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Tyrann  作者: 風嵐むげん
第四章
15/33

作戦開始


 第五区は下級から上級学校、その他様々な教育機関が配置されている。テュラン達がこの区域を狙うという情報を入手したのは比較的早かったにだが、その意図が未だによくわからなかった為にかなり後手に出てしまった。


「くそっ、人外め……! 子供達を、よくも!!」

「アクトン隊長、落ち着いてください」

 

 アーサーが向かいに待機する男を宥める。ジョン・アクトンは大統領が直接指揮をとる隠密戦闘部隊『ランサー』の部隊長である。初老に近い男だが体躯はアーサーに勝り、顔面に刻まれた傷や右眼にはめた眼帯が歴戦の威光を物語っている。

 しかし、今回のことはアクトン隊長と言えども我慢の限界らしい。


「もう一度、作戦内容を確認します。我々、アーサーとサヤの二人でテュランを無力化させます。ヤツは何をしでかすかわからないので、私達以外は手を出さないようお願いします」

「あんなヤツ!! 遠距離から狙撃すれば良いだろう!?」

「第一上級学校周辺には学校よりも高い建物が少ない為に、現実的ではないと思われます。それに、万が一にも狙撃に失敗した場合、人質を盾にされ悪戯に被害者を増やすだけかと」


 既に学校内の半分以上の生徒が犠牲になっているとの情報もある。部隊の中でも強行突破しテュランを力づくで排除すべきであるという過激派と、これ以上の犠牲を増やさぬように事を進めるべきだという慎重派で意見が分かれてしまっている。


「とにかく、テュランは我々の二人で今度こそ止めてみせます。皆さんはアクトン隊長の指示に従い、学生達の救出と他の人外の排除をお願いします」


 本来、立場上の観点から見ればアーサーとサヤは他の部隊や組織と手を組むべきではない。しかし、今回は異例である。とにかく、テュランを止めなければこの惨劇は収まらない。

 それに、カインをおびき寄せる為にはテュランは生きているのが望ましい。


「では、これより作戦行動を開始します。何かあれば無線で連絡を――」

「ふん、精々死なないようにすることだな、ガキ共」


 アーサーにそう吐き捨てて、アクトン隊長率いる精鋭達は一斉に行動を開始した。集団でありながらも、その動きは見事に統率されている。

 彼等には彼等のやり方があるのだろう。残念ながら互いの協力体制は築けなかったものの、ここまで訓練されているものなら問題はないだろう。


「では、俺達も行くか……サヤ?」

「……ええ」


 アーサーの隣で、蹲るようにして座り込んでいたサヤが漸く顔を上げた。その瞳には、力強い光が宿っている。こういう表情をする彼女は本当に頼りになるのだ。


「今度こそ……必ず、トラちゃんを助けてみせる。それが、私が彼に出来るただ一つの償いだから」


 抱きしめるようにして抱えていた刀を、腰元に差し直すサヤ。数日前とはまるで別人のようだが、彼女の感情を大きく揺さぶっているのがテュランだというのが何だか腹立たしいものがある。

 それが何故なのか、今はあまり考えたくない。


「ヴァニラが負傷している今、テュランの傍にはジェズアルドが控えている可能性が高い。以前にも言ったが、ジェズアルドが真祖カインである可能性がある」

「ええ、危険なのは承知の上よ」

「そうか。だが、安心しろ。サヤ、きみはテュランを捕らえることだけを最優先に考えてくれて良い。ジェズアルドは俺が何とかして見せる」

「何とかって……何か秘策でもあるの?」

「まあ、少しは考えてきたというだけなんだけどな」

 

 アーサーが苦笑しながら、右の手首を左手で軽く擦る。アルジェントとオーロの技術で作られたこの義手は、本物の手足以上に頼りになる。

 そして、今日はサヤが言う通り『秘策』を隠し持って来た。


「よし、行くぞサヤ!!」

「ええ、アーサー!」


 先行した部隊に遅れて、三分後。アーサーとサヤが同時に駆け出す。テュラン率いる人外に占領された学園まではおよそ百メートル。障害物等を考慮しても、全力で走れば二十秒もかからないだろう。

 本来ならば、サヤは自身の超能力『テレポート』を使う方が格段に速い。だが、今回の作戦では二人のチームワークが必要なのだ。

 一人ではどうにもならないことでも、二人なら解決出来る。


「トラちゃん……どこ?」


 先行部隊による作戦展開は既に始まっていた。火薬に混じった、噎せ返るような血の臭い。今回の作戦は、この事態の迅速なる終息を最優先とする。多少の犠牲は厭わない。

 それは敵と味方だけではなく、人質達も含まれるということ。


「チーム『アルファ』と『ブラボー』は人外を一人残らず殲滅しろ! 『チャーリー』は人質達を救助しろ!!」


 次々と、何人もの学生達が助け出される。人外達の抵抗も止む気配が無く、弾幕と怒号、悲鳴に断末魔。獣人系の人外は、鼻や耳が良く効く。そんな弱点を突いた閃光弾や催涙弾が次々と窓から投げ込まれている。そして僅かな隙を付いて、人外に引き金を絞るのだ。

 恐らく、百人も助け出せれば良い方だと誰もが思っていた。だが、実際は違った。


「人質を発見! 四十人くらいだ、誰か手を貸してくれ!!」

「三階の調理室にも数十人の人質を発見した。負傷者は居るが、全員無事だ!」

「どういうことだ……人外の数が、想定よりもずっと少ないぞ」


 次々と運び出される人質達に、アクトン隊長が呻いた。彼の表情には、明らかに困惑の色が浮かんでいる。珍しいことだが、無理もない。

 『ランサー』はあくまでも戦闘に特化した部隊である。こんなにも人質を救出することが出来るとは思っていなかった為に、医療物資は多くない。


「……恐らく、ハルス病院の人質交換条件と同じでしょう。負傷者を保護するには物資も人手も必要ですから」

「くそっ!! どこまでもずる賢い猫だ!」


 事実、学生達の怪我は命に別条は無いまでも、早急に手当が必要なものばかりだ。負傷していなくとも一般人、それも成人に満たない学生達のケアに人員が割かれるのは致し方無い。


「仕方ない、本部に連絡して応援を呼ぶぞ!」


 そう言って、アクトン隊長が無線機に向かって現状を叫んだ。


「……アーサー」


 傍らから、サヤが名前を呼ぶ。彼女も憂いの表情を向けてきたが、アクトン隊長とは別の思いがあるらしい。


「妙だわ、人外の数が少なすぎる」

「どこかに潜んでいるのか?」

「ううん、そうじゃなくて……本当に負傷者の救助に人手を割くつもりなら、人外の被害が大きすぎる。でも、その目的以外の理由があると考えるならば、人外の数自体が少なすぎると思わない?」


 彼女が言うことは最もだった。人手を割くつもりなら、怪我人を放置して人外を何処かに潜めておくように配置すれば良い。だが、学生達を利用して何かをしでかすつもりだったのなら、彼等を見張っておく為にもっと人外達の手が必要だった筈。

 ならば、人外側の中途半端な犠牲にはどういう意味がある?



「……とにかく、テュランの身柄を早急に確保しないといけないな。最悪の場合は、この学園ごと焼き払うことになるかもしれない」

「ええ、まずは彼の居場所を特定しないとね」


 そう言って、サヤが人質となっていた学生達を見回す。すぐに目星を付けたのか、救護テントの前で座り込む一人の少女の元に駆け寄った。

 長い茶髪を二つに分けて結い、眼鏡をかけた小柄な女の子だ。


「あなた、ちょっと良い?」

「え? あ……はい」

「私、サヤっていうの。こっちの男の人はアーサー。あなたは?」

「メイナ、です」


 膝を付き、目線を合わせてサヤが少女に話しかける。歳の近い女性同士だからか、どうやら他の隊員よりも話し易いらしい。


「メイナ、ね。何年生?」

「……二年生です。二年のBクラス」

「メイナは、人外にはいつ襲われたの?」

「二限の授業が始まってからすぐでした。Bクラスは教室で国史の授業だったんですが、担任の先生が人外に……大きなナイフを突き付けられてて、それで」


 一体どれだけの恐怖が彼女を襲ったのか。嗚咽交じりに言葉を紡ぐメイナの肩を、サヤが優しく抱きしめた。彼女が言うには、人外達は学生達がその時間に居た場所によって生かすか殺すかを決めていたらしい。

 事実、外で体育やその他の授業を行っていた学生達は皆惨殺されている。見せしめの意味と、不要な人質はさっさと片付けてしまいたかったのだろう。


「そう……それは怖かったわね。それで、貴方はトラちゃん……テュランの姿は見た? あなた達と同い年くらいの、雄のワータイガーなんだけど……」


 サヤが焦燥を露に訊ねた。テュランの姿は、数日前のテレビ放送により国内全土に渡って放送された。今ではほとんどの国民が、テュランの姿を記憶しているのだろう。


「あ……はい」

「そう、それはどこ? 答えられる?」

「体育館です。大体育館、そのステージの上に居ました」


 サヤの問い掛けに、メイナが答える。第一上級学校には用途によって体育館がいくつも存在するが、テュランはその中でも一番大きな体育館に居るということだろう。

 だが、妙だ。どうしてそんなにも淀みなく答えられるのか。


「大体育館ね……そこに、トラちゃんが居るのね」


 そう言って、サヤが立ち上がる。どうやら彼女はメイナの不自然さに気がついていないらしい。


「待て、メイナ……俺からも一つ質問させて欲しい。テュランはどんな武器を持っていた?」

「え……?」

「アーサー、一体何を?」


 怪訝な視線を向けるサヤ。だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。メイナは人外の襲撃により、凄絶な恐怖を思い知ったことだろう。無理もない、荒事には全く耐性の無い女の子なのだから。

 しかし、何故その襲撃の首謀者であるテュランのことは平気でスラスラと答えられるのか。彼女の態度と言動は、明らかに矛盾している。


「テュランは人質に対して武器で恐怖を煽ったり、凶暴性を誇示する癖がある。ならば今回だって、人質の前には武器を持った姿を誇示している可能性が高い」


 特に、今回の人質は戦闘慣れしていない学生ばかりだ。それも、大勢を一か所に集めた上でのパフォーマンスともなれば、博物館から持ち出した巨大な剣を見せびらかしていたに違いない。

 テュランの姿を見ていたというメイナなら、答えられて当然の問いかけだ。


「…………」

「メイナ? 大丈夫?」


 だが、アーサーが思った通りメイナは答えなかった。彼女は軍事帝国アルジェントの中でも有数の進学校に通う学生なのだ、銃火器に詳しくなくとも剣か銃か、刃物か爆弾かくらいは答えられるだろう。

 それでも答えない。いや、きっと答えられないのだ。


「……もしかして、きみは――」

「アーサー、いい加減にして。その質問に何の意味があるの?」


 痺れを切らしたのだろう、サヤが詰め寄りアーサーを睨み上げる。鋭い眼光は、こちらの思惑を浅はかだと裁断するかのよう。


「これ以上はメイナの心理的ストレスになるわ。あとは救護の方達に任せて、私達はテュランの身柄を早急に確保しましょう」

「あ、ああ……そうだな」


 本当のところ、サヤ自身も落ち着いてなんかいられないし冷静さを欠いているのだろう。しかし、ここは彼女の言う通りにするしかない。


「彼は大体育館ね。第一上級学校の大体育館は体育館棟の最上階……出入り口は校舎二階からの連絡橋と外階段からの裏口……やはり、私とアーサーの二人で外から乗り込みましょう」

「ああ、わかった。アクトン隊長、後は頼みました!」

「ちっ、早く行け。他の人外は一匹残らず屠殺とさつしておく」


 アクトン隊長にこの場を任せ、アーサーとサヤは体育館へと向かった。そんな二人を見送るメイナが突如、ふっと糸が切れるように意識を失いその場に倒れこんだ。


「きみ……大丈夫か?」

「っ……」


 救護にあたっていた隊員が駆け寄り、メイナを抱き起こす。表情は些か険しいが、呼吸に乱れは見られない。


「何だ、気を失っただけか……ん? なんだ、痣か……この痣、何かに噛まれたのか?」

「おーい、ベッドが一つ空いたぞ。その娘、寝かせてやれ」

「あ、ああ……わかった」


 か細い身体が抱き上げ、隊員が救護テントへと向かう。埃臭い風が、メイナの首筋を掻き上げる。その肌に刻まれた二つの痣が、毒々しいまでの紅を戦場に晒していた。

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