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Tyrann  作者: 風嵐むげん
プロローグ
2/33

そうして、彼は復讐者になった

『……ちら、第三区。戦……の続行は不可能、これ……撤退……る』

『死傷者多数……被害甚大……救援を求める』

『……誰か、助け……敵に囲まれた。逃げられない、応援を……』


 どこかから断続的に声が聞こえる。悲痛な訴えは、耳障りなノイズが絡んで少々聴き取り難い。音割れをしている感じからすると、無線機か何かがあるのだろうか。

 声の出所を探しつつ、薄暗い館内を一人の青年が歩く。明かりは非常灯しか生き残っていないが、彼にはそれで十分だった。左手にある短機関銃を大きく振って歩く姿は、まるで新しい玩具をゴキゲンに振り回している子供のよう。

 聞くところによると、ここは街で一番大きな国立の歴史博物館であるらしい。しかし、数多の戦いを勝ち抜いてきた軍事国家が意気揚々と建ててしまったからか、展示品の内容は殆どが武器やら既に亡き英雄達の遺品などで占められている。未知なる古代の出土品や恐竜の化石などはどこにも見当たらない、残念だ。

 そして更に残念なことに、豪奢な展示スペースは現代の兵器によって手当たり次第に破壊されていた。数百年前に戦場を駆け抜けたという鉄の鎧は右半身を失い、得意げに笑う将軍殿は首から下が黒焦げになってしまっている。

 足元に散らばる破片を、ブーツの底で踏みつける。みしり、と鈍い音が静寂の中で大袈裟に響いた。青年は気にせず、展示品を眺めながら歩を進める。

 石と木で作られた槍に、幾千の命を焼き尽くした爆弾のレプリカ。時代ごとにデザインの違う軍服やきらきらと輝く勲章、更には偉人直筆の手紙やら愛妻に送った指輪やら何やら。

 あれか、過去の人間に対する羞恥プレイなのか?


『誰か……誰か、応答してくれ。頼むから……』


 程無くして、それは難無く見つかった。青年は足を止め、長方形型の端末に目を細める。思った通り、無線機だ。答える相手が居ないにも関わらず、声の主は健気に誰か誰かと繰り返している。

 この辺りは比較的、まだ博物館らしさが残っている。丁字型に続く通路の分岐点に無線機が転がっていた。

 壁に貼られている案内図を見るに、このまま前方に進んでもすぐに行き止まりになるらしい。


『……だれ、か』


 誰か、ということは自分でも良いのだろうか。確実に知らない相手だが、まあ会話くらいはしてやれるだろうか。青年が無線機に近付き手を伸ばすふりをした瞬間、右手側で何かが動く気配がした。


 ……それにしても、なんてわかりやすいことをしてくれるのか。


「――――ッ!!」


 想定通り、凄まじい弾幕が青年を襲う。鼓膜を突き破らんばかりの爆音に、立ち昇る硝煙の臭い。咄嗟に大理石の床を蹴り後ろに跳び、青年は姿勢を低くして片膝をつく。


「くそ、外したか!!」


 手加減なしの暴力が、何百年かの歴史を一瞬にして破壊した。とんでもない反社会的行為をしたにも関わらず、何者かは謝罪ではなく悪態を吐いた。

 凄まじい威力と戦意に、青年は思わず口角を引きつらせる。


「……何か隠れてるとは思ったケド。油断した、マジで死ぬかと思った。あっぶねー!」


 辛うじて聞き取れた声から考えて、敵は最低でも一人。武器は青年が持つ短機関銃とは比べ物にならない威力を誇る、重機関銃か。

 弾道を見る限り、銃は床に固定されているようだから移動は不可能な筈。簡単に左右上下の方向を変えることくらしか出来ないのだろうが、この狭い通路ではハンデはほぼ無効。実力を十分に発揮できる最高のステージになってしまっている。

 弾幕が途切れた僅かな隙を狙って、とりあえず応戦してみる。引き金を引いて、敵が居るであろう方向に弾丸をばら撒くも手応えは皆無。実のところ、この銃はその辺に落ちていたのを拾っただけで、引き金を引けば弾丸が発射されるという程度の知識しか持ち合わせていなかったりする。

 銃を撃った経験はそれなりにあるものの、この状況でまともな戦いなど出来る筈もなく。弾倉はすぐに空になったが、予備は持っていない。

 一発の弾丸が、青年の金髪を数本奪っていった。役立たずになった銃を捨てて、青年は再び案内図を見つめる。


「さーて……どうしてくれようかな」


 正面の通路は行き止まり。先に進むには右手の通路に行かなければならないが、迂闊に身を晒せば一瞬で身体が吹き飛ぶだろう。

 さて、困ったな。運動能力には自信があるし、殴り合いのケンカなら絶対に負けないが。しかし、このままでは相手に拳が届く距離に近づけない。

 一旦戻るか? それはそれで、面倒だ。


「どうした、怖気づいたのか!?」


 痺れを切らしたらしい相手が、青年が居る辺りを無差別に蹂躙し始めた。ガラスのショーケースが割れ、戦車や街の模型が木端微塵にされる。


「……ウッゼェ。ビビってんのはソッチだろ」


 青年が隠れるすぐ傍のガラス板さえもぶち抜き、中にあった展示品の固定具を破壊した。床に散らばるガラクタ達。それらにワンテンポ遅れて、ついでにド派手な音を響かせながら床に倒れこんだ品が目に留まった。


「……お?」


 目を見開く。それは、彼の身の丈程もある巨大な剣だった。刀身は厚みがある両刃で、生々しい雰囲気はレプリカのそれとは全く違う。

 柄に手を伸ばし、握ってみる。ずしりと腕に伝わる重さに、鈍く光る銀の刃。流石に展示品としての役目を与えられていただけの大剣は十分な手入れをされておらず、錆びついてはいないものの刃の切れ味は無いに等しい。

 それでも、両手で構えその場で軽く振ってみる。さっきの機関銃よりもずっと手に馴染む。

 うん、気に入った。青年は猫のように目を細めて微笑する。変に飾りっ気のない無骨さがとても格好いい。


「おー、コレ良いじゃん! やっぱり俺は銃より、こういうわかりやすい方が良いな」


 新しい玩具を手に入れ満足そうに笑うと、青年は再度足元のガラクタを眺める。

 昔誰かが使っていたという双眼鏡に、地図にコンパス。適度な重さがある双眼鏡を手に取ると、まだ顔も見ていない相手に声を投げてみる。


「おーい、ソコの人ー。その銃怖いんでー、何とか平和的に話し合いで解決出来ませんかねぇ?」

「ふざけるな!! よくも俺たちの仲間を……。殺してやる、『人外』なんて皆殺しにしてやる……!」


 交渉の余地無し。ここまで不毛な会話もそうそう存在しないだろう。笑える。


「アッハハ! 良いね、すげー良いよ。まあ、そういうことなら仕方ないな――」


 青年が正面の通路に向かって、双眼鏡を放り投げる。ゆるやかな弧を描き、非常灯の控えめな光を浴びたレンズがきらりと輝いた。

 同時に剣を構え、駆け出す。彼等は己の認識能力が、他の動物に比べてどれほど劣っているかを知らない。

 光を追って、重機関銃が吠える。狙いが自分から大きく逸れた、その隙を『人外』である青年が逃す筈がなかった。


「オッセェんだよ!!」


 瞬きの間に躍り出て、敵に向かって駆ける。敵が青年を見つけると、慌てた様子で銃口を戻す。その全てが遅かった。

 一気に距離を詰めた青年は、高く上に跳んで弾幕を避ける。流石に真上に近い青年を追うことは、重い機関銃には出来ない。

 敵は、軍服を着た中年の男が一人だけ。


「う、うわあああ!?」


 情けない声を上げながらも、敵が腰の拳銃を抜いた。流れるような無駄のない動作で自動式拳銃を両手で構え、青年を狙う。悲鳴は間抜けだが、技術とセンスは悪くない。

 悪くはないが、それは所詮『人間』という生物の中で比べてという話である。

 剣を振り上げ、青年は愉しそうに嗤う。


「サヨウナラ、馬鹿な人間サマ」


 大剣が空気を断つ。切ることが出来ない刃は鈍器に近く、ヘルメットごと頭部を砕いた。布を引き裂いたような断末魔を数秒上げて、そのまま力無く倒れ込んだ。ブーツの先で転がしてみても、靴が汚れるだけで何の反応も返ってこなかった。 

 鉄錆の臭いを孕はらんだ空気が、再び静寂を連れてくる。


『…………れ、か』


 そうそう、忘れていた。青年は今にも途切れそうな声を頼りに、改めて床を見やる。瓦礫の下敷きになって、だいぶ埃まみれになってはいたが、無線機は無事だった。

 先程よりもノイズが酷くなっている気がするものの、どうやら壊れてはいないよう。


「……もしもーし」


 拾い上げた無線機に向かって話しかけてみる。返事は無い。と言うより、ノイズが酷くて聞こえない。でも、何だかとても面白そうなオモチャを手に入れた。

 剣と共に手に入れた戦利品に更に気を良くして。踵を返すと、足元の血だまりに靴を濡らしながら先へと歩みを進めた。

 太陽は地平線の向こうに沈み始め、空には仄暗い紅蓮が広がっている。博物館の薄暗さに慣れていた為か、夕暮れが眩しく感じた。


「あ、リーダー! こっちです、こっちー!」


 誰かが自分を呼んでいる。博物館から出た青年は、再び声を探す。今度はすぐに見つけた。そちらに向かいながら、手に持ったままだった無線機に話しかけてみる。


「もしもーし、聞こえてる? こっちは聞こえてますよー」


 外に出たからか、ノイズがかなりマシになった。改めて無線機に声をかけてみれば、今度はちゃんと返事が返ってきた。

 緊迫した、男の声が問う。


『だ、誰だ……きみは、誰だ』

「さあ、誰でしょう?」

「あれ、リーダー? 誰と話してるんですかぁ?」


 無線機を持っている青年に、駆け寄ってきた大男が首を傾げた。自身の二倍以上はある体躯に、青年は動じることなく口角を上げる。

 問い掛けには答えないまま、目の前の光景を静かに見やる。


「この辺りで生きていた人間は、これで全部か?」

「はい」

「ふーん、意外と少なかったな」


 冷たい石畳に座らされた人間達。およそ百人程だろうか。痩せた老人や、エプロン姿の中年女。血と砂で震える女子学生に、破れた作業服を着込んだ壮年の男など。世代も職業もバラバラだが、皆一様に後ろ手で縛られ震えている。

 そんな人間達に銃を向ける仲間達は十数人。こちらも違った意味で、見た目がバラバラだ。


「もしもし、聞こえるか?」

『……貴様、人外だな。リーダー、と聴こえたが……貴様がこの襲撃のリーダーなのか!?』

「あ、ばれた? さっすが、人間サマは頭が良いな?」


 くすくすと、青年が嗤う。そして、目の前の人間と無線機に聞こえるように言った。


「それでは今更だけど、初めまして人間サマ。俺の名前はテュラン。お察しの通り、人外……ワータイガー、デス」


 風に乱される鮮やかな金髪の中に立つのは、三角の獣耳。端正な顔立ちに金色の瞳が雄々しく煌めき、虎柄の尻尾が機嫌良くぴんと伸びている。

 『人外』の中でも特に稀少な、『ワータイガー』と呼ばれる種族である。種族は様々だが、テュランを呼んだ大男や、捕らえた人間達に銃を向ける者達も人外だ。


『そこに、人間が居るんだな?』

「居るぞ。まだ生きてるぜ? 百人くらいかなー、何なら誰かと話してみるか?」


 そう言うと、テュランは人間達を見回す。人間とは違う、細長い瞳孔から必死に逃れようと下を向いている。

 どうせなら、若い女が良い。何となく思って、端で身を縮めるワンピース姿の女の前に無線機を差し出した。

 びくりと肩を跳ねさせて、女がテュランを見上げる。


「話してみれば? 相手はあんた達の仲間だ」

「えっ……あ、ああ……」


 真っ青な唇を震わせて、女が恐る恐る無線機に懇願する。


「た、助けてください……」

『あなたは……人間か?』

「お、お願いします……助けて、助けてください! 死にたくない、死にたくないんです!」


 死にたくない。悲痛な叫びが、荒波のように人間達を飲み込む。助けてくれ、殺さないでくれという似たような言葉が共鳴する。

 そんな必死な人間達に満足そうに笑うと、テュランが再び無線機に話し掛ける。


「ほら、ちゃんと皆生きてるぞ。全員まだ死にたくないらしいケド」

『す、すぐに人質達を解放しろ!』

「はあ……いくら人外を相手にしているとは言え、頼み方が悪すぎるぞ。コッチはすぐにでも引き金を引けるんだが」


 わざとらしく溜息を吐きながら、周りの人外達に目配せする。意図を理解したらしい仲間達が、同時に銃を人質に向ける。

 軽機関銃に散弾銃、軽支援火器など。どれも無抵抗な人間達を一掃出来る、強力な武器ばかりだ。

 百人分の悲鳴が重なる。無線機の向こうにも届いたのだろう、焦った声が喚く。


『た、頼む!! その人達は殺さないでくれ……どうか、お願いします。お願いします……』

「あっはは! そうそう、そういうコトだよ。あーあ……屈辱だろうな、低能な人外相手に懇願するなんてさぁ?」


 人間達に背を向け、一歩、また一歩と距離を取る。背後から安堵したらしい雰囲気が伝わってくる。

 そんな彼等を再び振り向いて。静かに、落ち着いた声でテュランが言う。


「殺せ」


 短く、簡潔な命令を理解出来ない者など居なかった。十数の銃口が火を噴き、数多の弾丸がばら撒かれる。

 弾幕に重なる断末魔。先程の重機関銃も持ってくれば良かったと、テュランは後悔した。


「アッハハハ! どうだ人間サマ、聞こえるか? アンタが助けられなかった人間の悲鳴が、大勢の命を毟る音が聞こえるか!?」

『止めろ、止めてくれ!! あ、ああ……どう、して』

「ククッ……何その声、超マヌケなんだけど?」


 滑稽だ。最初は強気だった声が、弱々しく消え入りそうな声で嘆いている。


「頼まれたコトを素直に受け入れるとでも思ったのか? アハッ! 脳みそお花畑かよ? 何で人間なんかの欲求を受け入れなきゃならねぇんだ」


 馬鹿馬鹿しい、テュランが吐き捨てる。弾丸による蹂躙が止む頃には、もう助けを求める声はなかった。死にたくないと叫ぶ者も居なかった。


「あー……やっと静かになった。これで、テメェの声がよく聞こえる」


 ノイズ混じりの慟哭。魂を削るような叫びが、テュランの耳に心地良く響く。


『なぜだ、どうしてこんなことをする!? 貴様の目的は何だ、どうして――』

「なぜって、わかんねーのかよ? まあ、まだ始まったばっかりだし……こんなところで明かしてもさ、後の盛り上がりに欠けるだろ? 知りたいなら、精々頑張って生き延びろよ」


 そう言い残すと、まだ何事か喚き続ける無線機を足元に捨てた。紅が広がる地面に、粘つく水音を立てて沈んだ。


「さあ、それでは愚かな人間サマ達」


 何と言われようと、どんなことが起きようとも。誰にもこの狂気は止められない。

 もう止められないのだ。誰であろうと、何であろうと。


「時間だ……」


 この身体が死ぬまで絶対に、止まってなどやるものか。


「楽しいタノシイ……お仕置きの時間だ」

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