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時をかけるマッチ売りの少女

最後のマッチに火をともすと、

弱々しい光の向こうに、大好きなおばあさんの姿が見えました。

少女は思わず両腕を伸ばして叫びました。

「大好きなおばあさん!どうかわたしを連れて行ってください!」

おばあさんは少女に気づくと、にっこり笑って手を広げました。

少女はゆっくりおばあさんのところへ向かって一歩足を前に踏み出しました。

その瞬間、

「あ~れ~・・・!!」

少女は奈落の底に真っ逆さまに落ちていきました。


ここは、どこかしら。

少女はぼんやりした視界に目を凝らしました。

さっきまでいた石畳が、一面真っ平で凹凸がなくなっています。

見上げると、夜空のようですが、なぜか周りは明るいのです。

何故かと言えば、そこかしこにまぶしい光があふれていて、

夜の闇なんか遠くに追いやられてしまっているのでした。

少女が立ち上がると、つむじ風のような音があちこちから聞こえてきます。

音のする方を見て、少女は目を丸くしました。

赤や白や黄色や銀色の、ずんぐり太った馬のような生き物が、

風のようにびゅんびゅん走っているではありませんか。

手元のかごを見ると、さっきまで空っぽだったのに、

いつのまにか中にはいっぱいマッチが詰まっていました。

(そうだわ。私は、マッチを売らなければ)

怖いお父さんの顔が目に浮かんで、少女はぞっとしました。

そして、毎日呪文のように唱え続けて体が覚え込んでいる、

あのフレーズを叫びました。

「マッチはいりませんか?マッチを買ってください・・・」

通り過ぎるたくさんの人たちは、みんな見慣れない服を着ていますが、

よく見るととても暖かそうです。

女の人もほとんどスカートをはいていないで、

男の人と同じようにさっそうとズボンをはいて大股で歩いています。

そしてみんな、びっくりするほど速足で歩いていくではありませんか。

「マッチはいりませんか?」

少女は近くにいた中年の男性に声を掛けました。

長年の勘で、この人ならタバコを吸うに違いないから、

きっとマッチを買ってもらえると思ったのです。

ところが、コートの襟を立てた小太りの中年男性は、首を振りました。

「だめだめ。禁煙中」

「きんえん・・・?」

聞きなれない言葉に、少女は首をかしげました。

それでも気を取り直して、今度は2,3人で歩いてくる、

若い学生らしい青年たちに声を掛けました。

「マッチはいりませんか?」

すると、青年たちはきょとんとして首をかしげました。

「マッチ?マッチって、何?」

少女は面食らいましたが、かごの中からマッチをひと箱取り出しました。

「これです。こうやって、火をつけるのです」

そして、マッチを一本、シュッとすって火をつけました。

「へえ、すげえ。こんなの初めて見た。手品みたい」

青年たちはわいわい騒ぎ始めました。

これは、買ってもらえるかも、と少女は期待しました。

「でも、こんなにあってもなあ、何に使うんだよ」

青年の一人がたずねました。

「タバコを吸うときや、かまどに火をつけるとき、他にもいろいろ使えますよ」

なんでそんなことを訊くんだろうといぶかしく思いながらも、

この人たちは見かけほど大人じゃないのかもしれないと思いなおし、

丁寧に教えてあげました。

「おれらタバコなんて吸わないよ。ほとんど税金だし、ケンコーに悪いし。

それに、かまどって何だい?」

別の一人がまたたずねてきました。

かまどを知らないって、この人は私を馬鹿にしているのかしら?

少女はむっとしながらも、仕事なので嫌な顔をせず、きちんと答えました。

「お料理をするときに、お鍋を乗せて火をたくものですわ」

すると、青年たちはそろって大笑いしました。

「ジョーダンでしょ。今どきガスレンジも古臭いってのに。IHか電子レンジでしょ?」

「そうそう、それにコンビニやスーパーがあるし、料理なんてしないから」

少女は次々とわからない単語を並べられて、頭がくらくらしました。

呆然とする少女を後に、青年たちは行ってしまいました。


少女がどんなにがんばって道行く人に声をかけても、

たくさんの人たちはほとんどふりむいてくれませんでした。

少し離れたところで、少女と同じように手を差し伸べる若い女の子がいて、

少女と同じように何かを渡していました。

気になって、彼女の手元をさりげなくのぞき込んでみると、

白っぽい四角いものが紙袋にたくさん入っています。そして彼女は、

「お願いしまぁす!」

と叫びながら、気前よくタダでどんどん道行く人に渡しているではありませんか。

「あの・・・すみません、どうしてそれ、タダであげちゃうんですか?」

少女はそっと女の子にたずねました。

「はあ?」

女の子は怪訝そうに少女を見つめました。

「もらってもらうだけでも、最近は厳しいのよ。

これだけ全部配らないと、私、帰れないんだから!」

どうやら、女の子はちょっとだけ少女と境遇が似ているようです。

でも、買ってもらえないことには、少女の仕事になりません。

タダで配っている人のそばで売るのも気が引けたので、

少女はそっと女の子から離れていきました。


いつまでたってもマッチは売れず、

少女は凍えておなかがすいて、ふらふらしてきました。

とぼとぼ歩いていると、

突然目の前がまるで昼間のように明るくなりました。

「まあ、なんてステキなクリスマスツリー!」

広場に、見上げるほど大きなクリスマスツリーがきらきらと色とりどりにきらめいて、

それはそれはきれいでした。

少女は思わず一歩踏み出して、ツリーに近づきました。

でも、たくさんの人だかりが、少女を押し返しました。

周りにいる人たちは、ツリーを背にして、

小さな煙草入れのようなものをかざして、

それに向かって笑いながら、一瞬動くのをやめます。

そんな光景があちらこちらで見られました。

(何をしているのかしら?)

少女は首をかしげました。

何だか、この町は、私の知らないものがいっぱい。

いったいどうなっちゃったんだろう。

ツリーのそばまではとても行けそうになく、

少女はあきらめてまた歩き始めました。


空っぽのお腹がぐうっと鳴りました。

(ああ、おなかがすいた。今日は朝からスープを少し飲んだだけだったわ)

でも、マッチが売れない以上、少女に夕食はありません。

絶望的な気持ちでふと顔を上げると、なんということでしょう。

目の前の高い建物の壁に、

お皿からはみ出るほどの大きなローストチキンや、

揚げたジャガイモ、温かそうなシチュー、

大きなケーキまで映っているではありませんか。

(これは、魔法?)

少女はよろよろとごちそうの方へ歩き出しました。

とたんに大きな甲高い音がして、

さっきの大きなずんぐりした馬のようなものが、

目の前をものすごいスピードで通り過ぎました。

「信号赤だろ、あぶねえぞ!」

どこからか、そんな声がしました。

女の子はびっくりして逃げ出しました。

人ごみの間を縫って、少女はよろよろと細い路地に入り込みました。

(おばあさん。私、おばあさんのところへ行こうとしてたのに。

いったい何が起こったの?)

少女はしくしくと泣き出しました。


「あー、おじょうさん」

ふいに耳元で声がしました。

見上げると、時計を持ったウサギが一匹、少女の隣に立っていました。

「勝手にあちこち行かれちゃ困るよ。

ちゃんとスケジュールに沿って動いてもらわないと」

「うさぎがしゃべるなんて。それに、人間みたいに服を着てる。

・・・あなたは、誰?」

少女がびっくりして尋ねると、

ウサギは不機嫌そうに鼻を鳴らしました。

「私は時間管理局の管理員でね。覚えてないの?

あんたはリサーチ担当のインターンでしょ。

そのスケジュール通りに動いてもらわないと、

あとで画像編集するの、めちゃくちゃ大変だから」

ウサギの指さしたのは、マッチの入ったかごでした。

少女が中を探ってみると、かごの底にマッチ箱型の小型カメラ、

そしてその下には超薄型のタブレットが、入っていました。

その表面には、

『201X年12月24日、Tokyo-S区某所』

という文字が浮かび上がっています。

「ね?ここに、順路書いてあるでしょ。

この通りに歩いてもらわないと困るんだよね」

ウサギの白い毛むくじゃらの手が器用に画面をスクロールして、

タイムスケジュールを出し、少女につきつけました。


17:00~ 駅構内、待ち合わせスポット▲の鈴

18:00~ 〇×タワーフロント巨大ツリー

19:00~ スクランブル交差点電光掲示板前

20:00・・・


「最後の一本が燃え尽きたら、次の地点に移動ね。研修で説明したよね」

少女は、ようやく思い出しました。

(そっか。200年分、リサーチしないと終わらないんだわ)

少女は、時間管理局に就職するための、

インターンシップ兼バイト生でした。

人々にスリルあふれるバーチャル映像を配信するための素材を集めに、

あちこちの時代を駆け回らなければいけないのです。

最初は面白そうだと引き受けたのですが、そのきついこときついこと。

でも、契約書にサインしてしまった以上、

途中で放棄したらバカ高い違約金が発生するのです。

「すみません。うっかりしてました・・・」

少女はウサギに頭を下げました。

「記憶装置の管理は、自分でちゃんとしてね。

いったんリセットしてから、次の場所に移動して。

不具合のたびにいちいち追っかけてらんないから。

今度やったら、内定もらえないよ」

ウサギの管理員の嫌味に、少女は顔をしかめました。

そして、時間管理局になんか絶対就職するもんか、と、

心の中でひそかに決心したのでした。


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