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マッチポンプ売りのシンデレラ

 クリスマスイブの夜を吹雪が彩っていました。街をイルミネーションの数々が照らし、家族連れや恋人たちがケーキを片手に談笑しながら歩いています。そんなお祭りムードの中で、マッチ売りの少女は1人孤独にマッチを売るために通行人に声をかけていましたが、周囲の反応は芳しくありません。

 当たり前ですよね。確かにマッチはクリスマスケーキのろうそくに火を灯すために使うことはできますが、今はマッチより安くて簡単に火を付けられる100円ライターがありますし、300円ほどでより長く安全に火を付けられる着火器具も買えるのですから、わざわざ雑踏の見知らぬ少女から高価なマッチを買う人なんて存在するはずがありません。少女はクリスマスにマッチの需要が急増すると推測してマッチを大量に仕入れましたが、競合対象の方が高性能で安価であることを見落としたため失敗しました。

 皆さんも、もし新規ビジネスを立ち上げるのであればこのマッチ売りの少女のような視野狭窄に陥ることを避け、冷静に仕入れる品を選ばなければなりません。客の立場になって考えましょう。価格でも品質でも劣るものを正攻法で売ることはできません。

「はぁ……」
 マッチ売りの少女はため息を吐き、店外でケーキを並べて売っているコンビニ店員を羨ましそうに眺めました。マッチではなくクリスマスケーキを売るべきだったのです。籠一杯に詰まったマッチを売り捌ける見込みはほとんどありませんが、クリスマスケーキならきっと飛ぶように売れたでしょう。

 マッチ売りの少女は勉強や運動は苦手でしたが、自他共に認める美少女なのでクリスマスケーキの売り子としては他人より優れている自信がありました。彼女はクリスマスケーキの売り子としてのアルバイト収入以上の物を求めて自分でマッチを仕入れて売ろうとしましたが、その計画は見事に失敗して赤字とマッチだけが残りました。

 マッチを売るのを諦め、マッチ売りの少女は1人で公園のベンチに座り、マッチを1本取り出しました。試しに1本マッチに火を付けてみましたが、火は頼りなく揺れ、吹雪に負けて消えました。もちろん、このマッチには特殊な成分は含まれていないためマッチ売りの少女が幻覚を見ることはありませんでした。

「可愛いだけが取り柄の私が人生で成功するためにはどうすればいいの?」
 少し考えて、何も思いつかなかったのでマッチ売りの少女は答えを求めて大型本屋に向かいました。インドア型人間の常ですが、彼女の趣味は読書で、分からないことがあれば本を読むことで答えを見つけるタイプです。

 読書の結果、己の強みを生かすことの重要性やストーリーテリングによるマーケティングの手法を学んだ彼女は早速実践に移りました。思考と行動が直結しており、迷って時間を無駄にすることがないのは彼女の長所でも短所でもあり、これまで数々のトラブルを引き起こしてきました。

 その日はもう遅かったので、コンビニで夕食代わりのケーキを購入して彼女はビジネスホテルに泊まりました。彼女は自分の数少ない取り柄である優れた容貌を最大限に活用して社交界入りすることを決意しました。マッチが売れないなら自分自身をパッケージングして高値で売ればいいのです。

「何もせず待っていてもかぼちゃの馬車は迎えに来てくれないから、私の方から王子様に逢いに行こう」
 マッチ売りの少女はシンデレラストーリーを送るための努力を始めました。
 翌日、彼女はアウトレットモールに行きました。彼女の人生の9割はアウトレットモールで作られています。

 彼女は新品特有の雰囲気は嫌いでしたが、誰かの手を介したことが分かるアウトレットモール品のことは好きでしたし、常に中古品は新品よりもお買い得であるという信念を持っていました。彼女が新品を手にするのは親しい男性に新品のブランド物バッグをおねだりしてアウトレットモールに即座に売るまでの短い区間だけです。

 彼女には恋人はいませんでした。彼女は恋とか愛とかいう曖昧な概念を理解できるほど情緒的ではなかったからです。彼女の中に存在する首尾一貫した価値基準は金と社会的地位や容貌などの客観的に計測可能な社会的ステータスだけでした。

 他のみんなが笑う時だけ一緒に笑い、他のみんなが泣く時だけ一緒に泣き、他のみんなが悲しむ時だけ一緒に悲しみ、他のみんなが楽しむ時だけ一緒に楽しみました。彼女にとっての感情はあくまでも社会生活を送る上で最低限必要なものだけでした。美少女なので、いつもニコニコと微笑んでいれば彼女は周囲からちやほや可愛がってもらえましたが、その結果として感情は複雑化せず素朴なまま残りました。

 アウトレットモールで、彼女は敢えて一昔前の純朴な町娘風の質素だが可愛らしい衣装を購入しました。一時期は「童貞を殺す服」と呼ばれていましたが、男がこういう類の処女性を匂わせる服のストーリーテリングに弱いのは童貞に限らず万国共通なので不適切なネーミングでしょう。
 元々、彼女はどうでもいい相手で処女を捨てるつもりはなく、オークションで最高値を付けた相手に売る予定でした。しかし、現在の彼女は戦略を変更し、オークションに参加しない最高の相手(王子)と結婚するために使える手段を全て使うことにしました。

「なぜ王子が最高の相手なのか」という問いに対する答えは簡単です。王子はこの国一番の大金持ちですし、未来の国王なので権力や社会的地位も申し分ないほど持っていますし、容貌も彼女好みの(すなわち、世間好みの)若いイケメンでした。

 王子に会う最も簡単な方法は舞踏会に参加することですが、彼女には舞踏会への参加チケットは届いていません。だから、彼女は近年上り調子で上場予定のITベンチャー企業社長をオンラインデートサイトで見つけてメッセージを送って口説き、一緒に舞踏会に参加することを約束させました。哀れな社長は自分が踏み台に使われていることは知らず、美少女から好意的なメッセージが届いたことに舞い上がっていますが、美味い話には裏があることは忘れないでください。

 彼女はアウトレットモールの商品が好きでしたが、流石に王子も参加するような格式の高い舞踏会に参加するためには新品の高価なドレスや装飾品が必要です。今後王子と結婚するならこれまでの人生で築いた下町的世界観は邪魔なだけなので、彼女は「新品であることはいいことだ」「値段が高いことはいいことだ」「ブランド品であることはいいことだ」の3拍子で説明できるより社交界で一般的な世界観を身に着けました。

 自転車の補助輪のように、以前は有用だったものが次の段階では邪魔になるのはよくあることなので古い価値観を捨て去り新しい価値観に移ることを恐れてはいけません。古い価値観にしがみつく愚か者から順番に社会の底辺へと沈んでいきます。

 彼女は王子の目に留まるようにするためにデザイナーズブランドの特注品のガラスのハイヒールを履きました。履き心地は控えめに言って最悪でしたが、舞踏会において重要なのは実用性ではなく美しく新奇であることなので問題ありません。彼女は身長が低いことがコンプレックスなので、その身長の低さをごまかせるハイヒールは好都合でした。

 彼女は王子の目に留まる程度に目立つために、普通のありふれたドレスではなくチャイナドレスを着て舞踏会に行きました。その場で許される限度内であれば差別化戦略を採用して目立つようにした方が有利です。今回の彼女のように、「王子と結婚する」ような分の悪いギャンブルに賭けるような場合はなおさらです。どうせ失敗してもITベンチャー社長というそこそこ良い金蔓をキープしているのでデメリットはありません。

 舞踏会に参加後、儀礼的に1度社長と踊った後に彼とは別れ、彼女は単独行動を始めました。社長の方は社交界の上層部たちへの自社事業の売り込み活動で忙しく、彼女といつまでも一緒に時間を潰せるほど暇ではありませんでした。

 王子のそばには大勢の女たちが群がっており、王子は見るからに疲れたような顔で応対していましたが、彼女は有象無象の中に混じって成功すると思うほど馬鹿ではありませんでしたし、彼女自身も人混みは嫌いなので進んで人混みに紛れ込むことはありませんでした。

 あの様子では、遅かれ早かれ王子は会場を抜け出して休憩先の中庭に来ることになるでしょう。彼女は王子への手土産用にサンドイッチを手に取って中庭に出て、よく整えられた庭園の奥深くの椅子で休んでいました。王子付きメイドからの聞き込みでここが王子のお気に入りの場所ということは分かっているので、後は待つだけです。

 必要な情報の多くは本に書かれていますが、どんな本を読んでも載っておらず人に聞かなければ手に入らない情報もあります。しかし、大半は一言聞けば分かることでも何も聞かずに行動して失敗して損をしています。それだけ人間嫌いが多い証拠なのでしょうが、人間嫌いを修正して積極的に他人から情報を集められるようになれば競争で優位に立つことができます。

 数十分後、彼女の計算通りに王子はやってきました。王子は思わぬ先客がいたことに驚き、その先客がこれまで見たこともないような美少女であったことに二度驚きました。彼女は社交界の気位が高く押しが強いタイプの女性たちとは違い自己抑制のよく利いた控えめなタイプなので、王子の目には新鮮に映りました。

 王子は彼女に名前を聞きましたが、彼女は笑ってはぐらかしました。謎は人を魅力的にしますし、王子の権力なら彼女が魅力的だと思えば彼女の名前を突き止めるのは簡単なので、はぐらかしてミスマッチが起こる心配はありません。そもそも魅力的だと思わせることに失敗すればその時点で彼女の負けなので名乗る意味はありません。

 彼女は王子に名前や身分を伝えませんでしたし、王子が自己紹介しようとしたときもそれを止めました。名前や身分に影響されず、ただ2人の人格や性格だけが反映される対等な関係を演出したのは彼女の狙い通りです。彼女は王子が家格は高い結婚相手候補に付き合わされて疲弊している隙を突いて出し抜くつもりでしたし、結論から言えば彼女の目論見は成功しました。

 ビジネスにおいては、押し売りのような場合を除けば相手の求めるものを与えれば契約を成立させることができます。そして、押し売りのような力押しが通用する分野は資本主義が浸透すればするほど少なります。資本主義が浸透した社会では不公正な取引は詐欺として排除されるので、公正な取引の範囲内で最大限に利益を得られる選択肢を採用するべきでしょう。

 彼女は「履くのに疲れた」という理由でガラスの靴を脱いで椅子に座っており、王子の立ち去り際に「素晴らしい今日の思い出を記念して貴方に片方プレゼントします」と言って王子にガラスの靴を手渡しました。シンデレラ原作では「ガラスの靴が偶然脱げた」ということになっていますが、ガラスの靴がなければ王子はシンデレラを発見できなかったことを考えるとシンデレラ側に都合が良すぎますね。わざと脱いで王子に届くような形式で残していったのでしょう。

 この事態を想定して用意していた別の靴を履いて彼女は舞踏会から立ち去りました。社長の側にはただ「舞踏会に疲れたので帰ります」とメールを送りましたが、本当の理由は舞踏会でやるべきことが全て終わったからです。舞踏会に戻って別の男から口説かれたりしたら面倒事が増えますからね。

 彼女は王子の目に自分が「特別な人」として記憶されたことを確信しましたし、彼女の目から多面的に検討しても王子は結婚相手として最高の人でした。2人は実にお似合いのカップルで、2人が結婚すれば両社とも望み通りの物を手に入れることができるでしょう。

 王子はガラスの靴からガラスの靴を製造したデザイナーに辿り着き、そのデザイナー経由で彼女の名前と居場所を知った王子は早速彼女の所に乗り込みました。庭園で会った相手が王子であったことを聞いた彼女は驚いたフリをしましたが、王子からの求婚に色好い答えを返して王子と共に高級車に乗って去っていきました。後には呆然とする哀れな社長だけが残されました。

 マスコミは王子と下町の少女の身分を超えた恋愛を美談として解釈して「シンデレラストーリー」として語り大ヒットしました。彼女の書いた脚本がシンデレラストーリー的なので、完成品がシンデレラストーリーになるのも当然の結果です。

 王子と彼女は盛大な結婚式の末に結婚し、2人はいつまでも幸せに暮らしました。
 めでたし、めでたし……。



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