなが狙ってくる。

あこがれの選手の中で練習できる喜びはどこにもなかった。





おじいちゃんが悪く言われるのはもう聞きたくない。

僕のせいで、僕がクワドを跳ばないせいでおじいちゃんが悪く言われるのであれば

僕がクワドを跳ぶしかない。




くるみ割り人形「ダッタン人の踊り」





おじいちゃん僕の姿見てる?



「クワドを今度こそ跳びなさい」


先生にそういわれて僕はリンクの中心に向かった。




音に身体をゆだねる。

最初のジャンプはトリプルアクセル。

そこからスパイラルに入りイーグルからのクワドのサルコー。







リズムがずれる。



着地がずれ足首に痛みが走る。



氷に頭がたたきつけられた。




音はなっているのに。




視界が真っ赤に。







視界がゆがむけれど起き上がらないと。

クワドを跳ばないと。

失敗しちゃったから、すぐに後半跳ばなければ。

今のは回転は回れていただろうか。

分からない。

なんで視界が赤いのだろう。







すぐにフライイングキャメルスピンに入る。

レイバックスピンも僕は女子選手と同じようにできた。

これもおじいちゃんのおかげだ。

毎日欠かさずバレエレッスンもしている。






頭がぐらぐらする。

音はどんどん激しくなる。

やらなきゃ、やらなきゃいけない。





ジャンプの体制になり右足を強く踏みしめると

強いしびれが体を走った。

これじゃあ浮けない!!








背中から落ちて気づいたら壁にぶつかった。



曲が僕から離れて行ってしまう。



遠くに。






おじいちゃんごめんね。





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